第二十五話 インプレッス家の三兄妹

 ラステルさんの店へと戻ってくると、そこには騎士団の人達も、そしてお店を囲んでいた人混みももういなくなっていた。例の禍々しい像はそのままに。

 お店の前は普段通りの静けさを取り戻していて、私とウィル、そして一緒に来てくれたレックスさんは店の中へ。


「えs!?」


 でも店内の様子に、私達は仰天させられた。

 まるで泥棒にでも入られたかのように、店の棚やテーブルが倒され、店の普段の賑わいとは違う、荒れに荒れた騒がしさが響く。


「あらあら~ラステルちゃん、もうその辺にして~」

「うるさい!」


 その中心にいたのが、お店の店主であるラステルさん。

 ラステルさんが、自身の店内で怒りをぶつけるように大暴れしているのだ。

 それを止めようと、宥めていたのはヴィヴィオさん。


「ヴィヴィオ!?」

「あら~レックスお兄様~ごきげんようです~」

「いや今は挨拶どころでは……」

「兄さん!? なにしにきた!?」


 私達が、というよりもお兄さんのレックスさんが現れたことに気づいたラステルさんが、兄弟を見るとは思えない鋭い目つきで睨み付ける。

 怒り心頭というのが、私にも分かるくらいラステルさんが怒っている。


「どうしたのだ、一体……」

「ラステルちゃん、お店をやめちゃうって言い出して~」


 お店をやめる? 

 あのラステルさんが? 


「ヴィヴィオ姉さんも、レックス兄さんも、後継者争いのくだらない妨害なんて仕掛けてきて! アンタ達はそこまでして後継者になりたいか!?」


 ラステルさんがまるで怒鳴りつけるように二人に罵声を浴びせる。


「あんな像まで送りつけて……嫌がらせにしたって露骨すぎるだろ」

「嫌がらせなんて、そんなことしてないわ~」

「兄さんは兄さんで、俺の店に人を送り込んで……売り上げを下げているのもそのせいだ!」

「ラステル、聞け」

「聞け? 聞けとは偉そうに。もう会長にでもなったつもりか」

「ラステル!」


 ダメだ、ラステルさん話を聞こうとしない。

 仮にレックスさんの気持ちを話すことができても、今のラステルさんじゃきっと信じはしないだろう。

 遅かった……。

 せっかくレックスさんが自分の気持ちを話してくれると約束してくれたのに。こうなってしまったら、もう……。


「そこまでするなら、こっちだって戦ってやる……!」


 目を血走らせながら、苦しそうに肩で息をするラステルさん。

 でも、何を考えているのか、その口元が一瞬だけニヤリと笑った。


「……レッドラの花だ」

「なっ、お前それは!?」

「禁制品、なんて言わせないぞ。今のところ法に触れるものじゃないってだけだ」

 

 レッドラというその名を聞いて、私も思わずウィルに目配せをする。


「ウィル。レッドラって、もしかして……」

「ああ、南方の山中に自生している植物で……麻薬にもなる草だ」

 

 レッドラ。

 その花の蜜には麻酔の原材料ともなり、医療にも使われる植物の一種だけれど、その成分には強い幻覚作用の効果もあり、依存性が強い。

 レッドラ自体の採取や取引することは違法とされてはいない。

 しかし、正規ルート以外で売買された物は、そのほとんどがいわゆるギャングやヤクザのような裏ギルドが取り扱っていて、それらの資金源にもなりかねない危険な品だ。


「店を開いてすぐ、レッドラで稼いでる人間と知り合ってね。最初は手を出そうとなんて思いもしなかったさ、なんて言ったってシュベルメだ。バレればうちの店もどうなることか……」


 改めて私も思い出した。

 初めてラステルさんを占った時、なにか後ろめたそうな感じを出していたけど……そうかレッドラの裏取引のことだったのか。


「でも今となってそれもどうでもいい……レッドラで荒稼ぎして、俺がインプレッス商会の後継者になってやるよ」

「馬鹿な真似はよせ!」


 レックスさんが声を荒らげる。


「そんな違法スレスレなことをして、後継者に認められるとでも――」

「ああ、思っているよ! それがインプレッス家の教えだろ!」

「ッ!」

「より高くより強く、利益を求めろ、そのためならばどんな手を使ってでも実力を示せ。それがこの街を作った、我が家の、インプレッス商会の本懐なんだろ。俺はその教えに習っているだけだ」

