第三章 カメラマンの苦難

第1話

 今日はなんとトヨの家にテレビ局の人が来ていた。なんでもドラマの撮影にトヨの家、もといおもむきあるトヨの駄菓子屋が選ばれたらしい。

 今回の撮影のためにとうに昔に店仕舞いしていた店先を綺麗に掃除して駄菓子を並べており、昔の駄菓子屋が蘇ったようでなんとも懐かしい気分だ。


 撮影内容は漫画を原作としたドラマで、出演者は今を輝く男性アイドルと話題の女優が主演を務める恋愛ものドラマだ。

 私は普段ドラマは見ないタイプの人間だが、今回のドラマはぜひ観たいと思っている。放送されたらちゃんとレコーダーで予約しておこうと心に決めた。


「すごい、人がたくさんだね」

「そうですね。ドラマってこんなにたくさんの人が協力して作っているんですねぇ」


 隣に並ぶ中島が感心した声を漏らす。

 私と中島はトヨと一緒に撮影現場の隣の家、つまり中島の家から撮影の様子を覗いていた。もちろん許可は取ってある。


「おいおい、困ったな」

「またですか? カメラの故障ですかね」

「いや、これは故障じゃないだろ。絶対幽霊だって、幽霊!」


 出演者は奥でメイクをしているため、今現場にいるのは数人のスタッフだけだ。そのスタッフたちがなにかの映像を見ながら話し合いをしているのが中島家の二階まで聞こえてきた。


「今、幽霊って言いましたね」

「そうだね。なにかあったのかも」

「そこの人ら、幽霊事ならマシロちゃんに任せな!」


 先程聞こえてきた幽霊という単語に反応して中島と話をしているとトヨが二階の窓から身を乗り出して撮影スタッフたちに声をかけた。


「ちょ、ちょっとトヨさん! 危ないですよ!」

「そんなに身を乗り出したら落ちますって!」


 それを見て私と中島は慌ててトヨを止めた。危なっかしくてヒヤヒヤしてしまった。


「なに? 任せなって、除霊でもできるの?」


 こちらに顔を向けたスタッフの中の、体格が良い男性が尋ねる

 トヨがもちろんと答えると男性は手招きした。降りてこいとのことらしい。

 今から昼寝の時間だと言うトヨを置いて、私と中島は撮影現場に入った。手招きした男性の元に駆け寄る。


「えっと、どっちがましろちゃんさん?」

「あ、僕です」


 男性の問いに中島が手を上げる。


「そうか。俺は本田ほんだ。このドラマの監督を担当しているんだ。よろしくね」

「中島麻白です。トヨさんの隣の家に住んでます」

「緑坂実緒です」


 男性は監督で、名刺を貰った。名刺を貰う経験はそうそうないので緊張しながら受け取り、自身も名乗った。


「で、これが問題の映像なんだけど」


 自己紹介も終わり、本田は本題に入る。

 見せられたのはトヨの駄菓子屋と、その中に佇む場違いで真っ赤なワンピースを着た女性だった。

 女性は店の端でただ佇むだけで動く様子はない。それが数分ほど続いていた。


「これは……」


 中島が映像を見て眉を顰める。


「これはカメラがちゃんと回るか軽くチェックするために撮ったやつなんだが、こんな女、出演者にもスタッフにもいないんだよ」


 本田は困ったとため息をついた。


「こんなにはっきり写るなんて相当恨みが強そうですね」

「は、おいおい。本当の心霊映像だって言うのかよ。困ったな」


 中島の言葉に本田は頭を抱えた。

 私は霊かどうかを見分ける力はないのでなにも言えない。だがカメラに写った女性は、この世の者ではないと言われても納得できる不気味さを放っている。


「この映像を撮ったカメラマンさんはどの方ですか?」

「あ、ああ。おい、寺井てらい


 本田が呼ぶと、撮影スタッフの休憩場所として使用されている居間から華奢な男性が出てきた。


「はい、なんでしょう?」

「んー、これは……」


 寺井と呼ばれた男性を見た中島が顔を顰める。彼に先程の女性が取り憑いているのが見えるのだろうか。


「います?」

「うん。あの女の人が憑いてるね」


 本田と軽く言葉を交わしている寺井を横目に中島にそう問いかけた。やはり寺井は取り憑かれているらしい。


「あの、すみません。寺井さんはあの女性になにか心当たりは」

「ないって言ってるだろ!」

「わっ」


 話を終えたであろう寺井に声をかけると、寺井は怒鳴り声を上げた。そして寺井は放っておいてくれと言ってこの場を足早に立ち去ってしまった。


「ごめんね、今あいつピリピリしてんのよ。緑坂さんと同じことをみんなに聞かれてるから」

「す、すみません」


 本田の言葉に謝る。初対面の人に少し配慮が足りない態度を取ってしまった。


「まぁ、あんなの撮れたら普通気になっちゃうからね。あれが撮れるの寺井だけだし」

「あれ、これが初めてではないんですか?」

「そうらしいな。このドラマ撮影では初めてだが、他の現場では何度かあの女が写り込んでしまったらしくてな」


 カメラマンとして写したいわけではない人物が写り込むのは死活問題だろう。心なしか先程のやりとり中も周りのスタッフたちは寺井のことを恐れているように見えた。


「でも、あいつも可哀想だよなぁ。唯一の肉親の父親が死んじまって、変な女が写り込むようになっちまったんだからな」


 本田が言うには寺井は父を数ヶ月前に病気で亡くしたそうだ。それからというもの、カメラを向けるとあの女性が写り込むようになってしまったらしい。


「なるほど……もしかしたら移ったのかもしれないな」

「うつった?」

「ああ、いや。なんでもないよ。まだ憶測だからね」


 寺井が去った方を見つめながら考え込んで、ぼそりと呟いた中島の言葉を復唱するが話をはぐらかされてしまった。

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