第4話

「由依、きらきらしてるからビー玉好き!」


 中島に手渡されたラムネを、由依は大切そうに両手で持って口をつけた。


「おいしー!」


 由依は満足そうだ。由依の意識がラムネに向いているうちに中島に小声で話しかける。


「一応聞きますけど、由依ちゃんは幽霊ではないですよね?」

「うん、普通の女の子だよ。あ、いや。いじめにあっているのなら普通とは少し違うかもしれないけど」


 中島は一度肯定してから首を横に振った。


「由依ちゃん、いじめられてるって認めたくないみたいですね」

「一度認めたら、いじめられているという現実から目を逸らせなくなるからね。いじめを認めないことで現実逃避をしているんだと思うよ」


 いじめの定義は難しいものだ。加害者はからかっただけだと言っても、被害者がいじめだと感じればそれはれっきとしたいじめだ。

 由依の状況ははたから見ていじめだと思うが、由依はそれをいじめだと認めないことで自分はいじめられていないと思い込みたいのだろう。


「由依ちゃん、その話をお母さんにしたことはあるのかな?」


 いくら知らない子だとはいえ、いじめられている少女を放っておくことはできない。余計なお節介だと、いやがられたとしても。


「ううん」

「実緒ちゃんは、だれか信用できる人にお話した方がいいと思うな」

「麻白くんもそう思う。放っておいてもつらくなっちゃうだけだから。だれか由依ちゃんにとって頼れる人はいるかな?」


 私の中島も由依に目線を合わせて、できるだけ由依が安心できるよう優しく声をかける。


「……お兄ちゃん」


 中島の問いに対する答えは少し予想外だった。てっきり、母親か父親だと思っていたからだ。


「由依ちゃんはお兄ちゃんがいるんだね」

「うん、お兄ちゃんは優しいんだよ。いつも由依と遊んでくれるの。ママとパパはお仕事で帰ってくるの遅いから」

「お母さんとはお話しないの?」

「ううん、するよ! 帰ってくるのは遅いけど、お風呂入ってるときとかご飯食べてるときとか、由依とおしゃべりしてくれるの。でもすぐに泣いちゃうんだよ。このまえはテレビでドラマを観て泣いてたの」

「ああ、なるほどね」


 由依の答えに中島は納得している様子だ。


「由依ちゃんは優しいんだね。学校の話をしたらお母さんを心配させちゃうって思ったんだ」

「……うん」


 由依は小さく頷く。

 なるほど、由依はいじめの話をすると母親が心配して泣いてしまう、そう思って助けを求められずにいたのか。

 私と会ったときはわがままを言って困らせられたが、本来の由依は周りに気を使い過ぎてしまう子なのだろうと思う。


「由依ちゃんのお兄ちゃんはいくつかな?」

「えっと、ええっとねぇ……三年生だよ! 同じ学校だから毎朝一緒に登校してるの!」


 同じ学校ということは由依の兄も小学生ということだ。

 高校生くらいなら話を理解してもらいやすいと思ったが、兄も小学生なら難しいだろうか。


「お兄ちゃんはね、春人はるとっていうの!」

「えっ」

「それって、隆史くんの友達の……」


 由依が言った名前には覚えがあった。

 私も中島も春人には会ったことがある。隆史の友人の一人でクラスは違うものの、一緒にサッカーをする仲だ。


「世界って小さい……いや、地元の夏祭りなんだから遊びにくるのが地元の人っていうのは、なにもおかしくないか」

「実緒ちゃんたち、お兄ちゃんのこと知ってるの?」


 由依の問いに頷く。


「うん、隆史くんのお友達だよね」

「そうだよ! 隆史くんはこのまえ由依のお家に遊びにきたの!」

「そっか。隆史くん、お友達と仲良くできてるんだね。よかった」


 中島が安心した、と声を出す。


「春人くんならしっかりしてそうですし、由依ちゃんの話を聞いてくれそうですね」

「由依の話?」


 私の言葉に由依は首を傾げた。


「由依ちゃんの学校の話をお兄ちゃんに言えるかな?」

「えっ」


 由依が固まる。だれかにいじめの話をするのはいやなようだ。


「由依ちゃんが黙っていても、由依ちゃんは傷ついていっちゃうよ。そうしたら春人くんもお母さんも心配しちゃうと思うな」

「……わ、かった」


 中島の言葉に由依は少し考えたあと、頷いた。


「由依、一人はやだよ。実緒ちゃんも一緒にきて」

「いいよ。元から由依ちゃんを送って行くつもりだったし」


 頷いて、私の手を握った由依の小さな手を握り返す。


「中島さんは」

「ごめん、僕はついていけない」


 中島に視線を向けると、中島は苦しそうに表情を歪めていた。拳を握りしめて、微かに震えているようにも見える。


「わかりました。花火が打ち上がるまえに……はちょっと無理そうですけど、しっかり責任持って由依ちゃんを送り届けてきます!」

「うん、ありがと」


 純粋に体調を崩したのか、それとも気分を悪くするほど祭りが苦手なのかはわからないが中島が動けない分、私がしっかりと由依を友人の元に送り届けよう。


「由依ちゃん、頑張ってね」


 中島が由依に声をかけると由依はしっかりと頷いた。


「ラムネ、ありがとう!」


 由依は中島に笑顔で手を振った。中島も玄関から手を振りかえしている。


「由依ちゃんはお友達ときてるって言ってたけど、子供だけできたのかな?」

「ううん、はなちゃんのママも一緒だよ。由依と華ちゃんと、華ちゃんのママと……五人できたの」


 学校で一人ぼっちと言っていたことから、由依が今日一緒に祭りにきたという華を含めた友人は由依をいじめている可能性が高い。

 そのいじめの加害者の母親がいるのならどんな人か様子を見て、私が直接話した方がいいのかもしれない。


「みんな向こうに行ってるね」


 由依が指さす。人がぞろぞろと歩いている。あっちには花火会場があるので、みんな花火を見に行く人たちだとわかる。


「由依ちゃんの友達が花火の会場に行ってたら困るなぁ」


 一応由依を本部に連れて行くつもりだが、花火会場に由依の友人たちが移動していたらせっかくアナウンスをしてもらっても誰も気づかない可能性がある。

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