第21話 騎士団合同演習会(6)

宮廷学校は、演習会が行われる巨大な運動場があり、隣接して騎士科棟があり、さらにそれに並ぶように各学科の棟がある。

そして、一番端にあるのは新設された淑女科だ。


騎士団としての格が高い順から、運動場の近くの教室に滞在できる。

必然的に、運動場から一番遠い淑女科は、騎士団の中でも弱いクラスの者たちが集っている。


フェリクスの狙い通りだった。


そのような騎士団は、得てして平和な田舎の、純朴な騎士たちが多い。

大きな騎士団の精鋭たちほど体格が良すぎるわけでもなく、演習会で結果を残そうと気を張っているわけでもない。

どちらかと言えば年に一度の都会旅行といった雰囲気。

割となごやかで、和気あいあいとした空気が流れているのだ。


だから休憩時間、騎士たちはわちゃわちゃと戯れている。

やたら近い距離で話していたり、軽く取っ組み合いをして遊んでいたり、これはいちゃついていると言っても過言ではない。


毎年の習慣として、フェリクスは淑女科をこっそりと巡回する。

そしてそのような騎士たちの戯れを拝み、影から見守っている。


――今年も、フェリクスはほっくほくで淑女科巡回を達成した。

しかし、その時気づいた。ギルベルトの試合の時間を忘れていた。

ギルベルトは自分の戦いを見られるのを好まない。

だが、フェリクスがそのことをからかうには、もってこいのネタなのである。


フェリクスは慌てて渡り廊下へ向かった。近道だからだ。


そうしたら、彼女がいた。



アンネマリーとは、基本的にやたらと傷つきやすい人間である。

小言に傷つき、陰口に傷つき、嫌味に傷つく。それはもう盛大に傷つく。


しかも一度傷ついたら、ダメージは治りにくい。

アンネマリーは、一度心についた傷を軽く一生持ち続けるような、ゴミレベルの治癒能力しか持っていない。


だから、彼女はいつも傷つかないよう、いつでも猛獣の横を歩きぬけるかのような慎重さでもって動く。

絶対に悪く思われないよう、絶対に人から傷つけられることがないよう、細心の注意を払っている。


それが、「貞淑」のブッケル家長女と名高い理由だ。

一般的には、家の評判なんて「あのブッケル家の長女だというのに」というような、陰口で言われるためにある。


でも、彼女はどの面から見ても、完璧に貞淑である。

すべて、怖がりである由縁だ。


だがその反面、アンネマリーはここぞというときの決断力と行動力が尋常じゃない。

彼女が何かをしようと思いついたなら、多分何も起こらないわけがないのである。

その過程で、傷つこうが、死のうが、彼女はおそらく気にしない。

まさに無謀である。


でも、決して怖がっていないわけではない。

幼い時、アンネマリーはいじめっ子を変声機で追いかけまわしたことがあった。

彼女は計画中も、やらかした後も、顔では笑っていたが、ずっと青ざめて震えていた。


彼女は多分ずっと怖がり続けるし、ずっと傷つき続ける。

だが、それでも何かをしようと思うときがある。


そういう心を、人は信念と呼ぶ。



そんなアンネマリーが、動けなくなっていた。

フェリクスは基本的にただの怖がりだし、アンネマリーのように後先考えずには動けない。

だから、彼女が動けないときは、代わってフェリクスの出番というわけである。


***


アンネマリーの頭は、真っ白になったままだった。


腕にアメルン伯爵の指が食い込んで離れないのだ。

アメルン伯爵は、アンネマリーの反応などお構いなしにどこかへ引きずって行こうとする。


逃げようと思う。

震えすぎて歯が鳴るほどの恐怖。

爆発してしまいそうなほどの嫌悪感。


なのに、体が全くいうことを聞かない。

掴まれている腕から胴体まですっかり冷え切ってしまっている。


――その時、両肩にどしっと温かい手が置かれた。


「アンネちゃーん、びっくりしたよ、気づいたら居ないんだもん。結構探したんだよ」


振り向くと、フェリクスがにこにこ笑って立っていた。

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