第7話

 翌日、私たちは隆史の通う学校のグラウンドに来ていた。


「隆史くん」

「お、みーちゃんだ!」


 クラブ終わりにタオルで汗を拭いていた隆史に声をかけると、隆史はぱっと顔を上げた。嬉しそうに笑いながらこちらに駆け寄ってくる。


「おや、今日のお迎えはおばあさんではないんですね」


 こちらに気づいたサッカークラブのコーチがそう言った。


「トヨさんは畑を見に行っているんです。なので今日は僕たちが迎えにきました。あ、これトヨさんが渡してくれって」


 中島はトヨから預かっていた袋をコーチに手渡した。中にはピーマンや茄子、トマトなどが入っている。


「わぁ、ありがとうございます! 隆史くんのおばあさんはいつも野菜をお裾分けしてくださって、すごく嬉しいです。私の妻も喜んでいて。隆史くん、僕がありがとうって言ってたっておばあさんに伝えてくれる?」

「おう、まかせとけ!」


 野菜を受け取ったコーチは中島に礼を言うと隆史の方を向いて声をかけた。隆史は元気よく返事をする。


「先生、バイバイ!」

「バイバイ、気をつけて帰るんだよ」


 鞄にタオルなどを仕舞い込み、帰る支度を終えた隆史がコーチに手を振った。


「帰ろ!」


 隆史はこちらを見てそう言った。頷いて帰路に着く。


「ねえ、隆史くん。君も薄々気づいてるとは思うけど、嘘はつかない方がいいよ」


 不意に中島から振られた話に隆史の足が止まる。


「う、嘘なんてついてないって。俺は本当に魔法が使えるんだよ!」

「あれ、僕、魔法の話とは言ってないけどなぁ」

「あ……えっと」


 中島の意地の悪い言い方に隆史は言葉を濁した。

 少し俯いて、どう言い返そうか必死で考えているようだ。


「隆史くん、嘘なんてつかなくても私でよければ話くらいいくらでも聞くよ?」

「みぃちゃん……」


 隆史の声は弱々しく、瞳には涙が溜まっていて今にも泣きそうだ。


「僕だって話くらい聞くけど」


 隣で中島が小さくそう呟いた。なぜそこで張り合おうとしているんだ。


「……みーちゃんたちの気持ちは嬉しいけど、それじゃあ意味がないんだ」


 隆史は肩にかけた鞄の紐をぐっと握りしめて視線を足元に下げる。


「俺は母さんと話をしたかったんだ」

「そっか、やっぱり友達じゃなくてお母さんとおしゃべりしたいんだね」

「うん」


 隆史はゆっくりと自身の気持ちを話し始めた。

 一年前、事故で父親を亡くした。父を亡くした悲しみは時が経つにつれて次第に癒えていったが、昭子は家計のために仕事漬けの日々だった。


「昔はさ、俺が公園に行こうって言ったら母さんもついてきてくれたんだ」


 しかし仕事で忙しくなった昭子は以前のように隆史の相手をできなくなってしまい、隆史は一人の時間が増えて家に帰っても一人ぼっちなことも少なくなかった。

 それが寂しくて嘘をついて気を引こうとしたらしい。


「でも、なに言っても母さんは俺の話を聞いてくれなくて」


 いなくなった父が隆史に構えないのは仕方がないとして、今も生きている昭子が構ってくれないのは寂しく、つらかった。

 その寂しさを埋めるように隆史はクラスの子とよく遊んでいたが、花瓶が割れたあの事件がきっかけで何人かの友人が離れていってしまった。

 家庭でも、学校でも隆史は孤独になってしまったのだ。


「みんなの気を引きたくて魔法が使えるって、嘘をついたんだ。そしたら余計みんなが離れていったんだ。けど、あんまり話したことがなかったやつらが声をかけてくれて嬉しかった」


 隆史も嘘をつくのはだめだとわかっていたんだろう。だが、寂しくて構ってほしいという気持ちが勝ってしまった。


「俺、昨日健斗たちがまたサッカーしようって言ってくれたの、すごく嬉しかった。あいつらも俺のことさけてるんだって思ってたから」


 地面に水滴が落ちる。隆史の肩がかすかに震えていた。


「隆史くん、嘘って自分を苦しめちゃうものなんだよ」


 中島が膝を落として隆史と向き合う。


「僕が魔法を使ってほしいってお願いしたとき、隆史くんは逃げたよね。本当は魔法なんて使えないから困っちゃったでしょ?」

「うん」


 隆史はゆっくり頷いた。


「僕は自分を苦しめる嘘はつかない方がいいと思うな。つらい思いしちゃうから」

「……うん。もうしない。でも、俺は母さんと」

「お話がしたいんだよね。大丈夫、嘘なんてつかなくても僕が昭子さんに隆史くんの気持ちを伝えるよ。また、二人が一緒にいられるように」

「ほん、とうに? ありがとう。嘘ついて、ごめんなさい」


 隆史は中島の言葉を聞いてこぼれ落ちた涙を拭った。


「クラスのやつらにも嘘ついたの謝んないと」

「素直な気持ちを伝えられたらきっと大丈夫だよ」

「うん、みーちゃんもありがと!」


 涙が止んだ隆史は憑き物が落ちたように明るく笑った。やはり笑顔の方が似合う。


「帰ったらお菓子食おっと。ほら、みーちゃんたちもはやく!」


 隆史は駆け出して、すぐに立ち止まってこちらを振り向いて手招きした。

 一度中島と顔を見合わせると隆史の元へ駆け寄る。結局家まで追いかけっこをする羽目になり己の体力の無さを思い知らされたが、隆史の嬉しそうな顔を見たらたまにはこんな日があってもいいかと口元を緩めた。


「さて、僕は昭子さんと話をしてこようかな」


 隆史が玄関で靴を脱ごうとして、中島がそう言った。


「え、もう行くの? お菓子食ってからでもよくない?」

「夕方になるとスーパーが混んじゃうからね。そうしたら話ができなくなっちゃうから」

「そっかぁ」


 隆史は素直に納得した。玄関を出ようとした中島のあとに続いた。


「私も行きますよ」

「少し話すだけだからいいのに」


 中島は少し驚いた顔をしたが構わずバス停に向かった。ここまできたら問題が解決するまで関わりたいと思う。

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