第四章 女優とモデル

第1話

 目的地の赤い橋の近くにはたくさんの人が集まっており、駅から徒歩で移動している私と中島はそこに向かって歩く。

 車道と歩道の間に植えられた街路樹が眩しい日差しを遮ってくれていた。


「こっちです、こっちこっち!」


 人集りとは別の方向、左手の建物の方から声が聞こえた。

 声のした方に視線を向けると浅川あさかわ広美ひろみが手を小招きしていた。


「すごい人ですね」

「ええ、撮影の様子を見にきた方です。今は休憩を挟んでいて、私はちょっとここの建物にお手洗いを借りにきてたんです」


 今、私たちは京都に来ていた。浅川に呪われた友人を助けて欲しいと依頼を受けたからだ。


「こちらの都合でここまで来ていただいてすみません」


 浅川はぺこりと頭を下げた。


「大丈夫ですよ。こういうきっかけでもないと僕はあまり遠出はしませんから、楽しいです」

「私も一人では京都まで来ませんから。ちょっと楽しみにしてましたのでお気になさらず」

「ふふ、ありがとうございます。あと一時間ほどで今日の撮影は終わる予定なんです。もう少し待っていてもらえますか?」

「わかりました」

「残りの撮影も頑張ってください」

「ええ!」


 浅川は手を振って人混みの中に入っていった。早めに家を出たが、私たちが到着するのが少しばかり早かったようだ。


「まあ、遅れるよりかはいいよね」

「そうですね」


 普段は昼まで寝ていることも少なくない中島だが、こういう予定がある日は私が起こしに行くまでもなく起きていることが多い。

 目覚まし係の私としては常にちゃんと起きる習慣をつけて身につけて欲しいところだ。


「じゃあ、浅川さんの撮影が終わるまでなにか食べちゃう?」


 現在の時間は午後二時だ。家で昼ごはんを食べてきてはいるが、少し早めのおやつの時間を過ごすのも悪くないかもしれない。どうせ一時間は待ち時間はあるのだ。


「抹茶パフェとか食べてみたいなぁ。京都で抹茶ってちょっと定番過ぎるかな?」

「いいんじゃないですか? 私はあんみつがいいです。黒蜜をどばーっとかけて食べたい」


 撮影現場を離れて近くにある甘味処に入る。

 駆け寄ってきた店員に案内され窓際の二人用の席に腰を下ろした。おやつの時間が近いということもあり、店内は賑わっていた。

 テーブルに置かれたメニュー表を手に取り中を見る。

 あんみつを食べると決めていたのにメニューを見ていると他のものも食べたくなってくるから困りものだ。


「みたらし団子……んー、迷うなぁ」


 中島も同じ状態になっているらしくメニュー表を見て悩ましげな声を漏らした。


「実緒ちゃんはなににするか決まった?」

「私は……迷うけど、やっぱりあんみつにします」


 中島の問いにそう答えると、迷いを断ち切るようにメニュー表を閉じた。


「そっか。あ、そうだ。僕、抹茶パフェにしようと思うんだけど、みたらし団子も食べたいから一緒に食べない? もちろん団子代は僕が奢るからさ」

「いいんですか? 一人で全部食べてもいいんですよ?」

「でも分けて食べるとなんかいい思い出になりそうじゃない?」

「まぁ、中島さんがそれでいいならいいんですけど」


 いい思い出になるかはわからないが、奢ってくれると言うのならありがたく頂戴しよう。

 私が頷くと中島は店員を呼んだ。各自注文を済ませる。


「いやー、それにしても和って感じがして素敵なお店だね」

「そうですね。なんだか落ち着きます」


 店内を眺める。

 木造建の建物で温かみを感じて居心地がいい。店の中に漂うお菓子の甘い匂いも優しく感じる。

 店内にいる客は地元の人以外にも、私や中島のような観光客も多いようだ。外国の方や着物を着ている人も多かった。


「ん? 実緒ちゃんも着物を着てみたいの?」


 観光の思い出作りで着ているのか、それとも普段から着ているのかと考えながら着物姿の女性二人組に視線を向けていると中島に声をかけられた。


「いえ、そういうわけではないんですけど」

「あ、そっか。毎年夏祭りで浴衣着てるんだっけ」

「なんでそんなこと知ってるんですか⁉︎」


 中島の言葉に大声をあげてしまう。

 店員や他の客が私に注目しているのに気がついて羞恥心に襲われながらなんでもないです、すみませんと頭を下げる。


 たしかに私は毎年地元の夏祭りで浴衣を着ている。私が今年はいいと断っても、トヨが着付けが得意だからと母が無理矢理にでも着せようとするからだ。

 だがこの話を中島にした覚えはない。どうして知っているのだろうか。そう疑問に思い中島に尋ねた。


「トヨさんが言ってたよ」


 毎年着付けを手伝ってくれているトヨから情報が流れていたようだ。


「今年も夏祭りで浴衣着るの?」

「まぁ、たぶん着ますね。母が私に着せたがる人なので」

「そっかぁ」


 私の住む地域では夏祭りは八月の下旬に行われる。市民会館とその付近にある駐車場が会場となり、夕方からは花火も打ち上がる。


「楽しんでおいで」


 あれ、中島さんは行かないんですかと言おうとして口籠る。中島がなんだか悲しそうな顔をしていたからだ。


「……あの、もしよかったら屋台でなにか買って持っていきましょうか?」

「え、いいの? やったー、ありがとう」


 そいうえば中島は夏祭りに参加しない、とトヨから聞いたことがあった気がする。毎年トヨが中島を祭りに誘うが人が多いからと断られると言っていた。


「私、中島さん家の二階から花火を見たいんですが、いいですか?」

「えっ、それはいいけど……なんで?」


 私の言葉に中島は驚いていた。どうして、と首を傾げる。


「トヨさんが中島さん家から見る花火は綺麗だって言ってたなって思い出して」

「そっか。たしかにトヨさんは僕の家で見る花火を気に入ってたみたいだったからね。たぶん、祭りなのに一人きりの僕を気遣って一緒にいてくれたんだろうけど。今年は隆史くんたちと祭りに行くって言ってたからまた一人だーって思ってたんだ」


 中島の表情が明るくなったのを見て尋ねる。


「祭りに行かない理由って聞いてもいいですか?」

「え、理由って別に……その、祭りにはいろんな人がいるからね」


 中島はどこか含みのある言い方をした。気まずそうに目線を下に向けている。


「そういえば盆踊りって亡くなった方の供養する行事でしたね。もしかして祭りにも迷い込んできたりして、霊が多くて苦手とか?」

「え、ああ、うん。それもあるね。人も多いし霊も多いしちょっと酔っちゃうんだ」


 中島は頷いた。

 それにしても、霊が多いと酔うものなのかと疑問に思った。だが人が多い場所で気分を悪くする人もいるのだから、実体がないとはいえ酔うものなのかもしれない。

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