第三章 『新』展開! 『新』関係! 『新』天地!

第37話 明かされる。デキる女性の『仮面』の下

「ど、どうして【因果の薔薇】とアルナを?」


「ごめんなさい。本部の命令で貴方にその理由を教えることはできないの。立場上知る権利が無いというのが正確ね」


 徐にグディーラさんは目元に手を掛ける。


「ただもう一つについては話すことが出来るわ。それは私の個人的な感情――いいえ、むしろ執着ね」


「グディーラさん待って! 違うんです! そんなこと望んでない!」


「止めろ! グディーラ!」


「いいの。いつまでも黙っていられないもの」


 仮面を外し、グディーラさんは素顔を晒す。


 最初に驚いたのは以前聞いていた傷なんてなく、小顔でとても整然とした顔立ちをしていた。


 加えて気になったのは瞳の色。青く淡く輝いていて、まるでアルナと同じ――はっ!


「……グディーラさんって、まさか【有角種】だったんですか?」


「ええ、本名はエレシャ=ルクト=バングハント=グディーラと言うの。今まで通りグディーラで構わないわ」


「で、でも尻尾や、角が……髪も……」


 と言いかけ、言葉を失う。グディーラさんには無かったのだ。


 有角種が持つ他人種から疎まれ、忌み嫌わる身体的特徴が全て欠損している。その意味が、何となく理解できてしまった。


 グディーラさんが見ず知らずのアルナに良くしてくれていた理由も。


「髪は染めたの、角と尻尾は切り落としたのよ」


 頭の左側を触りながら、グディーラさんは淡々と壮絶なことを口にする。


「私、守護契約士になる前は娼婦をしていたの。家が貧しくてね。稼ぐにはこの方法しかなかった。軽蔑した?」


 できるわけがない。有角種の角を切るというのは爪を切るのと訳が違う。


 表面こそ角鞘という爪に似た組織で覆われているけど、中は角芯という骨がある。


 それに神経や血管だって……きっと想像絶する痛みだったのは間違いない。更に尻尾までって――背筋が凍りつく。


「……妹と弟がいたの。もし生きていたらちょうど貴方達ぐらいになっていたわね」


「生きていたら……って」


「……仕事から帰ってきたら、暴漢に襲われた後だったの。弟は首を刎ねられ、妹は慰みものにされた挙句。頸を締められ殺されていたわ。そんな私を救ってくれたのがネティスさんだった」


 仮面をかけ直したグディーラさんは口元を綻ばせて、いつもの彼女に戻る。


「ごめんなさい。見苦しいものを見せてしまったわね」


「そんなこと……僕の方こそごめんなさい。疑ってしまって」


「別に良いのよ。気にしないで」


 もう感情的に納得してしまった。やっぱり思っていた通りグディーラさんはいい人だ。


 だけど言えることが一つある。それは――


「……だけど、グディーラさんは目元を隠さない方がいいと――」


 突然グディーラさんからおでこを弾かれた。イテテ。


「ばぁか。大人を揶揄うんじゃないの」


 本心なんだけどなぁ。


「私の感情を抜きにしても、現状アルナの保護は協会本部からの緊急指令。最優先に対処しなければならない。でもまずはこの状況をどうにかしないとね」


 とグディーラさんと一緒に休憩室から出ると、協会内は野戦病院と化していた。


 寝ている人の大半は抵抗力の弱い子供やお年寄りの人ばかり。みんな顔色が悪い。マグホーニーの象気よるものだとすぐに分った。


「俺の【煙】で協会の周りを結界で覆って何とか持たせている。坊主の【天】の象気程じゃなぇが、時間稼ぎにはなるはずだ」


 すっと裏手から葉巻を吹かしたレオンボさんが現れる。


「レオンボさん! 戻ってきていたんですね!」


 自分が張れればいいけど、あれは【行動象術】の一種。【火】の【造形象術】と【水】の【行動象術】の【二重象術】を操るレオンボさんでしか出来ない。


「おうっ! 俺だけじゃねぇぞ。あいつも帰ってきている」


 レオンボさんが差す先に【青肌種アルク】の女性が、横たわる少女に己の象気を当てている姿が見えた。


「ヴィンダさん! うちの娘は大丈夫なんですか!?」


 えっと……この声パン屋の? ってことは、倒れているのはカレン!?


「そないに心配しいひんでもだんないさかい落ち着いとぉくれやす。グディーラ! 話終わったんなら早うこっち来て手伝うて!」


 青白い長髪に、青い瞳。異国情緒溢れる装い。それにこの雅でゆったりとした独特な南部方言は――。


「ヴィンダさん! 帰っていたんですね!」


「おぉ! みー坊やんか。うん、ついさっきな。再会を祝うて抱きしめたいとこやけど、今手離せへんの。かんにんな」


 負の象気が外へ【流】れ出し、女の子の血色がみるみる良くなっていく。流石【流】の象気の術士。ヴィンダさんが戻ってきてくれてよかった。でも――。


「……いや、もうそれはやめてください」


「いけずやわぁ~」


 先輩のヴィンダ=アーライさんは会う度。「かいらしい」って言いながら抱き付いて、僕の顔を胸に埋めようとしてくるので、ほんと勘弁してほしい。


 物凄く恥ずかしいから。


 羨ましいって思ったのなら、是非変わって欲しい。本当に苦しんだから。割と本気で。


「そんなことよりもカレンは?」


「なんや知り合いやったん? 心配せんでええ、あと少しで流し終わる」


「お兄……ちゃん……?」


 ふとカレンの瞼が開かれる。虚ろな目、何かを求めカレンの手が宙をさ迷う。


「握ったって」


 とグディーラさんに頷かれ、掴んだ。


「……クロリス……仲直り……出来たよ? 今度……遊びに……いくんだ……」


「そっか。うん、じゃあ早く、治さないとね」


「そや。このお兄はんの言う通りやで。眠らな良ならへんで?」


「……うん」


 ヴィンダさんのお陰で次第に顔色が良くなったカレンは安らかな寝息を立てた。これで一先ずは安心。


 しかしこんな幼気な子供が。やるせないし、とても許せるものじゃない。


「じゃあ、私はヴィンダの補助に回るわね。ハウア。後のことは任せるわ」


「おう! んじゃ――」


 髪を結び、すぐさまグディーラさんは病人の下へ駆け寄っていった。


「作戦会議と行くか!」


 ハウアさんより言い渡される作戦の全容。何のことはない。


 ハウアさんがマグホーニーを押さえているうちに、僕とアルナが協力して封印を行うというもの。


 実に単純シンプルだった。


「それが『考え』ですか?」


「いや、まぁ他に奥の手ってやつがあるんだけどよ。一先ずそいつが一番確実だからな」


 よく分からないけど、ため息が零れる。


 もうちょっとマシなのは無かったのかなぁ……などと卑屈になっていたら、突然頭の後ろを小突かれた。


「こぉら、男の子が一世一代の大勝負うちゅうときに、そないな顔しとったらあかんえ」


 振り返るといつしか処置を終えていたヴィンダさんが背後に立っていた。


「話は聞いたで、なんでも惚れたおなごんために体を張らなあかんそうやんか? そや、ヴィンダ姐さんがええこと教えたる」


 ヴィンダさんは愛用の瑞穂の扇、扇子を広げ、口元を隠しながら語ってくれた。


「商いで大事なことにはやら色々あるんやけど。そん中でもウチは、正直さと、誠実さや思てる。そら自分を売り込もうちゅうときにでも大切なことやで」


 商売好きで、金融関係に強いヴィンダさんらしい助言だった。


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