モザイクモラトリアム! 高度文明の白

つきのはい

第1話 夜毎


 夜毎、静かに少年は思うことがある。

 神様って奴は、輪切りにされた『文明の発展』が観たかったのかもしれない。

 そう思えば、全てが納得できる。


―――――――――――――――――――――――――


「痛っ! っつぅ~……腕がっ‼」


 シズク・シグマは、この世界で生きる多くの人間『ニューラー』の十六歳の少年である。


 こげ茶色の短髪が、少しだけ開けられた窓から入り込む、その朝の風にそよいでいた。

 マジで今日仕事休みで助かったな……。とシズクは痛感していた。

 今日は久しぶりのお休み。だが、いかんせん先日の作業で痛めた腕のせいで、シズクは朝その身体を起こすのも切なかった。



 ピラッ――。


『好感覚指数:オコノミバロメーター 

 指数調査の結果 今回あなたの居住地は【ワースト】です』



 シズクは、机のボードに張り付けてある一枚の紙きれを、改めてまじまじと眺めた。窓から差し込む朝の陽ざしで、紙の辺りが明るく照らされている。

 これは先月の報告書である。


 別にもう住み慣れちゃってるからワーストでもいいんだけど……不便っていうか、もっと便利な生活にしたいんだよなぁ。噂だと、一番上の階層はかなり便利な生活だって聞くし。


 シズクは、その紙切れを見ていつもそんな事を思っていた。

 シズクが窓から外を見ると、向こうまで広がる果樹園がそこにあった。

 太陽の日差しをたっぷりと浴びた背の低い木々が、青いその枝葉を茂らせている。規則的な列を成した木々の間に、作業服を着た者が二人見える。

あれがシズクの両親だった。


 シズクの両親は農家で、果物の栽培を生業としていた。

 学校を卒業した後、シズクもそのまま農家として生活を送っていた。

 両親も【ワースト】に指定されていたので、シグマ家は皆ここで生活をしているのである。


「シズクー? もう起きてるー?」


 起き抜けでまだどこかぼんやりとしていたシズクの頭に、からりとした通りの良い女の子の声が響く。


 その声の主である少女は、勝手知ったる我が家といった様子で、突然シズクの家に入ってくる。


「ああ……? ああ、もう起きてるよ。って、この声、イリスか。今日せっかくのお休みなんだが……」


「あんた、お休みって言っても、家業少しくらい手伝ったりとかしないの?」


 ズカズカと入ってきたその女の子は、本当にこの家を自分の家だとでも思っているらしい。

 それくらい平気でシズクの部屋がある二階にまで上がってきていた。


「休みったら休みだ……。この前から腕が痛くってさー」


 仮病ですねぇ。ふふっ、バレバレですよ~? と、シズクを笑うこの少女は、シズクの幼馴染で小さい頃から家族ぐるみの仲だった。


 その名前はイリス・マーガレット。

 近くの港近辺に住む漁師の一人娘である。


 シズクと同い年で、ゆる~くパーマのかかったボブカットの青い髪と、ニヒヒッと笑った時に見える八重歯が印象的な、可愛らしくも活発な気の多い女の子である。


 全体的に小ざっぱりとした雰囲気で、少し前までは男の子のようだったのが、いつの間にか女の子らしい起伏がその身体にしっかり現れだしている。


 そのせいで最近、シズクは不意にドキドキさせられる事があるくらいだった。


「さって、今日は出掛けるし、腹ごしらえ腹ごしらえっと~」


 イリスは、自分のその爽やかな色味の青い髪をクイッと耳に掛けると、手にしていた桃を口に持っていった。


 ――――モグモグモグ。


 イリスは、どこから調達したのか怪しいその桃を一つ、シズクの目の前で口にしてみせた。



「あ! イリスお前、それまたうちの桃じゃないのか⁉」


「んぐっ……え? いやー……どこのだろね? 玄関の脇にあった籠に、それはそれは見事な桃がありましたので……ね?」


「ね? じゃねーよ‼ ……はぁ……前も言ったけどなー、それ食べて怒られるの、俺なんだが……?」


「まぁまぁ~、そんな怒らないで! ね? 果物は食べられるために成ってるんだから~」


「無料で食べられるために成ってるわけじゃないけどな……」


 それでも美味しそうに桃を食べるイリス。

 その口元から、噛んだ時に溢れた果汁がつぅ~っと彼女の顎を伝って滴ったので、シズクはドキッとした。


「……ん? なーに?」


「何でもねぇよ……。それより、今日出掛けるって?」


「ん? モグモグ……ゴクンッ。何、もしかして忘れちゃったわけ?」


「何の事だ……?」

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