第26話 ありえない!? 想像を絶する!? 地下道に潜む『魔物』

「けど本当に危険なのは、スライムでもアメーバみたいな奴なんだ。そいつら本能的に見境なく捕食しようとするからね」


「流石守護契約士だね。野生動物に詳しい」


 そんな笑顔で褒められるとなんか照れくさいな。


 まぁとにかく。それらは近年までちゃんと分類されていなくて、両方ともスライムって呼ばれていた。


 最近では前者をスライム、後者をウーズとなっている。


「ミナト。痛くなったら言ってね? それにあまり無理しないでね」


「うん、ありがとう。でも大丈夫。君の鍼のお陰でとても調子がいいんだ」


 実はアルナの部屋。僕の住む長屋の近所に偶然見つかった。


 入居してからというもの彼女は度々僕の部屋に訪れては、【麗月】の伝統療法の鍼治療を施してくれる。


 アルナの鍼治療は凄くて、湿布じゃなかなか抑えられなかった鈍痛が嘘のように消えた。


 更に食事まで作ってくれたり、何かと世話を焼いてくれて、嬉しくはあったのだけれど。

「そんな……元はと言えば私のせいなんだから」


 とアルナを罪悪感で縛っている感じがして、内心僕は悩んでいる。


「お前達イチャついてねぇでさっさと行くぞぉ~」


「なっ! 別にイチゃついてなんかっ!」


「うぅ~ハウアさんっていつもそういうことゆうぅ~」


 彼女もここ1週間ぐらいで他の人たちと打ち解けてくれたみたいで、喜ばしい反面。毎度二人合わせて揶揄われるので、半分おもちゃにされていた。


 僕等は恥ずかしさをかみ殺し、ハウアさんに促され奥へ。


 レオンボさんが借りてきてくれた地図の写しを頼りに僕等はぼんやりとした霊気灯が照らす水路を進む。


 度重なる計画変更で迷路のように入り組んでいて、地図上に無い通路も多くある。一見した限りでは同じようなところばかり。


 前にレオンボさんが話してくれた通り下手したら迷ったまま帰れないなんてこともあるかもしれない。


「今日、レオンボさんは来ていないんだね」


「おっさんは死体の出所について洗うんだとよ。嬢ちゃんが言っていただろ? 《心臓喰らい》を生み出すには遺体がいるって」


 先週みんなで膝を交えた際。《心臓喰らい》を造るには人の亡骸へ似たような秘術を施すということも教えてくれた。


 死者を冒涜するなんて腹立たしい。なんて身の毛がよだつ話。


「それにしてもこの地図全然当てにならねぇな」


「とりあえず載っていないところを印付けていこうよ」


「その方がいいな……って嬢ちゃんなんだそりゃ?」


 アルナはじっと手の平ぐらいの大きさの板を眺め、何やら思案している。


 その中央には羅針があって、方位が分かるようになっているみたい。でも一つ違うのは通常の羅針盤より一本針が多かった。


「えっとこれは【天地盤ティンデェィパァン】といって、方角と自然界の象気を読むものなんだけど。この2つ目の針、【象針】が象気の流れてくる向きを教えてくれるんだ」


 指し示すのは東南、地図には書かれていない通路。確かに奥の暗がりを覗いていると寒気がしてくる。


「嬢ちゃん。そういうことは先に言ってくれ。じゃあ行くぞ」


「ちょっと待ってハウアさんっ! もうちょっと慎重に行こうよっ!」


「強い象気がある方向に、ヴェンツェルの奴がいるっていうことだろ? なーに安心しろ予定通り様子を見るだけだ」


 罠があるかもしれないのにとズカズカと足を踏み入れていくハウアさんの後を僕達は追った。


 これでヴェンツェルの野望の全容を知るとなると少し身震いがする。


「二人とも止まれ。静かにしろ」


 先頭を歩いていたハウアさんが急に殺気立つ。


 さっきより漂ってくる象気が重く冷たく感じて、すぐに呼吸を整えた。象気を練り上げいつでも全力で逃げられる態勢にしておく。


