第2話 自慢話していいですか

神社までの道のりを早足で進んでいくと、案外早く着いた。


「おや、百合ちゃん。学校お疲れ様。今日はどうだった?」

「そんなに変わったようなことはなかったですよ。あ、でも、帰る前にちょっといろいろありまして」

「ほう……! ぜひ聞かせて欲しいな」


鳥居をくぐって数段上れば、掃き掃除をしている夏芽さんに笑顔で話しかけられた。

学校での出来事を聞いてきた彼女に、桜田さんと作文のことを思い出した私は、唐突に自慢話に近しい話を始めた。

長袖事件の時は、意見どころか有無を言わせぬ雰囲気を醸し出していた桜田さんに、微々たるものだが意見を言えたこと。

これを言うと、夏芽さんは我が子の成長を喜ぶ親のように、私を褒めちぎってくれた。

長袖事件の時に言えるのが一番良かったけれど、些細なことで意見を言えるようになったのは、私でも成長を感じている。


「これもきっと、夏芽さんたちのおかげですね」

「へ? 私たちは何もしていないけれど……」


やんわり否定を入れて首を傾げる夏芽さんに、私は静かに首を振る。

普段から神様や妖怪といるだけで凄いというのに、私に至ってはその方たちと友達なのだ。

きっと、今年の夏に初めて友達ができたというその自信が、先ほど桜田さんに意見を言う時の勇気に繋がったのではと私は勝手に思っている。

だからこそ、夏休み前よりも成長していると現在進行形で感じているのだ。


「えっへへ……。百合ちゃんの初めての友達が私だと考えると、なんだか光栄に思えてくるよ」

「私の方こそ、夏芽さんみたいな優しい神様が初めての友達だなんて、嬉しさの他ないです。あの日あの時、ここへ来られて良かったと心の底から思ってますよ」

「え、えー? そこまで言われると照れるなぁ。へへ、ありがとうね」


照れ隠しをしているのか、言いつつ真っ赤になった頬をぽりぽりかく夏芽さん。

というか、むしろお礼を言いたいのはこちらの方だ。

友達になってくれて、それも勇気や自信を与えてくれて。

何度言っても足りないくらい、私は彼女らに感謝している。


「へへ……っ」


とまあ見るからに、口で伝えてなくても、彼女は私の心を通してお礼の気持ちを受け取ってくれたようだけれど。

相変わらずの夏芽さんに、思わず笑みがこぼれる。

昔、出会ったばかりの頃に、夏芽さんは「私は心を読むという能力を自分で制御出来ない」と言っていたが、私はそのままで良かったと思った。

なぜなら、彼女の心を読むという行動により、私と夏芽さんの心が繋がるような気がするからだ。

読む仕組みとか、何を重心的に使って読むのかなどの難しいことはよく分からないが、私にも分かるのはその行動は決してマイナスなんかでなく、むしろプラスで温かいものだと私は思った。

……まあ、出会った時にも言った気がするが、人間にはシャイな人が多いので嫌がられることの方が多い能力だとは思うが。


「ちょ、ちょっと百合ちゃん……。私は昔言われた時から、そのことを地味に気にしているんだからね!?」

「いやあ、まあ事実ですし」

「うっ……! うぅ……制御出来たら、嫌がられないのだろうか……?」

「それは分からないですけど、少なくとも私は気にしない人間なので、嫌じゃないですよ」

「ゆ、百合ちゃん!」


涙を滝のように流して抱きついてこようとする夏芽さんを、スっと華麗に避けて彼女が地面にめり込むのを真顔で見つめる。

夏芽さんが私を信じられないものを見るような目で見てくるが、これにはちゃんとしたわけがあるのだ。

何を隠そう、この神様は抱きしめる力が少々強い。

つまり、窒息死しそうになるということだ。

きっと今までろくに人と触れてこなかったから、加減が分からないのだろう。

とはいえ、私も窒息死するのは嫌なので今回は避けさせてもらった。

そんなに抱きしめる力強いかな!? とショックで四つん這いのまま叫ぶ夏芽さんの姿が面白くて、私は思わず吹き出してしまう。

もちろん夏芽さんのようなおっさん笑いではなく、普通の笑い方で。

しばらく一人で笑い続けていると、ふと作文のことが頭を過ぎった。

急に真顔になった私に、夏芽さんが首を傾げているのが見える。

言うべきか言うまいか。

私は今それについて悩んでいる。

作文をコンクールに出させて欲しいと先生に言われた、までは言っていいと思う。

だが、それを断ったことまで言ってしまうと、絶対に夏芽さんは理由を訊いてくるだろう。

となると、先生に言った夏芽さんたちを公にひけらかすのは……という訳を本人に伝えなければならない。

しかし、言えばきっと彼女は気にしてしまうと思う。

それはそれで私が嫌だ。

という理由で、作文のことは言わずに黙っておこう。


「いや! そこまで心の中で喋ったなら私にも喋って欲しいのだけれど!」

「ええ……。気にしないですか?」

「百合ちゃんが決めたことなら、私は何も言わないよ」

「そうですか、じゃあ。夏芽さんたちと一緒に考えて書いた作文が、先生にコンクールに出さないかって言われました。けど、夏芽さんたちのことを公にひけらかすのは嫌だから断りました。以上です」

「え、喋るのはやっ! おめでとう! そしてそんなこと気にしなくていいのに!」

「いや気にしては無いですけど」


ただ私が嫌だっただけであって、特に彼女らのことは考えていない。

まあ、無断で出すのはどうかなとは思ったが。

勿体ないなぁ、とボソボソつぶやく夏芽さんは言うが、もう一度先生にやっぱり出しますというのも面倒くさい。

それに、私もあまり目立ちたくないのでやっぱり別に出さなくていいやとぼんやり考えた。

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