第三十二話 決断(2)

「そうさ、マリー。これはみんなが君のために動いたんだ」


 怒気を含んだ表情から一変、ウィルがいつもの穏やかな声で私に語りかけてくる。

 

「ど、どうして……」

「当然だとも」


 団長さんが私の前にやってくる。


「我ら騎士団は弱き者を守るのが務め。自分達が傷つくことを恐れ、目の前の困窮者に手を差し伸べぬ理由などない」

「なにを言いますやら」

 

 団長さんに向け、ウィルが苦笑していた。


「私が助力を頼みに言った時『彼女には恩がある、私が道を踏み外さなかったのは彼女のおかげだ。今手を貸さずしていつこの手を出す!』と声を大にして詰め所で叫んでいたのはどなたでしたか」


 そんなことをウィルから暴露されてしまう。でも、団長さんは動じる様子もなかった。


「ウィル、お前もまだまだ若いな」

「は?」

「そういうのは、わざわざ口にせずとも、行動で示すものなのだよ」

「なるほど。それもそうですね」

「団長さん……」

「私達もそうですよ、占い師さん」


 今度はロータスさんとシルビアさんが。


「いやーびっくりしましたよ。シルビアとギルドの受付で雑談していたら、突然、騎士団の方が駆け込んでくるんですから」

「何事かと慌てましたけど……『ギルドの規約をどうにかできないか、占い小屋のピンチなんだ』と叫ばれて……私達もなにかできることがあるんじゃないかと思って」


 二人が仲よさそうに笑い合う。


「でも、どうして……たった一度しか面識がないのに」

「どうしてって……そりゃあ」

「ねぇ」


 シルビアさんとロータスさんが顔の前に手の甲を掲げて見せてくる。

 二人の薬指には、同じ指輪が僅かな輝きを放っていた。 


「貴方の占いのおかげで、私は勇気をもらいました。きっとあの占いがなかったら……今もあのままだったか、僕らは終わっていたかもしれません」

「お、おめでとうございます……」


 プロポーズの場面はうっかり目にしてしまったけれど。そっか、二人とも上手くいったんだ。


「ま、うちらは店でウィルとの話聞いてたからな」

「うんうん。マリーちゃんに手を貸さないわけないでしょ」

「ま、マスター……キリエちゃんも」

「むしろなんで話してくれなかったのよ」


 頬を膨らませるマリーちゃん。


「ご、ごめんなさい……」

「これで分かっただろマリー。みんな、君のことを心配しているんだ」

「ウィル……」

「君が俺達のことを大事に思ってくれているのは分かる。そのせいで、頼りたくても頼れない、というのも」


 めんどくさそうに頷くウィル。 


「でもそういう時、君はどうしてきた? 他の何かに頼れない人と対した時、君は今までどんな行動を取ってきた?」

「どう、って……」


 私がしたことは、ただの占いだ。そこに思惑も願望も、それこそウラだってない。

 困っているみんなに、少しでも助けになればと。

 でも、所詮占いだ。なにかを決定づけるものではないし、絶対的な力なんてない。


「君はみんなを助けたいと思ったのだろ?」

「…………」

「私の時も、団長の時も、ロータス夫婦の時も、他の人達だってそう。その占いで道を示してきた。それは、みんなを助けられたら、と思ったからだろ」

 