「いい練りだな。なかなか板についてきたんじゃねぇか? 嬢ちゃんは流石ってところか」


 隣にいるアルナの象気は、まるで体中から薄っすら稲光が走って見える。


 目に象気を集中させても希薄なのは多分象気を見えにくくする技術。


 そんな技があるって昔師匠に教わったけど、僕には出来ない。


 纏っている象気の圧はハウアさんと同等。きらきらと輝いて何度見てもほんと綺麗だ。


「板につきたくないよ。本当なら戦いなんてない方がいいんだから」


「まぁ違いねぇが、そいつは無理な話だな。気の合わねぇクソ。気に食わねぇクソ。終いにしょもねぇクソがいて、ままならねぇのが世の中ってもんよ」


 うん、自分もそれをここ数ヶ月で痛感した。


「さてと、んじゃ、そのクソをなんとかしに行くとするか」


 そして奥へ。象気の濃度だけじゃなく、唸り声まで聞こえて来た。


 野太く籠った咆哮。例えるなら〈巻髭虎クァール〉や〈喀邁拉キマイラ〉のような大型肉食獣に似ている。


「二人とも気を付けて! 象相が凄く乱れている」


 天地盤の象針が左右に激しく振れている。


 仕組みは分からないけど、危険を知らせていることだけは直観的にわかった。


 警戒しながらなおも進む僕達。そして突き当りにぶつかったところで、突然纏わり付くような悪寒が襲ってきた。


 それは右奥深くから流れ込んできて、禍々しく、そして強大の殺気に思わず息を飲む。


「な、なんだこれっ!? 師匠だってこんな象気してないのにっ!」


 単純な象気の強さ、象圧だけなら、僕等三人で丁度釣り合うぐらい。


 師匠も仙人と呼ばれる程の使い手だけれど同等かもしれない。


 それほど今まで感じたことがない類いの象気だった。ヤバイ! とにかくヤバイっ! ぞっとする象気。


「まさかっ!? そんなはず……」


 隣にいたアルナもまた真の意味で殺気立ち、象気を落雷の如く轟かせる。


 不意にどっからともなくリンと鈴の音が聴こえてきた。


 なんだ? いったい?


「お前等俺様が合図したら全力で逃げろ」


 ハウアさんも鑢状大剣と銃を構える。鈴の音なんかに気を取られている場合じゃない!


 僕等は地響きと共に深淵から近づいてくる巨大な何かに身構えた。


「な……」


 目の前に現れたのは、心臓喰らいの3倍はあると思われる黒い巨獣。


 人のような顔をしながら顎は2つ。四つ足の動体に蠍の尻尾。


 強いて似ている動物を挙げるなら、おとぎ話の登場する〈蠍獅マンティコア〉が一番近い。


 全身にはまるで血管のような紅く輝く筋が走り、極太の牙と爪を生やした野獣。《黒蠍獅》が真紅の眼光を迸らせる。


「なんだ……こいつは!」


 ハウアさんが驚愕するも束の間、大気と水面を震わせる遠吠えに僕等は呑み込まれた。


「ぐっ! アルナ!」


「ミナトっ!」


 危うく吹き飛ばされかけたところをどうにか踏み止まった。


「お前等っ! 逃げ――」


『GUOOOOOHHHH――ッ!!』


 合図の刹那、《黒蠍獅》が左手を薙ぎ払い、突如目の前からハウアさんの身体が消えた。


 そんな!? 不意打ちとはいえ、自分より遥かに強いハウアさんがまるで赤ん坊扱い。


 マズイ! このままじゃ三人とも殺される! ハウアさんが! アルナが! 僕が何とかしないと!!


「わ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙―――――ッ!!!」


 吠えろ! 恐怖を押し殺せ! 立ち向かえ!


「ミナトっ! ゴメンっ!」


 突然後頭部に強烈な一撃!? 視界が真っ暗になっ……て……。

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