第8話 十分ご縁がありますように

渋々言われた通りに二人から離れたお賽銭箱の前へ移動し、話が終わるまで座って待っていることにした。

私がいなくなったことで、彼女らはまた真剣な顔で話を始める。

ちなみに、私は猫又さんの毛並みに気を取られていたので、話の内容は全くと言っていいほど聞いていない。

猫又さんの毛並みが良すぎるのが悪いのだ。

くああっとあくびをしながら、そういえばこの神社に来て一度もお賽銭を入れたことがないなと思い出す。

しかし、いつもここには夕暮れまで居座ってしまうほどお世話になっているのに、感謝しないのはいかがなものか。

制服のポケットをあさると、おばあちゃんお手製のガマ財布の感触が指に伝わる。

中身がなければ元も子もないのだが、さすが私と言うべきか、ちゃんと小銭が入っていた。

それも、十円と五円が。

仕組まれていたのかと思ってしまうほどに、完璧な流れだ。

私は十円と五円を握りしめ、お賽銭箱を前に立つ。

いつもありがとうございます、そういった思いを込めて二枚のお賽銭を投げ入れた。

二礼二拍手一礼を淀みなくこなした後、この神社に祀られている夏芽さんの変化が気になり、未だ話し続けている彼女をちらりと見る。

が、特になんの変化もなく、夏芽さんには私の目には見えない力が備わったのだと勝手に解釈した。


「いやぁ、待たせてごめんね、百合ちゃん」

「そんなに待ってないので大丈夫です」


ちょうどいい気温と木々の揺れる音でウトウトしかけていたが、ようやく猫又さんとの話を終えた夏芽さんに話しかけられ眠気はふわふわと消えていった。

猫又さんの姿は見えないことから、どうやらもう帰ってしまったようだ。

最後に撫でたかったのだけれど。

そんなことを考えていると、夏芽さんが先ほど話していた話の内容を教えてくれた。

彼女によると、猫又さんも私同様この神社に迷い込んでしまった人外の一人らしい。

日向ぼっこのできる場所を探していたが、中々見つからないわ、迷い込んでしまうわでいろいろと面倒くさくなった猫又さんは、ここに少しばかり居座ることにした、と。

だが、そこには掃き掃除をしていた夏芽さんがいて、話を聞こうとしたが日向ぼっこを邪魔されると思った猫又さんが逃げ、あの追いかけっこが始まったということだろう。


「そうそう。それで、居心地がいいからってここ周辺に住み着く予定と言っていたけれど……、猫は気まぐれだから本当かどうかは分からないねぇ」

「住み着くってことは、見かけたら撫でてもいいってことですか?」

「そこをどうしたら繋がるのかよく分からないけれど、まあ……嫌がらないのなら良いのではないかな」

「やった」


ガッツポーズで喜ぶ私に、夏芽さんは呆れた笑いを見せる。

その後は、明日から夏休みなのでよく遊びに来ますと伝えたり、先ほどお賽銭を入れたことを心を通して知られ、今までに見たことがないくらい驚いた表情の夏芽さんに私まで驚いたりした。

加えて、帰り道に思いついたばかりの新ギャグを披露すると、私の予想通り彼女は笑い転げていた。

帰り際、夏芽さんがお返しと言わんばかりの顔で「梅がうめー」と言っていたが、面白いと感じなかった私の口角はピクリとも動かない。

それを見た夏芽さんの顔はみるみるうちに赤く染まり、しまいには頭から湯気のようなものが出ていた。

……帰り道、思い出し笑いでクスッと笑ったことは、言えばおそらく調子に乗るので夏芽さんには内緒にしておこうと心に誓ったのだった。





――夢を見た。

そこには風でゆらりゆらりと揺れる花と、太陽に向かって笑う花が寄り添って並んでいる。

二輪の花は会話をするように揺れ、時折今にも声が聞こえてきそうな気さえする。

のどかでほんわかとした夢だと、第三者目線という不思議な目線で花を見ていると、二人の子どもが走ってやってきた。

追いかけっこでもしているのか、きゃっきゃと無邪気に笑う様子が窺えた。

だが――子どもらは話すように揺れる花たちを目に入れた瞬間、一輪の揺れる花に手を伸ばした。

あっ、と思った頃にはもう遅い。

純粋で無垢な子どもは、なんの悪気もなくただ誰かに見せようとしたのか、嬉しそうに花をブチッと抜き、笑顔で走り去って行った。

途端、視界が赤く染まっていく。

まるで摘まれた花から血が出ているような。

ドロドロに染まっていくそれは、太陽に向かって笑っていたあの花だけを取り残して全てを包み込んだ。

これは一体なんの夢なのだろう。

この夢を通して、私に一体何を伝えたいのだろうか。

不穏な雰囲気を纏っていく夢に、私が少しの不安と焦りを抱いた瞬間、後ろから人々の叫び声のような雄叫びのような声が、あちらこちらから聞こえてくる。

人々は言った。


「ああ、どうか……。その明るい色で私どもの村も照らしてくださいませ……」

「お願いです、助けてください」


厄災か何かに襲われたのか、昔の百姓のような服装をした村人たちが、一輪になった花にそう懇願する。

人々の表情は苦しみや悲しみでやつれ、青ざめていた。

その中に少しだけ、本当にほんのわずかだけ「申し訳ない」という謝罪の気持ちが感じられた。

そして、村人らの願いは叶ったのか、ドロドロとしたものは次第に薄れていき、とうとう跡形もなく消えていった。

一輪の花は、村を救った神だと崇め称えられ、村人は次々にお礼を述べていく。

みんなに囲まれ称えられる花は、一見幸せそうで嬉しそうに見えるが……。


私にはその花が、鳥籠の中に閉じ込められて、泣くように笑っているとしか思えなかったのだった――。

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