 力強く頷くウィルが続ける。


「それはみんなも同じだ。みんなも君が心配で力になりたいと思った。だからみんなこうして集まったんだ」

「でも、それじゃみんなに迷惑が」

「それがどうした?」


 ウィルの叫びが店内に響く。


「迷惑だとかなんだとか、そんなのはとっくに分かっている。それでも君を助けたいと、力になりたいと思ったんだ。それにもし本当に困ったら……」

「?」

「また君が、その占いで助けてくれるだろ?」


 ウィルが私に微笑みかけてくれる。

 嫌がられるに違いない。煙たがられるに決まっている。そう思っていた。

 でも、そうじゃなかった。

 みんなは私を助けてくれた、むしろ、自分のことのように心配してくれている。

 私はみんなに迷惑をかけたくなかった、私のことだもの、当然だ。

 もしかしたら私のせいで、周囲からよからぬ目で見られるかもしれない、後ろ指指されるかもしれない。

 なにも悪いことをしていないのに、罪を被せられるかもしれない。

 大切なみんなが傷ついてしまう。そう思うと怖かった、たまらなく怖かった。

 それならいっそ、私一人でその辛さを背負った方がいいとすら思うくらいに。


「あとは占いと同じ。分かるだろ?」


 みんなの手を借りるのは今でも本意じゃ無い、迷惑だってかけたくない……。 だって、この街で出会った人達は、みんな大切だもの。

 私がみんなを大切に思うように、私のことをみんなも大切に思ってくれている。その信頼を無下にするのは、私の大切なみんなへの冒涜と同じなのかもしれない。

 大切なことは同じだ。占いとなにも変わらない。


「信じるか、信じないか……」


 私は改めて、みんなの前へと立つ。

 マスターにキリエちゃん、団長さん、ロータスさんとシルビアさん。そしてウィル。

 私を信じてくれるみんなを、私も――信じよう。


「みなさん、力を貸してください」


 歓声が上がった。

 小さな切り株亭の店内に、みんなの声が湧いた。

 その喜ばしい歓声が、私に力をくれる。


「マリー……!」


 そして振り返り、今度はビリアンへと相対する。


「ビリアン、私は貴方になにをしてこようが構わない。だけど、もし貴方が私の大切な人達に迷惑をかけようとするのなら、私はそれを許さない」


 だから戦う。

 みんなが手を貸してくれた占い小屋を守るため、受け入れてくれたこの街の人達を、私の占いを頼ってくれた人達のためにも。


「フッ、残念だよ……余計な手間を増やしてくれて」

 

 ビリアンが舌打ちと共に私を睨む。 


「まあいい、君の選択だ好きにすればいいさ」

「………………」

「だが分かっているのか? 今の立場も法的にも私の方が有利なのは変わらない」

 

 それは……そう、その通りだ。

 みんなが力を貸してくれると言っても、状況が変わったわけではない。


「法廷で戦うのが今から楽しみだよ。私が勝ったら、全てを貴様に背負わせてやる。そう全てだ! 泥の中で這いずり回る豚のように、徹底的に痛めつけてやるから覚悟」

「あら~それは大変です~」


 ビリアンの迫力ある啖呵を遮るように、突然、力の抜けそうな間延びした声が聞こえてきた。

 一度聞いたら簡単には忘れられないそんな喋り方をする人。それは一人しかいない。


「あら~みなさんお揃いで~。楽しそうですね~私も~ご一緒によろしいでしょうか~?」

「だ、誰……いや、なんだコイツ……?」

「私はヴィヴィオと~あ、今はインプレッス商会の会長になったんでしたっけ~。どうぞご贔屓に~」


 店の入り口にいたのはヴィヴィオさんだ。

 ヴィヴィオさんがゆったりとした動きで、丁寧すぎるくらい深々と頭を下げる。


「こ、こんなゆるふわなお嬢さんが……あのインプレッス商会の会長だと!?」

「はい~」


 おっとりとして、びっくりするぐらいマイペースなヴィヴィオさんが、話を続ける。


「マリーさんの占いには~大変お世話になりました~。ですので、法廷で争われるというのなら~商会の顧問弁護団が、全面的に手を貸しますよ~」


 驚いたのは、ビリアンだけじゃない。私もだ。

 どうしてと尋ねるも、ヴィヴィオさんは。


「当然じゃないですか~」


 答えまでフワフワだ。


「た、たかだか街の商会如きになにが出来る。私は貴族だぞ、ヴェールヌイ家の者だぞ!」

「ほう、ヴェールヌイ家ですか。それは私も黙っていられませんな」


 またしてもお店へと入ってくる人がいる。おかげでお店の中はギュウギュウだ。

 

