第六章 古びた祠

第1話

「今日は上用饅頭を作ります!」


 いつものように中島の家に遊びにくると、中島は台所でエプロンを着用して料理をしようとしているところだった。

 机の上を片付けていた中島は私の存在に気付くと、にこにこしながら私にエプロンを渡す。


「なにか、料理番組でもみたんですか?」

「見ました!」


 笑ってそう返事をした中島はなかなかにテンションが高かった。

 中島が甘いものが好きなのは知っていたが、作るのも好きだったのかと思いながらエプロンに袖を通す。


「最初に手を洗おうか」


 中島に促されて手を洗う。

 石鹸でしっかりと爪の隙間、手首まで洗い、綺麗なタオルで手の水分を拭う。


「まずは小豆を用意します」

「えっ、あんこ作りからやるんですか⁉︎ それって大変なんじゃ」

「大丈夫、トヨさんにあんこをもらったので、これを使います」

「ああ、よかった……あんこ作りって難しそうなイメージがあったので」


 中島の言葉に思わず聞き返してしまった。

 昔トヨがあんこを作るときは鍋底に焦げ付かないように気を使わないといけないし、水分が減ったあんこを混ぜるのは結構力もいると言っていたのを覚えていたので、もしあんこから作ると言われたら逃げ出していたかもしれない。


「トヨさんが昨日おはぎを作ったらいんだけど、あんこがたくさん余ったらしくてお裾分けでもらったんだ。たまたま材料が揃っていたから作るのであって、わざわざ作るのだと僕も遠慮しておくかな。昔あんこを作ったことはあるけどうまくできなかったし」


 そう言って中島は苦笑いを浮かべる。やはりあんこ作りはそう簡単ではないようだ。

 台所のテーブルの上に今回使う材料をまとめて並べていると、トヨにもらったあんこの隣に見慣れない芋のようなものが置かれていることに気がついた。


「これはなんですか?」


 芋を指さし、首を傾げる。

 ゴツゴツとしたじゃがいものようにも見えるが、それにしても大きい。


「ああ、これはつくね芋って言うんだ。このまえ、高橋さんからもらってね」


 中島は私の問いにすらすらと答えていく。

 つくね芋は粘り気があり、上用饅頭を作るときに使う芋らしい。なんでもつくね芋ではなく大和芋という芋を使って作る場合もあるそうだ。

 ちなみに今回作る上用饅頭は昔は薯蕷饅頭と言い、位の高い身分の人しか食べることはできない高級品だったそうだ。


「上用饅頭を作るにあたって、セイロとかの必要な道具一式はトヨさんに借りました。できあがりを楽しみにしてるってさ」


 説明を終えた中島は材料の隣にすり鉢や饅頭を蒸すときに使うセイロを置いた。

 その作業を隣で見ているとセイロが目に止まった。セイロは普段私の家では見ない物なので、中華料理屋で小籠包が入っている入れ物だなと思いながらジロジロと観察する。


「トヨさんっていろんな物を持ってるんですね」

「そうだね。料理に必要なものは大体トヨさんが持ってるんじゃないかな」


 中島の言葉にたしかにそんな気がする、と頷く。

 上用饅頭作りに必要なものをあらかた用意し終わった中島はあんこの隣にトレーを置いて、


「まずはあんこを丸めようか」


 と言った。

 まずは見本として中島が先に何個かあん玉を作る。私もその見本を見ながらできるだけ同じサイズのあん玉を作っていく。


「こうしてピラミットみたいに積んでいくと形も崩れないからいいよ」

「物知りですね」


 中島の豆知識に感心しながら、アドバイス通りに作ったあん玉を積み重ねていく。

 つまみ食いしたくなる衝動と闘いながら、すべてのあんこをあん玉に変えた。


「よし、次は生地作りだ。これはちょっと大変だよ」

「えぇ、私は初心者なので難しいこととかできませんよ」

「大丈夫、大丈夫。難しくはないからね。まずは芋の皮剥きからだ! 実緒ちゃん、やってみる?」


 中島の問いに頷いて、手についたあんこを洗い落とし、包丁を手に取る。

 利き手でしっかりと包丁を握ったら、もう片方の手でつくね芋を持って皮を剥いていく。


「これ、芋がゴツゴツしててやりづらいですね」


 私は普段から料理をしないし、したとしても野菜の皮むきはピーラーでしかしてこなかったので、包丁で皮を剥くということに慣れていない。加えてつくね芋が歪な形をしているので皮を剥くのが難しい。


「頑張って、実緒ちゃん!」


 中島から声援を受けながら、なんとか皮剥きを終える。ずいぶんと時間がかかったうえに歪な形になってしまったが、そこはどうか目を瞑ってほしい。

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