第24話 黒幕と野望と、彼女の『秘密』が複雑に交錯し……

 今までの人生で見たことも無い金額!


「少ないけど我慢してね?」


「とんでもないっ! こんなにっ!? こんなに貰っていいんですかっ!?」


「正直に言うとね。今回の依頼料。事前の政府からの手付がケチられちゃってね。ミナトは本当に良く頑張ってくれたから、もっとあげたかったんだけど、協会も大変なの。ごめんね」


「いえ! ありがとうございます!」


 恐ろしい大金で手が震えた。


「ところでミナト。身体の方はどうだった?」


「はい、2週間もすれば回復するって」


「そう。大事には至らなくてよかったわ。それはそれとして、二人とも外で凄く騒いでいたみたいだけど、あまり感心しないわね。どうかしたの?」


「えっと――」


「グディーラさん! 私もここで働かせてくださいっ!」


 会話の途中でアルナが突然割り込んできた。いきなり何を!?


 確かに守護契約士には一般人に助力を求めることがある。


 いわゆる協力者エージェントというもの。


 彼女の実力ならC、いやB級はある。象術を使える時点でD級の資格がある。


「私はミナトに怪我をさせてしまいました。けどミナトはそんな私に力になりたいって言ってくれて。ミナトがそう思ってくれるのと同じように、私もミナトの力になりたいんです」


 アルナの瞳も声も切実に訴えている。


 彼女は高く評価してくれるけど、正直僕は情けない気持ちでいっぱい。


 掟と戦うと公言しておいて、結局まだ彼女に何もしてあげられてないんだから。


「アルナ。私達の仕事は白より灰色。やっていることは案外闇社会とあまり変わらないところもあるわ。ミナトが貴方を救ったのは、そんなことをさせないためだと思うのだけれど?」


「分かっています」


「ちょっと待って、救ったなんてそんな――」


 大げさな。と言いかけたところで突然背後からハウアさんが肩を回してくる。


「なぁミナト、ちっと早いが飯食いに行くか? おっさんもまだ寝ているし、この前奢ってやるって言っただろ?」


「でも話がまだ終わって――」


 いいから来いよ。とハウアさんに半ば腕ずくで協会の外へと引きずり出された。




 ただまぁ少し込み入った話になりそうな雰囲気だったのは確か。


 それが彼女達を二人っきりにしようというハウアさんの気遣いだって、すぐに理解はできたけど――


「本当に食事しに来るとは思わなかったよ」


 ハウアさんに連れてこられたのは大衆食堂。


 アルナと出会う前は僕も良く利用していたところだ。夏にはテラス席があって心地よい店。


「俺様が約束破ったことがあるか? 好きなもん頼んでいいぞ。マスターっ! いつもの!」


 速いよ。まだ決まっていないのに……。


 奥から「あいよ」っという野太い声が聞こえてくる。


「グディーラはああ見えて経験豊富だからよ。任せておけば大丈夫だ。悪いようにはしねぇよ」


 ハウアさんの言っていることは理解できる。でもアルナが協会で働くのは反対だ。


「けどなミナト。腹ぁ括った女は強ぇ。ちょっとやそっとじゃ引き下がらねぇんだ」


「うん、今日のアルナを見ていて思った」


「だろ? ミナトが嬢ちゃんを戦わせたくねぇって気持ちは分かるが。しばらく二人で話し合わせてやれ」


「ハウアさんにはお見通しだね」


「何年の付き合いだと思ってんだぁ? とりあえずここは兄貴分の俺様の顔を立てろよ」


 僕はアルナにこれ以上裏社会に関わって欲しくない。


 普通に勉学に勤しみ、家庭を築いて、幸せになってもらいたい。別にその相手が自分である必要はないけど。


 ただ多くの苦悩を背負った彼女はそれと同じぐらい幸せになる権利があると僕は思っている。


「とにかく来週あたり一旦下見で地下水路に潜る予定だからよ。んで? 怪我の方は?」


「くっつくのに2週間ぐらいかかるって」


「そうかぁ、じゃあどうすっかなぁ……つっても様子見るっつぅだけで他には何もしねぇんだけどよ。もちろんヤバイヤバくないは関係ねぇ。どうする?」


「ヴェンツェルの計画を阻止するためには情報を集めないと。うん。着いていく。でも戦えないよ?」


「おう、安心しろ。なりそうだったらすぐに逃げる。じゃぁ大人しくしていろよ。象気を練るぐらいの修業は良いかもしれねぇが……それで決まったか?」


 えっと、これが一番安いな……。


「うん、マスター。鰻の煮凝り下さい」


「……マジか?」




 戻ってくると、やっぱりというかアルナも一緒に、協会で働くことになっていた。


 これで良かったのかなぁ。でもアルナが自分で決めたことだし……。


 彼女の意志を尊重したい。けど……本当は関わって欲しくない。


「じゃあ嬢ちゃん、何故【劉家】がヴェンツェルを追っていたのか話してくれるか。多分今後の対策で重要になってくると思う」


「分かりました」


 レオンボさんの半ば取り調べのような会議が始まる。


 彼女から明らかにされる事の発端。まずは【劉家】に【参纏會】を統括する重鎮、《三元帥》からの勅令があったところまで遡る。


 ヴェンツェルが【参纏會】の【ホン家】から秘術を盗む際、多数の死傷者を出したという。


「するとなにかぁ? 【韓家】の報復ということか?」


「そうです。【韓家】の曽祖父は、曾お爺様と同じ三元帥で、親交があったこともあり、暗殺命令を受諾しました」


 アルナは更に【韓家】のことも語ってくれた。【韓家】は【送屍ソォンシィ】と呼ばれる屍体を操る術士を輩出する一家。


 かつて耳長属の〈エースノエル〉からもたらされた技を伝え、護る一族だという。なるほど少し見えてきたぞ。


「その秘儀の名を【鬼血屍回生グヮイヒュシィゥイサァン】といいます。それは古の種族、【地母神の落とし子】、【鮮血の貴族】という【屍鬼】の復活の儀――」


「ちょっと待ってっ!? 【地母神の落とし子】ってっ!」


 ヴェンツェルがやろうとしていることがようやく分かった。恐らく【鮮血の貴族】というのは、故郷の村を襲った奴に違いない。


 奴等は完全に人に紛れ生き血を啜る。一度町に溶け込んだら数日中にボースワドゥムは死都と化してしまう。


「儀式ってもしかして、こういった陣を使うものじゃないかしら?」


 グディーラさんが、以前調べた〈エースノエル〉が残した記述をアルナへ渡す。例の幾何学的な字が書かれた円陣だ。


「ど、何処でこれをっ!?」


 アルナの驚いた様子からして当たりらしい。


「間違いないようね。私達も独自の情報ルートがあるのよ」


「同じものを、僕は屋敷にあった書物で見ているんだ」


「おいおい、つまりどういうことだ? ヴェンツェルは一体何をしでかそうとしている?」


 ハウさんが口を挟んだ。


「多分、ヴェンツェルは【鮮血の貴族】という種族を復活させようとしているんだろ? そいつが解き放たれたら大変なことになるな」


 レオンボさんが「こりゃぁ大ごとだぞ」と顔を顰める。


「昔ハウアさんには話したよね? 僕の故郷のこと」


「あぁ覚えているぜ」


 僕の故郷は吸血種によって一夜にして滅ぼされた。自分だけがS級守護契約士のネティスさんに助けられた。


 未だ目に焼き付いている幼い日の惨状がこの町で起きるとなれば、見過ごせない。

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