4章1節 いつまでも絶えることなく

「そいじゃま、予定わかったら連絡くれや。クリスマスでも年末年始でも、いくらでも空けてやるから」


「ありがとう。病院に行かないと、検査にどれくらいかかるかはわからないけれど。スケジュールがわかるのはわりとすぐだから。連絡するね」


 終業式の日の放課後。呉内くれうちは冬休みの自由な空気を堪能するためによくわからないテンションでいずこへと消えて行く。


 私と喜佐美きさみ君は生徒会へ挨拶をしに行くという約束をしていたから、少しだけ残ってから下校することになった。


「ゔあー。喜佐美くんお疲れさま」


久留巳くるみさんも頑張ったね。ああ、大変だった」


 お互い、二学期はとても忙しかった。行事が終わればすぐテストが始まって。ポスター発表をなんとか終わらせたら行事があり。そのあとまたテストがあった。


 楽しいことも多かったけれど、目が回るような思いだったのは確かで。途中途中で、喜佐美くんも階段を使うのを控えたり、疲れないよう杖を使ったりして乗り切った。


 色んなことをやって、考えて迎えた放課後の空は綺麗な青色が広がっている。寒々しいなかでも明るい気分になる心地がした。この清々しさに任せて、喜佐美くんにひとつ聞いて欲しいお願いがあった。


 終業式から一週間が経たないくらいが過ぎて。大晦日がもう明後日までやってきている。年の瀬というものは忙しいけれど、今日という日に喜佐美くんが私のために時間を作ってくれたのだ。


 鏡を使いながら、朝野あさの先輩と買いに行った服たちを比べてみる。スカートの方が喜んでくれるだろうかとか。思い切って可愛い系を選んでみるのもいいかなとか。


 喜佐美くんと休みの日におでかけをするのはこれで二度目だけど。今回は二人きり。ばっちりキメて可愛いとか思われたかったけれどやめた。


 八城のお墓参りに付き合ってもらうのだから。


「こんにちは久留巳さん。おお、そのコートカッコいいなあ」


「お待たせ。喜佐美くんもファーが暖かそうで、防寒対策はばっちりだね」


 上着によくついているもこもこはファーという名前があるらしい。たまに朝野先輩と買い物に行ってなかったら、そのもこもこ可愛いねと言っていただろう。たぶん、今の言葉の方が喜んでもらえたと思う。


「時間よりちょっと早めに集合しちゃったね。場所はここからどう行けばいいかな」


「歩いていける距離だけど。できるだけバスで近くまで行きたいな。この時間ならすぐに来るし、暖かいしね」


「そうしようか。時刻表確認しとくね」


 歩いて行ける距離でもバスを利用したり。顔以外は暖かそうな格好ですっぽり包んだり。喜佐美くんが積極的に動こうとするのは変わっていないけれど。自分の身体のことをもっと優しく扱うようになってくれたと思う。


 喜佐美くんといる私はできることや考えられることが増えたけれど。彼自身も、自分自身のことをまっすぐ考えられるようになったのかもしれない。


 八城が眠っているお墓は意外に近いところにあった。距離だけなら家から学校と同じくらいの近さの、とある街の片隅にある墓地でひっそりと佇んでいる。


「お花とかも買ってあげた方がいいのかな」


「掃除してくれる人の邪魔になっちゃうからよしておこうか。枯れたお花がずっとあるのも、桃華ちゃんいやそうだしね」


 お線香はバス停の近くにあったコンビニで買って、いよいよその時が来た。


「ごめんね桃華ちゃん。もっと来るべきだと思ってたし、その方が良かったこと。わかっているつもりだったけど。どうしても気が進まなくて」


 お線香に火を付けながら喜佐美くんはそう言っていた。


 八城のお墓は、他のより一回りくらい大きいのと年季を感じさせるくらいで、あとは普通のお墓だと思う。


 あの八城桃華さえも、死んでしまえば八城家之墓なんて普通の場所に収まってしまうのかとか。墓碑に書かれている名前が端の方は随分と古風だったり。享年が明治より前の聞いたこともないような年号だったり。人の死と歴史というものに初めて向き合った気がして。悲しいというよりは改まったような気持ちになってしまう。



「こんなに寒いのに待っててくれてありがとう。久留巳さんもゆっくり挨拶していって」


 自分の家族は知っている限り全員元気にやっていて、身近な人を亡くしてしまったのは八城が初めてだった。だからだろう。ポスター発表本番の時とか。教室で他愛のないことをしている時とか。何気ないタイミングで八城のことを思い出すときがある。


 薄情だと自分でも思うけれど、切り替えるきっかけが欲しかった。


 喜佐美くんを待たせているから。そんなに時間はかけないつもりだったけれど。跪けばお線香の香りが鼻まで届いて。目を瞑ればさっきまであった感慨深さが消えていく。


 ただただ悲しかった。


 お互いにノートを見せあったり。痛いところをつつきあったり。そういえば、八城が初めて放課後一緒に遊んだのも私だったっけ。


 なんだ。友だちじゃないか、私たち。


 そこに考えついてしまうと、自然と涙が流れてきて。気づけば声を漏らして泣いてしまっていた。


「辛いよね。僕も同じ気持ちだよ」


「でも。そんなに仲良くなかったのに。一緒にいて嫌な顔とか、いつも不機嫌そうだったし」


「桃華ちゃんはいつも怒ってくれてたから。認めた人にしか、本当のことを喋ってくれない子だったから。友だちになってくれて、ありがとう」

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