第13話

 ヨウが依頼の受付を終わらせて街を出るなり、綾音あやねはいった。


「先に、行くから」


 そしていうが早いか、綾音は街の外に停めてあったたこに飛び乗り、爆音がしたかと思った次の瞬間、空へ舞い上がる。


 ヨウが見上げた空を、綾音の凧はスムーズに滑空していく。


「ああいうのもあるだ」


 その姿に、ヨウは「は~」と感心したような吐息が出てしまう。Arms Worldには、エンジンを積んだ航空機の他にも、滑空するグライダーも存在している。綾音が使っているのは、凧の形をしたグライダーだ。


 現実では航空機で牽引するか、もしくは高所から飛び降りる事で風に乗るのだが、ゲーム内では今、眼前で起こった通り、爆破や魔法によって限定的な上昇気流を作る事でも舞い上がれる。


 航空機のような迫力はないが、風に乗るというよりも疾風と化す印象のある綾音のグライダーもヨウを見蕩れさせる優美さを備えていた。


 ――インパクトあるなぁ。


 そう思って見上げているヨウだったが、セコはヨウが見ているのが綾音の凧だとは思わなかったらしい。


「気にしないでよ」


 ヨウの肩をポンポンと叩くセコは、綾音の行動を気にしたと思っている。


「綾音様は人と接するのが苦手なんだよ。特に、男が少し怖いんだろうね」


 アバターだから、女キャラを使っているから女、男キャラだから男という訳ではないにしろ、ヨウに対し、苦手意識が働いてしまった。


 ヨウは目を瞬かせた後、


「本人が話そうとしない限り、素性とかは聞かない事。それが、チームのルールですよね。聞きませんし、気にしませんよ」


 ヨウも心得ているし、何より綾音の素っ気ない態度に腹を立てるようなではない。


「一緒にゲームで遊ぶ仲間ですし、それに、こういうゲームのいい所って、実際の性別とか、年齢、住んでるところとかに関係なく、一緒に遊べる所ですよね?」


 ヨウがそういった途端、背後からモモがぎゅっと抱きしめた。


「その通りですわ!」


 そして笑顔を見せるモモは、ヨウの脇から綾音が飛び立った方向を指さす。


あや姉様ねーさまは、お兄ちゃんを嫌ってませんわ。先に行ったのは、偵察ですの」


「偵察?」


 首を傾げるヨウが思い浮かべたのは、前回のような邪魔者の存在だが、セコは何の事はない、と肩を竦めた。


「それは心配ご無用。例外も一部あるけど、依頼を受けて向かってる以上、外部からの邪魔も手助けもないよ。こちらのパーティだけでやり遂げるんだ」


 前回、ヨウとモモが苦労させられた、鎧竜の巣を爆撃して慌てて出て来た所を適当に狩るような手合いはいない。


「どれくらいの大きさの鎧竜が、どこにいるのかを確かめに行ってくれたんだよ。結構、大事な情報でね」


 大きさは強さに直結する情報である。攻撃力もHPも体格に比例するのだから、初心者は脱したといえるが、まだ中級者のヨウだ。ヨウを戦闘不能にせず撃破するには、「ある程度」という限界は無視できない。


 その偵察を、綾音は最も得意としていた。モモが説明に熱を入れるくらい。


「偵察は綾姉様に任せておくと間違いないですわ。絶対に間違えません」


 モモは可笑しそうに笑い、そして身振り手振りを交えて話す。


 曰く――綾音は忍者だ、と。


 曰く――忍者だから偵察のプロであり、隠密任務に向くグライダーを使っている、と。



 それはつまり、モモとは別系統であるが、りという事を示している。



 親近感が加わったモモは、最後に胸を張る。


「それに綾姉様は、攻撃に関してはチーム随一。お姉様より上手いんですよ」


 それはセコも認めるところ。


「うん、ゲームに出てくる忍者そのものの動き方をするよ。銃は火縄銃、メイン武器は小太刀、サブに手裏剣やクナイ、弓も持ってる」


 どれも効率的に使う事は難しく、そして忍者の成り切りとなれば、これだけで今の流行に乗っているプレーヤーからは嫌われる趣味装備だ。


 そして綾音が拘る最大の非効率な攻撃は――、



「何より攻撃魔法を使う」



 HPを犠牲にしてダメージを与えるというのは、今更、誰も使いたがらない攻撃方法だった。


 しかしグライダー、装備、攻撃方法……全てが綾音のこだわりを表しており、これはセコにとっては長所になる。


 ――長所だよ。


 それ以外にない。セコは断言する。


「頼りになる」


 それに頷くヨウは「仲良くなりたいですね」というのだが、その口元にモモは、人差し指を立てて当てた。


「お兄ちゃん、違いますわよ」


 言葉遊びかも知れないが、大事な事がある。



「仲良くは、するものではなく、ですの」



 綾音は特に、何かの目的を持って近づいてくる者が苦手なのだから。


「自然体、自然体ですよ」


「うん、気を付ける」


 ヨウもモモのいっている意味は分かる。



 ***



 綾音は人と接するのが苦手だ。自分がどう思われているのかも気になるし、それが嫌いという感情を抱かれている場合、どうしても現実で出くわしてしまったケンカが脳裏を過ってしまう。


 ――ヨウさん……。


 アバターが男であるからといって、プレーヤーが男である証拠はないが、もう身構えてしまっている後だ。


 ――乱暴な人じゃ……ないといいけど。


 幸い、今までチームで出会ってきた二人は、物静かというタイプではないが、荒っぽいタイプではない。バカ騒ぎは好きだが、それはセコもモモも同様なのだから、綾音も反発を覚える程ではなかった。


 このたかむら 綾音あやねと名字をいれている事も、珍しいタイプになる綾音は、他のチーム――というよりも、プレーヤーと馴染めない事が多い。


 名前だけ、名字だけというのが当たり前のゲームで、フルネームをつけていると目立つ。


 そして目立つといえば、綾音の装備も同様。


 パフスリーブを思わせる半袖に、胴着を思わせる意匠の襟、前垂れへと続くワンピースといった風の服と、手には手甲、腕には肘まで覆う手袋、足下は脚絆きゃはんと今度は太ももまで届くタイツという姿だ。モモは「忍者」というが、その忍者はサブカルチャーに存在するものを指している。


 必要以上にセンシティブにならないよう、胸が露出してしまう事こそないが、この服では蹴りを放とうものならばインナーが露出してしまう。それは水着のテクスチャーであるからグレーゾーン。


 この装備に、色々と言及してくるタイプであったならば、綾音は仲良くなれる余地がない――。


「ううん」


 グライダーで飛びながら、綾音は首を横に振った。


 ――セコさんが連れてきてくれた。きっと、いい人。


 綾音はセコを信じている。自分の素性を知って尚、説教臭い事をいわなかった人なのだから。


 忍者を自称する綾音の目が、前方を捉えた。


 ――鎧竜発見。


 全員のHMDへメッセージを送る。



 ――サイズはXL……大きい。



 苦戦必至の相手になってしくったらしい。

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