第42話 王女の決断

「フィーさん、お加減はいかがですか? エルウッドは貴女が倒れたと聞くと自ら医務室に運び、一晩中つきっきりでしたのよ」

「あ、は、はあ……大丈夫です、魔法が使えなくなった以外は」

「そうですか……」


 アイリスが少し顔を曇らせるが、すぐに微笑みを浮かべた。


「エルウッドは優勝者でありながら、わたくしとの婚約は結構だと辞退しましたの。大勢の国民の前で振られてしまいましたけど、仕方ないですよね。わたくしたち王族は、以前にとんでもない恥辱をエルウッドに与えてしまったのですから」


 優しく言うアイリスだが、国王と王妃は納得がいかないようで渋い顔をしている。


「エルウッド、貴公は優勝したのだぞ? なぜ結婚を辞退する必要がある? もう呪いは解けたのだろう」

「そうよ、せっかく優勝しながらどうして辞退なんてするの!?」

「それは……優勝賞品が目当てではありませんから」


 エルウッドは申し訳なさそうに、国王夫妻に頭を下げる。


「私の目的は、大会の賞品にするようなやり方で王女殿下の結婚相手を決めることに反対する為でした。それゆえ、優勝した暁には最初から辞退するつもりで臨んでいたのです」

「何を言うか! それでは貴公は最初から、今大会を失敗に終わらせるつもりで出場したというのか!!」

「まあ、なんてことを! この大会開催にどれほどの予算が注ぎ込まれたと思っているのです!?」

「その点につきましては大変申しわけありません。ですが、それでも己の行動が間違っているとは思いません」

「な、なんだと!? いけしゃあしゃあと……!」

「もし私が大会に出場しなければ、あのグレン・テニエルが王配になっていたかもしれません。上流階級を憎み、自分以外の平民を奴隷にしたいと考えるような男が」

「そ、それは……!」


 エルウッドは真っ直ぐに国王と王妃を見据える。


「このようなやり方は正しくありません。優勝者の特権として、アイリス王女を自由になさってくださることを望みます」

「この……たかが騎士団長の分際で、国王に意見するつもりか!」

「落ち着いて、あなた! エルウッド、考え直してちょうだい? あなたは大勢の前で狼藉者を倒し、国を救った英雄よ。もう誰もあなたを侮蔑する者はいないでしょう。そんなエルウッドを王配として迎え入れれば、王家の求心力はさらに高まるわ!」

「一度は一方的に切り捨てた人に対して、よくそんなことが言えますね」


 アイリスはきっぱりと言い放つ。

 そして両親に向かって、エルウッドとフィーに注ぐ優しい眼差しとは次元の違う冷たい視線を注いだ。


「わたくしも先程、フィーさんの容態を診た医師から話を窺いました。フィーさんは魔力回路を損傷して、魔法が使えなくなってしまったそうです。エルウッドが国を救った英雄だというのなら、フィーさんだって同じです。彼女が魔力枯渇を顧みず相殺魔法を発動してくれなければどうなっていたと思いますか? 自爆魔法が発動し、大勢の人命が失われて、責任は大会を開催した王家に向けられ批判を免れなかったことでしょう。その場にいたわたくしも被害を受けていたかもしれません」

「ぐっ……しかし……」


 国王夫妻は娘の追及に狼狽える。アイリス王女は追撃の手を緩めない。


「フィーさんは身を挺してわたくしを守ってくれました。命をかけて国の窮地を救ったのです。そしてエルウッドは、そんな彼女を愛していると言いました。今や国民の多くがエルウッドとフィーさんのお二人を称賛なさっています。それなのに二人の意に反して、エルウッドとわたくしを無理やり結婚させるなんていけませんわ。真実を知った国民は怒り狂い、王家は求心力を失うでしょう」

「う……ぬぅ……」

「大体、今回の大会だってわたくしは反対しましたのに、ちっとも聞いてくださらなかったですよね? 国費でわたくしの婿を決める武術大会を開催するなんて。お父様たちがどのように考えていたかは知りませんが、国民の大半はわたくしを大会の景品、トロフィーと見做していたようですわ。大勢の前で振られるよりも、そちらの方がよほど屈辱的でしたわ!!」

「うぐぅぅぅ……っ!!」


 国王夫妻は反論できずに押し黙った。普段は大人しい娘の迫力に、二人は何も言えないようだ。


「まったく、本当に困った人たちですわ。今までは黙って耐えていましたけど、今回はさすがに見過ごせません! お父様には退位していただき、わたくしが女王として即位する準備に入らせていただきます!」

「そっ、それはさすがに……!」

「言っておきますけどこれは宮廷貴族や政治家たちも賛同済みですから、反論は認めません!」

「なっ、なんだって!?」


 アイリスの言葉を裏付けるように、控えていた近衛兵士たちがアイリスの背後に移動すると、国王夫妻と対峙する。

 近衛兵士は良家や名家の人間が多い。その近衛たちがアイリスの側についたということは、宮廷の有力者の支持が国王夫妻からアイリスに移ったという意味でもある。


「ここ最近のお父様の失政には貴族や政治家、官僚の皆様も頭を痛めていましたもの。今回は一歩間違えば大惨事になるところだったと誰もが認めています! その惨事を防いでくれたエルウッドとフィーさんに国民の支持が集まっています。いくら王族や貴族であろうと、大多数の国民を敵に回せば滅びるだけ。王家の存続が大事だとおっしゃるのであれば、潔く引退なさってください!!」

「……ううむ……」

「お返事は!? はいかイエスかでお答えなさいなッ!!」

「は、はいいいぃぃッ!」

「ごめんなさい、ごめんなさいっ!!」


 二人の返事を聞くと、アイリスはふう、と息をついた。

 国王夫妻はもはや涙目である。アイリスの言うことは正しかった。何から何まで正論である。


「あなたたち、下がりなさい」

「「「はっ」」」


 アイリスの指示で近衛兵士が下がる。近衛兵士たちに命令して、国王夫妻も一緒に退出させていた。

 室内に三人だけになると、ふうっと息を吐いて落ち着きを取り戻す。そして王女はエルウッドとフィーの方に向き直り、にっこり微笑んだ。

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