第十三話 占う内容は恋愛運!?

「すみませーん」


 ロータスが右手で幕を開けて、私達は中へ。

 占い小屋と言うだけあって、大の大人が四人も入れるかどうかでさほど広くはなく、薄暗くとも漂うお香の香りが、薄暗い天幕に不気味さよりも落ち着きを感じさせてくれる。

 なるほど、それらしい雰囲気だ。


「はい、いらっしゃいませ」


 と、テーブルの奥で出迎えた人に少しだけ驚いた。

 占いと聞くと、もっと怪しげな老婆とか胡散臭い人がやっているものかと思ったのだけれども、出てきたのはふわふわの亜麻色の髪のお嬢さん。

 一瞬、どこぞの貴族のご令嬢かと思ったが……服装はいたって普通のもので、まして怪しそうなローブも身に着けていない。


「あのー、表の看板を見たんですけど……」


 ロータスが躊躇いがちに尋ねると、店主であろうお嬢さんは小さく微笑んだ。


「はい。詳しくお話ししますね」


 そう言って、私達を席へと促す。

 並べられていた椅子へ私達が座ると。


「ご来店ありがとうございます」


 と、丁寧な一礼で再び迎えてくれた。

 ホントに貴族の令嬢なんじゃないかと思うくらい丁寧でそれでいて礼儀正しい挨拶だ。

 その挨拶でやはりこの人がこの占い小屋の店主であり占い師なのだろうと確信は出来たが……でも、ここまでお客に礼を尽くすのは、なかなか見ないものだ。


「あの……私達、まだ占ってもらおうとは決めてないんですけど」


 少々失礼かとは思うが、それも仕方ない。

 なにせあの看板の内容だ。どうしても警戒してしまう。


「ええもちろんです。説明を聞いてからお決め頂いて結構ですよ」


 やっぱり珍しい。

 丁寧な接客もそうだが、この対応も。

 この交易都市は商業の街、そしてそんな街だと、やはり詐欺まがいの商売も少なくはない。

 一度お店に入ったら、商品を買うまで逃がさない、そんなやり口の話も、ギルドの受付をしていれば何度でも耳にする。もちろんギルドの権限でそういったお店に注意したりもするし、あまりに酷ければ騎士団に通報だってある。

 正直、看板の内容を見た時、店に呼び込んで詐欺まがいの売り方をしたり、法外な値段で怪しい壺でも売っているのではないかとちょっと疑いもしてていたのだけれど、この様子だと杞憂だったか? それともお客を油断させる手管の一つなのか。

 どちらにせよ、詳しく話を聞いてみよう。

 

「では、料金についてご説明しますね」


 そう言って、占い師さんは小さなブラックボードを取り出した。 

 そこには表にあった料金表とほとんど同じことが書かれている。


「料金の二十セナールのうち、まず前金で十セナール頂きます。これは占いの依頼料と思ってください」


 それは外の看板にも、そしてこのブラックボードにも書かれていて、すぐに理解できた。だが問題なのはその残り半分だ。

 そこには外の看板と同じように、『料金、最大二十セナール』と書かれている。


「そして残り十セナールについては――お客様自身で払う金額をお決めください」

 

 つまり後払いする十セナールのうち、客自身でいくら払うか決める。そういうことなのだ。払う金額をお客自身に決めさせるとは、商業ギルドで働いていても、初めて耳にする売り方だ。

  

「どうしてそんな料金なの?」


 正直、不思議な値段設定だった。

 競りに似ているようにも思えるけど、本質的には違う。

 私の疑うような目に対して、占い師さんは待ってましたと言わんばかりに、快く答えてくれた。


「占いというものは他の商品などと違って、どうしてもお客様のご期待とは違う結果がでることがあります。そしてそれは必ずしもお客様にとって喜ばしいものとは限りません」


 たしかにそうだろう。

 客の望む結果だけを出すのなら、それは占いではなくおべっかだ。

 しかしそんな占いで商売をするとなると、いずれ立ち行かなくなるのは私にだって分かる。


「まあ、お客様の望む結果を出せたりすれば、一番いいんでしょうけどね」


 などと、占い師さんが苦笑を漏らしながら話を続けた。


「これは私個人の考えですが、たとえ商売であっても、占いに対して正直でありたいと思っています。お客様の顔色を伺ったり忖度したり、そういうことをせず正直に占いたい、と」