「ラステルちゃん……」

「俺が当主になったら、ここまでこけにしてくれたお前達二人を、奴隷のように働かせて、徹底的に思い知らせてやるから――ッ!」


 ――パシンッ!。

 ラステルさんが叫ぶ最中に響いた乾いた音。

 私は思わず声を失い、隣のウィルも、そしてヴィヴィオさんも驚きを隠せなかった。


「……頭を冷やせ」


 レックスさんが、ラステルさんの頬を叩いていたのだ。

 叩かれたラステルさんは、勢いよくその場に倒れてしまう。


「ラステル、よく考えろ」

「…………ッ」

「違法ではないとはいえ、裏ギルドと関わりを持って商会の資金が流れでもしたらどうなる? 信用は丸つぶれ、伝統あるインプレッス商会の名前にも傷がつくんだぞ!」

「…………それこそ、それこそ本望だ……ッ!」

「ラステル……!」

「こんな商会、家ごと潰れてしまえばいいんだ!」

「ラステルちゃん……」

「みんなそうだ……この交易都市で生まれた人間は、より稼ぐことを、より偉くなることを当然のように扱う。いいだろ、別に……そんな欲、みんながみんな持たなくたって……」


 兄姉達が心配するなか、一人呟くラステルさん。

 その表情は今にも泣き出しそうで、まるで幼子のようにも見える。


「実力がどうとか、後継者がなんだと……兄弟で足の引っ張り合いをしてまでするようなことかよ……」

「………………」

「ホントは後継者になりたくなんかない。後継者争いだってどうだっていい。でも目指さなきゃいけない……だって、だってそうしなきゃ――」


 ラステルさんの口から、感情と共にそれはこぼれ落ちていく。


「兄さん達に、置いて行かれてしまう……」


 そっか。

 ラステルさんは、お兄さんとお姉さんに置いていかれたくないがためだったんだ。

 お店の売り上げを上げることにこだわっていたのも、怪奇現象に悩まされていたのも、全ては後継者争いのためではない。

 兄姉として共にあろうとしようと、彼なりに奮闘していたのか。 


「子供の頃、家族で西大陸へ旅行した時のこと、覚えているか……?」

「…………」

「僕が目を輝かせてみていた小さな工芸品。それを兄さんと姉さんが、共にお金を出し合って買ってくれた、あの小さなガラスの置物……」


 本当に、嬉しかった。

 その一言は懐かしさと共に優しく漏れる。


「あんな品を多くの人に届けられたら……それだけを目標に頑張ってきた」

「ラステル……」

「だけど……店の評判を貶めるような、くだらない後継者争いで足の引っ張りあいをするなら、もう敵だ。どんな手を使ってでも、汚いと罵られても、あらゆる手段で戦ってやる! アンタ達は、もう敵だ!!」


 ラステルさんに再び炎が灯っていく。

 立ち上がることもせずその場で、怒りの熱を燃え上がらせ、鋭い目つきでレックスさんを睨み付ける。そこにあるのはもはや憎悪といっても過言ではない。

 もはや彼を説得するのは、不可能なのだろうか。


「敵、か……」


 ため息交じりに呟かれた一言。

 それは、レックスさんのものだ。


「確かにそうだな。扱う品は違えど、私達は商売敵。まして後継者の座を競っている立場なら、当然か……」


 そんなレックスさんを悲しそうな目でヴィヴィオさんが眺めている。


「私も敵、ヴィヴィオも敵。みーんな敵だ」

「レックス兄様……」

「だが――その前に、兄弟だ」


 呟いた一言。

 その一言に、僅かに反応があった。

 怒りに打ち震え、今まで聞く耳を持たなかったラステルさんがピクリと反応を示す。

 そんなラステルさんの隣へとレックスさんが腰を下ろす。


「兄弟だからかな……どうやら、考えも似るみたいだな」

「……?」

「私は、後継者になるつもりはない」

 

