第16話「とっても可愛い人でしょう?」②


 ジェシカとライリーは母親同士が姉妹のため、幼い頃より交流があった。

 それこそライリーが赤子のときからの付き合いだ。実の弟と同じくらいライリーのことを可愛がっていた。


 それなのに、年を重ねるに連れ、ライリーと会う回数はどんどんと減っていった。

 ジェシカが十歳の誕生日を迎える頃には、ライリーと会う機会はまったくといっていいほど与えられず、そのうえ王子であるにも関わらず、その頃のライリーが公式の場に出ることは一切なかった。


 それというのも、ジェシカの母とライリーの母の仲が険悪になったこと、そしてライリーが父親と母親から忌諱されていることが原因だった。

 あとになって知った話だけれど、母の姉妹仲が悪化したのも、ライリーの処遇について母が口出しをしたことがきっかけだったらしい。


 アデルバートと出会ったのは、まだ少しだけライリーと関われた八歳の頃、ライリーの六歳の誕生日が過ぎたばかりの頃のことだった。


 ライリーのお誕生日祝いになにかしたいと考えたジェシカは、自分の家でお茶会を開こうと思い至った。

 参加者は母とジェシカと弟とライリーの四人だけのささやかなものにするつもりだ。ライリーは人前に出ることを許されていないと聞いたから、面識のある人だけでライリーのお誕生日を祝うのだ。きっと素敵な一日になるだろう!


 きっとライリーも喜ぶに違いないと確信し、母に告げたら微妙な顔をされたけれど、最終的に「……そうね、それくらいなら大丈夫でしょう」と許可をもらえた。


 ジェシカは張り切って招待状を作成し、母に付き添ってもらって王城へ向かった。

 母は王妃と話があるからと、途中で別れた。

 ライリーの部屋がある場所は知っている。ジェシカの名前を言えば見張りの衛視たちも通してくれるため、堂々と王族の住む居住区へ足を踏み入れた。


 ライリーの部屋は王城の外れにある。

 少しばかり遠いのが難点だけれど、閑静なところがジェシカは気に入っていた。


 ノックしようとすると、ちょうどライリーが部屋から出てきたところだった。

 ライリーはジェシカを見て驚いた顔をした。


「あれ、ジェシカ?」

「ごきげんよう、ライリー。ちょうどよかったわ。あなたにこれを渡そうと思っていたのよ」


 手に持っていた招待状を渡すと、ライリーは不思議そうな顔をしつつも受け取ってくれた。


「しょうたいじょう……?」

「あなたのお誕生日のお祝いをお母様たちとするの! どう? 楽しそうでしょう!」


 ライリーはそれを聞いて顔を輝かせたが、すぐに暗い顔をする。


「でも……かあさまがゆるしてくれるかなぁ」

「大丈夫よ。王妃様はお母様が説得してくださるわ。たくさんお菓子を用意しておくから、楽しみしておくのよ!」

「うん、ありがとう」


 ニコニコと笑うライリーに満足していると、ライリーが突然ハッとした顔をした。


「どうかしたの?」

「ぼく……にいさまによばれていて……」

「にいさま?」


 初めてライリーの口から「にいさま」という単語を聞き、ジェシカは目を白黒させた。


(にいさま……ってお兄様のこと? ライリーの兄君といえばアデルバート殿下のことだと思うけれど……ライリーとアデルバート殿下に接点なんてあったかしら?)


 なんとなく、ライリーがこの王城内では邪険に扱われているのをジェシカは感じ取っていた。

 特にライリーのことをアデルバートの耳に入れないように神経を尖らせているようだった。

 それなのに、アデルバートがライリーを呼ぶとはいったいどういうことだろうか。


(まさか……ライリーがアデルバート殿下にいじめられている……!?)


 そうと思いつくと、それしか考えられなくなった。

 ライリーをいじめるなんて許せない。たとえ王子様だとしても──いや、王子ならばこそ、そんなことはしてはならないはずだ。


 ライリーを守らなければ、とジェシカは思った。

 そして咄嗟にライリーの手を握ってこう言っていた。


「わたくしも連れていって!」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 戸惑うライリーを半ば強引に説得し、アデルバートのもとへ二人は向かった。