「ふーん…………」

「ですので、依頼料で十セナール。そして残りをお客様の満足度による判断で一から十の間で払って頂く。そういう形を取らせて頂きました」


 なるほど。

 占いに対する信念はちょっと青臭い考えなのかもしれないけれど……それを差し引いても面白い売り方だ。

 長く交易都市にいて色んな商売の話を聞いてきたけれど、こういう売り方をする人は初めてかもしれない。


「いかがなさいますか?」

「どう思う、シルビア?」


 私の右に座るロータスが尋ねた。


「うん。いいんじゃないかな」


 こっちの満足度によって料金が変わるというのは、なかなか面白い。それにもう一つ。


「だよね。それにこの売り方なら、占い内容にも責任感というか説得力がつくし」


 悪い結果を出して不安を煽り、壺とか変な薬を売りつけるようなやり方ならいざしらず、このやり方なら占い結果にお客の満足度が振り回されることはない。

 そして自分達お客側も、占いという曖昧なものに対して、信用を持て安心することができる。

 最初二十セナールはちょっと高いなって思ったけど……うん。これなら納得の料金だ。


「一度やってみない、シルビア?」

「ええ、いいわよ」

「ありがとうございます。では、そちらに記入を」


 彼女から渡されたのは一枚の紙。

 名前や年齢などの簡単なプロフィールを書き込む欄がある。下半分がメモ欄なのか空白になっていて、真ん中に占う内容についての質問が


「え、と……」


 ロータスがちらりとこちらを覗き込む。

 

「いいわよ。ロータスが決めて」

 

 最初にこのお店に入ろうと言い出したのは彼だ。それなら占う内容も彼に決める権利がある。

 

「じゃ、じゃあ……」


 少し躊躇いながら書き始める。

 でもなにを占って欲しいのだろう。

 その内容をチラリと覗くと。


「んん!?」


 わ、私達の恋愛運について!?

 まさかそんなことを尋ねようとしていたとは……ちょっと恥ずかしいな。


「お預かりします。本来ですとお二人分の料金を頂くのですが、今日は開業したばかりなので、サービスでお一人分とさせていただきますね」

「おお、いいね」

「今後ともご贔屓に」


 そうして側に置いてあった箱に、私とロータスでそれぞれ五セナールずつ入れる。

 金額を確認し、占い師さんが最初の用紙を受け取ると一読、見える位置に置く。そして濃いブルーのテーブルクロスの上に、カードの山札を置いた。


「では、始めさせていただきます」


 再び丁寧な一礼。思わずロータスも頭を下げていたのがちょっとおかしかった。

 占い師さんは目を閉じゆっくりと深呼吸をすると、山札をカードゲームでもするように切りはじめる。一通り切り終えるとテーブルの上に戻して山札を崩し、今度は渦巻き状に。

 手慣れたやり方と口を挟む余地のない雰囲気に、こっちも思わず見とれてしまう。


「ロータスさん。今私がやったように、カードをゆっくりと混ぜていってください」

「あ、はい……」


 ロータスが、右手を使ってゆっくり混ぜていく。

 片手だけなのでちょっと辿々しい。


「では、今からいくつか質問をします。答えにくいことでしたらお答え頂かなくても結構ですので、そのまま続けてください」


 分かりました、と小さく答えたロータスに、占い師さんが質問を投げかける。


「お二人の恋愛運を見て欲しいとのことですが、お付き合いされてどのくらいになりますか?」

「え、と……二年、もうすぐ三年になります」

「なかなか長いお付き合いですね。その様子ですと、今日もデートですか?」


 ええ、まあ。とロータスが少し嬉しそうに答えた。


「普段はデートはどちらに?」

「食事とか、買い物とかだよね」


 と、振ってきたので私も頷く。


「この間は温泉にも行きましたけど、巡業の劇団とか来たらよく一緒に行きます」

「そうなんですね。私この街に来てまだ間もないので、そういうのは見たことなくて」

「あ、それなら来月来るサザビリアン絵画展がいいですよ。あの絵は近代的ながら色使いが古式豊かで美しいんですよ。なかでもギュネイドガの丘の絵なんて特に素晴らしくて、森の木々の青々しさがもう」