 ラステルさんの表情に驚きが走る。

 しかしすぐに元の怒りに震える表情へ。


「嘘だ……」

「そう思うなら、そこの占い師のお嬢さんに聞いてみるといい。さっき見事に言い当てられてしまったよ」


 苦笑しながらしみじみ語るレックスさん。

 突然話を振られたので私も驚いたが、困惑しこちらに視線を投げかけてくるラステルさんへ、私も力強く頷く。


「どう、して……?」

「この街を作った商会というデカい椅子、さぞいい座り心地なんだろう。なにせ老舗の商会の椅子だ、ふんぞり返るためにあるようなものさ」

「……………」

「ま、その椅子に座ろうとするのも、悪い気はしないな」

「だ、だったら」

「だが、自分の店でお客を相手にしている時の方が私は楽しい」


 信じられない、と言いたげに横顔を覗くラステルさんの横で、お兄さんは話を続ける。


「商会の後継者が誰になろうが、私にはどうでもよかった。それよりも自分の店を広げることの方が、私にとってはやりがいを感じる。多くの人々に商品を手に取ってもらえることが、喜んでもらえることが嬉しい。だkら、商会の後継者なんていう座に、私は興味は無かったんだ」

「………………」

「お前が後継者になろうと必死に努力をしている姿を私はずっと見てきた。だから私は思ったんだ。そんなにも後継者の座に就きたいと思うのなら、せめて応援しようとな」

「お、応援……?」

「後継者になるには、どうしたって業績が必要だ。お前が店を持つまでに苦労してきたことは私もよく知っている。だからサクラを雇って客を寄せ付けようとしたのだが……すまない、あまりいい印象を持たれなかったようだ」

「私もですよ、ラステルちゃん」


 レックスさんとは逆側に、今度はヴィヴィオさんがお淑やかに腰を下ろす。


「お店で怪奇現象が起きてる、ってレックス兄様から相談を受けてね、どうしよう~どうしようって、兄様悩んじゃって」

「おい、それは言うなと!」

「うふふ~だから私が幸運を呼ぶ銅像を送ったんですけど~ようやくお話を聞いてくれたみたいで、私も嬉しいです」

「実際にさっき見てみたが……あれを幸運の像とはよく言ったものだな」


 レックスさんが呆れたように呟く。


「まあ~由緒ある、神殿の像なんですよ~」

「そんな物を持ち込むな……」

「兄さん。姉さん……」


 ラステル。そう呼びかけるレックスさん。

 しかしその呼び方は堅苦しくなく、どこか優しくて、それこそ兄姉が呼び合うような声だった。


「ラステル、お前が後継者になりたいのなら私は応援するし、後継者に興味が無いのなら……まあ私が言うのも変かもしれないが、それならそれでいいさ」

「私も同じですよ~」

「無理に店を広げようとせず、小さなお店でもお客一人一人に誠実に向き合えば、それでいい。私はそれを応援するし、間違った道を行こうとするのなら、それを正す。必要なら手だって貸す。なぜなら――」


 兄弟だからな。

 そう言って、レックスさんは笑った。

 ヴィヴィオさんも笑った。

 子供のように大笑いしたわけではなく、大人がふいにみせる苦笑のようなもの。それでも――

 そこには、飾ることのない兄姉の懐かしさがあった。


「………………っ」


 三人の中心で、ラステルさんが震えている。

 子供のように、末っ子のように。


「俺は……おれは……ッ」


 そして、ついに感情が流れ出した。

 子供のように、末っ子のように。

 三人は、インプレッス商会の跡取り候補で、お互い商売敵。

 でもそれ以前に、仲のいい兄姉だった。

 さて、そうなれば残る問題はあと一つだ。


「それでラステルさん。お店はどうされますか?」

「マリーさん……ああ、続けるよもちろん」


 涙を拭いながら、それでもしっかりと前を向き。


「レッドラの取引だってやめる。後継者争いは……ハッ、もうどうでもいいや!」

「フフッ、そうか」


 子供のように吐き捨て笑い出すラステルさんに、お兄さんも苦笑が漏れていた。ヴィヴィオさんもニコニコと二人と共に笑っている。

 三人が三人共、楽しげに笑っている。

 ようやく、兄弟としての絆を取り戻すことが出来たようだ。


「だが、続けるにしても具体的にどうする?」

 

 今回の一件で、お店の評判は確実に悪くなるだろう。

 レックスさんの用意したサクラもいなくなれば、客だって一気に減るはずだ。

 でも、その点に関しては私にアイディアがあった。


「ご安心ください。方法はありますので」

「マリーさん、なにもそこまで……」

「私もお店のことを占った以上、責任がありますので。それに……」

 

 ニヤリと笑みを溢し、お兄さんとお姉さんを眺める。


「騒ぎの原因にもなったお二人にもご協力してもらうつもりですので」


 無言のレックスさんと、あら~と変わらず和やかなヴィヴィオさん。

 もちろん、お二人とも手を貸してくださりますよね?


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