第7話

 茜の病院に見舞いに行った次の日。正の叫び声が聞こえたあとからというもの、中島はずっと顔色が悪く、先にタクシーで帰ってしまった。

 それが気になっていた私は早朝から中島の様子を見に中島の家を訪ねた。

 この時間だとまだ寝ているかもと思って戸をノックしたが、なんと中島は起きていたようだ。


「どうせ僕は化け物なんだ。放っておいてよ」


 家に上がり、何度か中島に声をかけるが帰ってくる台詞はこればかり。

 中島は布団に潜り込んで顔を出す気配すらなかった。


「なにがあったか知りませんが、正くんもパニックになったとか、そういうのじゃないですか?」


 いつものように無理矢理布団を引っぺがそうとするが、中島は布団をなかなか手放さない。


「いや、あの子の言う通りだ。僕は化け物なんだよ。化け物に、されてしまったんだ」


 なにをふざけたことを言っているのだろうかと思うが、中島が嘘をついている様子はない。

 真剣で、どこか悲しそうな声色。


「私にも教えてくださいよ。正くんは中島さんの目が恐ろしかったって言ってました。どうしていつも、右目を隠しているんですか? 霊が見えるのと関係があるんですか?」


 中島が帰宅したあと、なにがあったのかと正に尋ねて返ってきた言葉は中島の目が怖い、だった。

 正直その話を聞いただけではあのとき、二人の間でなにがあったかわからなかったが、正はそれ以上の言葉は発さず、中島もなにも話すつもりはないらしい。

 今までは聞くに聞けなかったことを勇気を出して聞いてみる。


「地獄に堕ちるのは僕だけでいいんだよ、みーちゃん」


 しかし、やはり中島はなにも教えてくれなかった。

 次の日も、またその次の日も中島の家に話しかけに行く。一日でも行かない日があると、急にふらっと中島が消えてしまう気がして恐ろしかった。

 いつものように中島の家にくると、玄関でトヨが立っていた。


「マシロちゃん、大丈夫かね」


 聞けばトヨも中島と話をろくにできていないらしく、とても心配しているようだった。

 トヨから野菜を受け取り、中島の寝室に向かうまえに野菜を冷蔵庫に詰める。

 ここ数日まともに食べていないであろう中島の冷蔵庫には、たくさんの食べ物が入っていた。トヨや高橋、他にも中島を気にかけて心配しているみんなが置いていったものだろう。食欲がないときでも食べやすいゼリーや中島の好物のケーキまで置かれている。

 寝室に向かい、いつものように中島に声をかける。


「中島さん、トヨさんがきてましたよ。心配してました」


 あの日以降、中島は返事すらしてくれなくなってしまった。それでも毎日根気よく声をかけ続けていが、あいも変わらず返事はなく正直次第にイライラが募ってきている。

 いつまで引きこもっているつもりだろうか。トヨや周りの人間がこんなにも心配しているというのに、どうして声すら聞かせてくれないのか。


「ああ、もう、いい加減にしろ! 早く出てこいバカ!」


 怒鳴り声をあげて思いっきり布団を引っ張った。最近布団を引っ張られずにいたので油断していたのか、布団と中島を簡単に引き剥がせた。


「あっ」


 小さな悲鳴が聞こえ、中島が姿を表す。


「酷いじゃないか、みーちゃん」


 そう言った中島は俯いてこちらを見ようとしない。


「布団、返してくれる?」


 久しぶりに聞いた中島の声は驚くほど淡々としていた。楽しそうではないが、悲しそうでもなく、感情が抜け落ちたかのようだ。


「いやですよ。そろそろ部屋から出てきてくださいよ。寂しいじゃないですか」


 そんな中島の様子を見て、ふと、本音が口から滑り落ちる。


「私、大学で友達とか、あんまりできなくて。中島さんと人助けをしているとき、結構楽しいなって思ってたんですよ」


 なにを恥ずかしいことを言っているんだ。そう思うのに一度開いた口は動きを止めない。


「みーちゃん」


 中島は静かに私の言葉に耳を傾けていた。

 いつもそうだった。なにも聞いていないようにみえて、ちゃんと全部聞いてくれている。ふざけているように見えて、真剣に寄り添ってくれる。


「中島さんが悲しそうな顔をしたとき、私にはなにもできなかった」


 中島が霊を祓うときはいつも悲しそうな顔をする。どうしてかわからなかったが、あの顔を見るのが私はすごくいやだった。


「霊を祓うのがいやならそれでいいです。でも顔を、声を聞かせてくれてもいいじゃないですか」


 中島が消えてしまうのが怖かった。楽しかった日々が、まるで最初からなかったかのように突然に終わってしまうのが怖かった。

 話を続けるうちに、いつの間にか目頭が熱くなる。視界がどんどんぼやけて目の前にいる中島の輪郭がゆっくり溶け出した。


「……そっか。ごめんね、みーちゃん」


 やっと、中島がこちらを見た。私は涙を拭う。今度こそはっきり見えた中島の顔色はあまり良く無かった。


「実緒ちゃんには話すよ、僕のこと」


 そうして中島は初めて自身の話をしてくれた。

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