「ロータス」


 この辺でストップしないと、この人いつまでも喋るから。


「ゴメンなさい、この人この手の話になると……」

「いえいえ。お二人ともよい関係ですね」

「ありがとう。まあ付き合いも長いから」


 羨ましいです、とお世辞のような一言まで頂いてしまった。


「それだけ仲もよろしければ、そろそろご結婚も視野に入るのでは?」


 との質問に。


「あっ、と、それは……あ、アハハハ……」


 やっぱり、ロータスはハッキリしない。

 こんなところで言って欲しいわけではないけれどそれでも、そういう態度を見せてくれないのはな……。

 うん、やっぱりちょっと、寂しい……。


「ご協力、ありがとうございます。その辺で結構です」


 ロータスが混ぜ合わせたカードを、占い師さんが集め一つの山札に。そこから三つに割って、ロータスに入れ替えさせると再び山札を作る。

 そしてクロスの中央に山札を置き、裏向きのままカードを並べ始めた。


「ハートの形……」


 クロスの上に並べられた八枚のカード。私達から見たそれは逆向きのハートの形に見えた。恋愛運を見てくれるからなのか、なにか他に意味があるのかは分からないけれど、ちょっと興味が出てきた。

 そんなカード達をめくることもせず、裏向きのまま、占い師さんは眺めているけれど、そこからなにか分かるのだろうか?


「では、見ていきます」


 そう言ってようやく、最初に並べた中央のカードを一枚めくる。

 見慣れないカードだ。絵柄は西大陸の物に近いが、それでも類似したものは見たことがない。自作なのだろうか。

 そうしてもう一枚、私達から見た一番奥のカードがめくられる。そのカードに、私は目が引かれていた。

 真っ暗な闇のなかに雷が落ち、王冠と二人の男性? なのかな……その二人が転落していく。その真ん中で、崖にそびえ立つ大きなこれは……塔?

 他にも並べられた順にカードがめくられていくが、どうしてもそのカードから目が離せない。

 ロータスはなにも感じていないようだけれども……なんだろう、なんだかすごく、不気味に感じる。


「はい、出ました」


 そうこうしている間に、占い師さんは占いを終えたようだった。

 話を聞くため、改まっていると。


「結果をお話しする前に、一つ」

「?」

「占いはあくまでも占いです。なにかを決定づけるものでも絶対的なものでもありません。過度な期待や極端に悲観しないよう、注意してください」

「それって、どういう……?」


 結果を話す前にこんな前置き、まるで悪い結果が出たような口ぶりではないか。

 占い師さんは最初の接客の時と違って、淡々とした口調で、いまいち感情が分からなくてちょっと怖い……。

 でも、そんな不安を感じ取ったのか、占い師さんが小さく微笑んだ。。


「安心してください。これは皆さんにお話ししていることです。私が言うのも変な話ですが、占いも『そんなものか』と思って聞いているのが一番です、というだけです」

 

 妙な話だ。

 占い師が自分の占いを、信じろとは言わず、話半分に聞けと言うなんて。普通は相手に信じさせようとするものではないのだろうか?


「それでは、お話しします。まずシルビアさん」

「は、はい?」

「ロータスさんのことかなりお慕いされているようですね」

「それは、まあ……」

「ただ、彼が一人で考えすぎたり、抱え込んだりすることでちょっと不安に思っているようですね」


 隣のロータスが、驚く顔を見せてくる。

 正直ビックリなのはこっちもだ。

 ロータスの借金の件、せめて話して欲しかったとは思っていたけれど、それをこうもズバッと言い当てるなんて。


「他の男性からアプローチされることも多いようですね」

「はあ……まあ」

「そんななか彼女を射止めたとは、さすがですねロータスさん」

「へへっ、友人からは彼女と付き合えたのはお前の人生最大の功績だ、なんて言われます」

「ロータス!」


 というか、今さらっと言ったけどこの人……付き合おうって言いだしたのがロータスの方ってなんで分ったの? 

 すごい。思っていた以上にこの人すごい占い師だぞ。


「お互いによい間柄、なのはいいことなのですが……」

「?」

「うーん……今の状態はちょっと停滞気味のようですね」


 私達は同時に顔を見上げていた。


「ハッキリと申し上げますが、このままですと……マズいかもしれませんね」

「ま、マズい……?」

 