 ライリーの部屋からほど近い日当たりの良い部屋に着くと、ジェシカと同い年くらいの少年が偉そうに座っていた。


 薄い色合いの金髪と白磁のような肌が相まって、まるで人形のように見えた。

 もしかしたらジェシカよりも細いかもしれない彼の目の前には、その体格ではどう考えても入らないだろうと思える大量のお菓子がずらりと並んでいた。


「にいさま」

「……来たか。それに、私のことは『にいさま』ではなく、『兄上』と呼べと──……誰だ?」


 ライリーに文句を言っていた彼は、ジェシカに気づくと怪訝そうな顔をした。

 ジェシカは控えめな微笑みを作り、お辞儀をした。


「お初にお目にかかります、アデルバート殿下。わたくしはジェシカ・サンダースと申します」

「……サンダース公のご息女か。そうか、サンダース公の奥方は王妃殿下と姉妹だったな」


 名乗っただけで両親のことを言い当てられるとは思わなかったジェシカは内心驚いた。

 継母とはいえ、自分の母親の血縁関係にあたるのだから覚えているのは当然のことなのかもしれない。しかし、アデルバートと王妃の仲が良いという話は聞かないし、ましてやまだ十歳の子どもがそこまで頭が回ることに驚いた。

 ジェシカは親しくない相手の血縁関係のことなど覚えられる自信はない。


(なかなかできるわね……)


 内心感心しつつ、ジェシカは微笑んだまま「その通りでございます」と答えた。


「それで、なぜあなたがここに?」


 素っ気ない態度でそう尋ねてきたアデルバートにジェシカが答えようとすると、慌てた様子でライリーが口を開いた。


「あのっ、にいさ……あにうえ、ジェシカはぼくに『しょうたいじょう』をととげてくれてっ、それでその……!」

「ライリー……それではなにが言いたいのかわからない。伝えたいことは簡潔に、わかりやすく頭でまとめてから口にしろ」

「はい……ごめんなさい……」


 しゅんとした様子のライリーを庇うべく、ジェシカは一歩前へ踏み出す。


「殿下、わたくしは個人的にライリー様のお誕生日のお祝いがしたいと思い、身内のみのささやかなお茶会の招待状を持参してきたのです。それを渡そうとライリー様のお部屋を訪ねると、ライリー様はちょうど殿下のもとへ行くところでして、ならばご挨拶ができればと、わたくしが無理を言って付いてきてしまったのですわ。配慮が足りなかったと、今更ではありますが猛省しております。大変申し訳ございません」


 ライリーは悪くないから怒るな、という牽制を込めて言うと、アデルバートはライリーを見て「そうなのか?」と尋ねる。

 アデルバートは怖々した様子で「はい」と頷き、もじもじとしたあと、顔をあげてまっすぐアデルバートを見て言った。


「それに! ぼくの大すきなジェシカを、そんけいするにい……あにうえにしょうかいしたかったのです」


 おふたりになかよくしてもらいたいのです、と一生懸命に言うライリーにジェシカは目を潤ませた。


(な……なんてかわいいのかしら……! 『ぼくの大すきなジェシカ』ですって……! なんてかわいらしいのかしら、この子は!)


 ライリーの可愛らしさにジェシカは内心で悶えた。

 きっと自室だったら全身でもだもだしただろう。アデルバートがいなければライリーに抱きついて頭を撫で回したのに、とアデルバートの存在を心から憎らしく思い、アデルバートを見ると──。


(く、口元が緩んでる……?)


 先程まで眉間に皺を寄せ、いかにも不機嫌そうな様子だったアデルバートの口角が、確かに上向いていた。

 口元に手を当てて隠しているようだが、位置が悪かったのか、手の隙間からジェシカには丸見えだった。


 ふと、アデルバートと視線が合う。

 そこで、ジェシカはピンときた。


(この人……ライリーをいじめる敵ではなく──)


 ──ライリーを可愛がるわたくしの宿敵ライバルだわ。


 アデルバートも同じことを思ったのか、ジェシカを見て眉間に皺を寄せる。その目は「ライリーは可愛がるのは私の役目だ、外野はすっこんでいろ」と語っていた。


「あにうえ……ジェシカもいっしょでは、だめですか……?」


 上目遣いでそう問いかけたライリーに、アデルバートが一瞬固まった。それは瞬きの間だったけれど、確かにジェシカは見た。


 アデルバートはもとの不機嫌そうな顔をしながら「サンダース公爵令嬢が良ければ、私は構わない」と答えた。

 そう答えつつ、目では「帰れ」と訴えてきたので、ジェシカはニコリと微笑んだ。


「まあ、光栄ですわ、殿下。お言葉に甘えて、お邪魔いたします」


 そう答えたとき、ジェシカとアデルバートにしか聞こえない鐘の音が、カーンと鳴り響いた。

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