第3話

「いつもはジュースだけど、今日はお茶がいいね」

「そうですね」


 饅頭にはお茶。中島の言葉に賛同し、冷蔵庫からお茶を持ってきてコップに注ぐ。

 座布団の上に腰を下ろすと饅頭に手を伸ばした。


「うん、おいしい!」

「自分たちで作ったからですかね、買ったものよりもおいしく感じます」


 饅頭の皮がもちりとしていて、中のあんこも甘くておいしい。

 私も中島もあまりのおいしさに次へ次へと饅頭に手を伸ばした。

 上用饅頭は一つ一つの大きさは小さめなのでついたくさん食べたくなってしまう。


「中島さん、いるかしら?」


 最初はおいしい、おいしいと感想を述べていたが、しばらくするとお互い無言で食べ進める。そのとき、静かになった居間に玄関から高橋の声が届いた。


「んぐ、はーい、いますよー。高橋さんもこっちにきて一緒にお饅頭食べませんか?」


 中島が食べる手を止めて部屋から身を出して玄関にいる高橋に声をかけた。

 その言葉を聞いて高橋は家に上がってきたようだ。足音が近づいてくる。


「うふふ、おいしそうなお饅頭ね。でも今はこっちの話が先かしら。実は中島さんにお客様を連れてきたのよ」

「お客様?」


 口の中の饅頭を飲み込み、襖の方に顔を向けると、高橋とその後ろに見慣れないヨーロッパ系の顔立ちをした男性が立っていた。


「こ、こんにちは」


 私と中島に視線を向けられて男性はそう言って、軽くお辞儀をする。

 男性はガタイの良い体をしており、背中には大きめのリュックサックを背負っていた。


「わたし、トーマスと言います。日本語は、少し喋れる」


 トーマスは少し片言ながらも自身の名を名乗って、物珍しいのか居間の中をキョロキョロと見渡している。


「えっと、高橋さん? なぜこの方を僕のところに連れてきたんですか?」


 饅頭から手を離し、体をトーマスの方に向けた中島は困惑した表情で高橋に問いかける。


「道に迷ってたみたいで。だから中島さんに道案内をしてもらおうと思ったのよ」

「なっ、僕だって暇じゃないんですよ!」

「いや、暇じゃないですか。今日だって饅頭を作っただけで、とくに用事はないでしょう」

「たしかにないね!」

「ふふ」


 私と中島のやりとりに高橋が笑みをこぼす。しかしトーマスは騒がしいのは苦手なのか、表情を曇らせた。


「帰りたい……」

「あっ、すみません。うるさかったですよね」


 しまった、と思いトーマスに謝罪の言葉を述べる。中島もハッとした顔をして口を開く。


「すみませんね。えっと、駅まで送ればいいんですか?」

「駅、行けない。ずっとここ。同じ。ずっと、ずっと」

「え?」


 中島の問いにそう答えたトーマスは今にも泣きそうだ。必死でなにかを伝えようとしているようだが、混乱しているのか日本語が得意ではないからなのか、うまく意味が伝わってこない。


「どういうことでしょう?」

「残念ながら私にも彼が言っている意味がわからなくて。頼りになる中島さんにおまかせしようと思ったの。私はこれから買い物に行かなきゃならないから」


 そう言って高橋は鞄とマイバックを見せた。


「はぁ、わかりました。とにかくトーマスさんの話を聞いてみるしかなさそうですね。あっ、そうだ高橋さん。台所に高橋さんの分の上用饅頭があるので持ってきますね」

「あら、上用饅頭ってことは、もしかしてこのまえあげたつくね芋を使ってくれたの? 嬉しいわ。ありがたく頂戴するわね」


 高橋が帰るにあたって饅頭を取りに行こうと中島が腰を上げようとしたので、それを制して立ち上がる。


「あっ、だったら私が取りに行ってきます。トーマスさんの分のお茶……コーヒー? の方がいいですかね」


 話を聞くのであれば飲み物も必要だろう。そう思い台所に向かおうとしたところで外国の方にはコーヒーや紅茶の方がいいだろうかと引っかかって足を止める。


「お茶、好きです」

「ではお茶にします」


 中島に座るように促されて座布団に腰を下ろしたトーマスがお茶を好きだと言ったので、やはりお茶にした。

 急いで台所まで行って、お茶と高橋の分の上用饅頭を用意して居間に戻る。


「ありがとう、あとでおいしくいただくわね」


 上用饅頭を渡すと、高橋はそう言い残して買い物に向かった。


「どうぞ」


 残された三人で机を囲み、トーマスの前にお茶を置いた。


「よかったらこれもどうぞ。さっきできたばかりなんですよ」

「ありがとう、ございます」


 トーマスは礼を言って饅頭に手を伸ばした。


「おいしいですね。わたし、お饅頭好きです」


 トーマスは落ち着いてきたのか笑顔を見せたが、表情は暗いままだ。

 先程のトーマスの話を聞いていた限りではただの迷子というわけではなさそうだが、もっと詳しく話を聞かなくてはいけなさそうだ。


「えっと、まずは自己紹介ですね。僕は中島麻白。こっちの女の子は緑坂実緒ちゃんです」


 中島の紹介に合わせて軽く会釈する。トーマスは私と中島の顔を見て頷いた。


「マシロとミオ、覚えた。わたし、帰りたいけど、帰れる?」

「そうですね、まずは詳しいお話を聞きたいです。先程トーマスさんのおっしゃったずっと同じ、とはどういうことなんでしょうか?」


 中島はトーマスと目線を合わせて優しく問いかける。


「それは……ずっと、同じです。ずっと同じ道。駅、行きたいのに同じ道ばっかり」


 トーマスは片言ながらも必死に自身の状況を伝えてくれた。

 なんでもトーマスはスウェーデンから一人で日本に旅行にきたそうだ。

 日本には数週間滞在し、各地を観光したのちに今日の帰りの便に乗る予定だったがこの付近の湖を見にきたところ、どれだけ歩いてもこの町から出られなくなってしまったと言う。


「いくら迷子だとしても、ずっとここにいるっていうのはおかしいですよね。もしかして……」


 意味ありげに中島に視線を向けると、中島は頷いた。


「うん。なにか霊的な影響を受けている可能性が高い」


 中島はトーマスを見て可能性が高いとは言ったが断言しないところをみるに、トーマス自身が霊に取り憑かれているというわけではなさそうだ。

 ある程度の話は聞けたので、中島の提案で実際に外を出歩くことになった。このまま駅まで案内できればそれでいいし、案内できなかったとしてもトーマスが言っていたことが体感的にわかるようになるはずだ。

 饅頭とはお別れして、中島の家を出た。

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