「私のことも存じのようで助かります。レックス宝石店、その支配人のレックス・インプレッスです」

「…………ッ」


 お店の中が狭くなったから、というわけではないと思うけれど……どういうわけかビリアンの顔色が、一気に青ざめていく。


「な、なぜ……ここに」

「ヴェールヌイ家という由緒ある方ならば、せめて顔を見て喋って欲しいものですな」


 チクリと刺すようなレックスさんの言葉に、逸らしてたビリアンの顔がますます青くなる。


「私の顔が見れませんか? まあそうでしょう。なにせ貴方がうちの店で購入した宝石の代金が、いまだ未払いなのですから」


 宝石代の未払いとは……ヴェールヌイ家はかなり苦しい状況とは耳にしていたけど、まさかそんなことになっていたなんて。


「そ、それはその……そう、この起訴で手に入る賠償金で」

「それだけではない」


 レックスさんの背後からもう一人が姿を現す。

 レックスさんと比べて背の低い、だけど顔つきの似ている若い男性だ。


「なっ、おまえは!?」

「この方で間違いありません、兄さん……」

「やはりそうか……こちらは弟のラステル、見覚えがないとは言わせませんよ」


 ラステル雑貨店の店主、ラステルさん。

 ビリアンが彼の姿を見て随分驚いているようだけど……。


「うちの弟を違法スレスレのレッドラの闇取引に拐かしたのは、貴方であろう?」


 ラステルさんが自暴自棄になっていた時、ラステルさんをマカフィの闇取引に誘い込もうとしていた人がいたけど……それがまさか、ビリアンだったなんて。


「お、弟だと……!?」

「知らなかった様子ですが、闇取引等という危険な行為に弟を引きずり込もうとしたこと、商会の一員として、いや兄姉として。私は一切許すつもりは無いぞ」

「ッ!」

「私と我々兄姉全員がマリーさんに大きな借りがある。彼女のためならば、いくらでもお力添えを致す所存」


 ラステルさんとヴィヴィオさんも力強く頷く。


「それでも法廷に立つというのなら結構。無論、宝石代の未払いの件、レッドラの闇取引、それらも含めて、全てお話しさせて頂く」


 よろしいかな? と見下ろし尋ねられ、ビリアンの額には冷や汗がダラダラと流れていた。

 レックスさん達三兄姉の登場で状況は大きく変わった。仮に私が起訴されたとしても――これなら戦える。

 いやむしろ、ビリアンのした行為も世に曝け出すことになるのだから、優位な状況と言ってもいいくらいだ。

 今やこの切り株亭に、私がこの街で出会った人々が勢揃いだ。

 みんなのおかげで、ここまで来れた。みんなのおかげで状況が覆った。

 私も、思わず飛び上がりたい気分だ。


「くっ……お前等、覚えていろよ!」


 ビリアンはどうやらこの場での負けを認めたようだ。

 悔しそうに小悪党の捨て台詞第一位を吐き捨て、店から出て行こうとする。


「待ってビリアン」


 でも、その彼の腕を私は捉えた。


「離せ!」

「いいえ、ダメよ」


 ここで彼を離すわけにはいかない。

 たとえこの場で勝ったとしても、このまま逃がしたら後でまた何をするか分からない。


「聞きなさいビリアン! 私は貴方に――婚約の破棄を言い渡します」


 だから……そう、ちゃんと決着をつけなくちゃ。

 私と、彼の関係に。


「っ!?」

「今度はちゃんと書面を交わして、正式に破棄をしましょう。いいわね?」


 ビリアンはなにも言わなかった。

 みんなに取り囲まれ、どうしようもなくなり……ただ力なく、コクリと頷くだけだった。

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