 たまらず、私は聞き返していた。


「ええ。このままですと遠からずお二人の関係は行き詰まるか、もしくは……」

「もしく、は……?」

「今の関係が壊れるかもしれません」


 あのカードだ。

 きっとあの不気味な塔のカードが告げているんだ。

 私達の上に稲妻が落ち、二人が崖の下へと転落していく。あのカードに描かれていたような不安の波が一気に押し寄せてくる。

 彼女は、淡々と続けていく。


「今度はロータスさん」

「え、あ、はい……」

「心のどこかで今の関係は動かさない方がいいとお思いではありませんか?」

「それは……その」

「ロータス……?」

「…………少し……思っています」


 そう、なのか。

 やっぱり、ロータスは先のことを考えてくれてはいないのか。


「なるほど。お二人が相思相愛であることに疑いはありません。それは占い結果からも、お二人のやりとりを見てもハッキリと分かります」

「…………」

「ですが、今のままですといずれ、お二人の今の関係は終わってしまう可能性がとても高いです」

「そう、ですか……」


 力なくロータスが答える。気分は私も同じだ。

 まさか、こんなことを言い渡されるなんて。

 こんなことなら、占いなんてしない方が良かった。


「シルビアさん」

「はい……?」


 呼びかけた占い師さんが、一枚のカードを指差す。

 そのカードは、さっき私が気になるあの塔のカードだ。


「この塔のカードは、破壊や破滅を暗示するカードで……凶兆を示すカードとも言われています」

「はあ……」


 やはりあのカードだ。

 あのカードがこの結果を呼び込んだんだ。


「ですが、それはあくまでも正位置の場合の話です」

「せい、いち?」

「正位置、つまり正しい向きのことで、上下逆で出た場合、それは逆位置と言われます」

 

 確かに、いくつかは上下逆に並んでいるカードもある。そしてこの塔のカードも、私達から見たら正しい位置、つまり正位置に見える。

 

「基本占いは私から見た視点になるので、今このカードは逆位置になります。その場合、カードの意味も大きく変わってくるんですよ」


 そう、なのか。

 いや、でもだからって……。


「はい。さっきの占い結果が変わることはありませんし、私は正直にお話ししました」

「そう、よね……」

「はい……。ですがこのタロットカードというのものは、一概にこのカードがいい悪いというものではありません。そしてこの塔のカードの逆位置もまた同じ事なのです」


 うん?

 彼女は一体なにを言いたいんだろう。


「ロータスさん、先程私は、お二人はいずれ行き詰まるか、今の関係は終わってしまう、そうお伝えしたと思います」

「はい…………」

「繰り返しお伝えしますが、私は占いに出たままを話しました。ですが、このカードが並べられた時、決して悪いものではないと感じました」


 並べ終えた後、カードをじっと眺めていたけれど、あの時占い師さんはなにかを感じていたのか。


「『今の関係が壊れる』言葉だけを聞けば決していい意味に捉えられないかもしれません。ですが、もしかしたらロータスさんならその意味を理解できるんじゃないでしょうか?」

「それって、どういう……?」

「私はこうも言いました。お二人が相思相愛であることに疑いはないと。ですから――」


 その時、占い師さんの表情が変わった。

 優しく、そして穏やかにニコリと笑ったのだ。


「きっと大丈夫ですよ。勇気を持ってください」


 その一言で、占いは締められた。



 

 私達は店を後にして、再び通りに戻った。

 そして再び並んで歩き出したのだが、いくつか疑問が残る。

 最後に言い残した占い師さんの一言もそうだが、それだけじゃない。


「ねぇロータス」

「なに?」

「さっき、どうしてあの料金にしたの?」


 私は占い結果には正直あまり満足できなかった。

 私達の関係がいずれ行き詰まり、壊れてしまうなどと言われて、いい気分になるわけがない。たしかに、色んな事を言い当ててきたことはすごいと思ったからその点を加味して二セナールだけ私は支払った。

 だけど、ロータスが支払ったのはなんと五セナール。

 十セナールを私達二人で分けて支払ったのだから、彼は占い内容に非常に満足だったということだ。


「んーっと、まあ。色々と、ね」


 相変わらず曖昧な返事だ。

 でも……。


「占い師さんも言ってただろ。無理に気にしなくていいんじゃない?」


 さっきまでと違って、ソワソワしていた感じがない。 

 普段通り、というとまた違うけど落ち着き払っていて、地に足がついたというかなんというか……肝が据わった、とでもいうのかな。あの占いで、なにかあったのだろうか。


「……私、気にしてるように見える?」

「んー。少し、ね。でもせっかくのデートなんだし楽しまなくっちゃ」


 確かに占い師さんの言ったように、あまり気にすることでもないのかもしれない。

 もしあの結果が正しかったとしても、そんなもの私が打ち砕いてやればいい。


「……それも、そうね」

「さあ行こ。もうすぐお芝居が始まっちゃう」

「ええ」


 彼に手を引かれ、今日の目的地である芝居小屋へと向かった。

 お芝居の後はディナーだ。ロータスがいい店を見つけたと言っていて、今度のデートはここに行こうと以前からうるさい程だった。

 占いのことは気になるけど……うん、そうだな。

 せめて今日一日楽しんで過ごそう。

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