第3章 雪月花

 十二月になると故郷には雪がちらつく。


 珍しく夜明け前に目覚めてしまう。

 初雪だろうか……。


 母さんにはああ言ったが、実のところ迷っている。まどろみの中で何度も同じ夢を繰り返す。母親が台所でことこと料理を作る姿が思い浮かぶ。独り暮らしは自由気ままな生活だが、寂しくなるのを承知していた。


 本当に生まれ育った海の町を抜け出し、東京に行くべきなのだろうか……。京都や大阪にも大学などたくさんある。大学受験はあと三ヶ月に迫っている。決めるまでは勉強も手に付かなくなってしまう。


 今頃、群青の海面は、ちらつく雪で穢れを清めてくれているのだろうか……。

 静かな海の水平線の先に美しい星座や星雲が繊細な輝きを見せてくれ、さざ波に耳を澄ますと満天の星空のなかを空中散歩する気分となれるはずである。


 吐く息が白いまま部屋の中に漂い、厳しい京都の冬の訪れを知る。そっとカーテンを明けると、しんしんと淡い雪が降り積もり、庭先に敷かれる真っ白な絨毯に癒されてきた。


 家族に知られないよう、ガウンを羽織り、一歩外に踏み出してみる。


 窓の外には滅多に観れない幻想的な景色が広がるのに気づく。空にお月さまが朧気に浮かび、ちらつく雪の結晶が華を咲かせ、初冬ならではの「まぼろしの雪月花」と呼ぶ景色となる。夜空は少しずつピンク色に染まり、とても明るく見えてくる。


 儚くも美しい幻想的な海里の景色だ。思わず声を上げそうになる。


 ゆっくりと夜の帳が明けて、白い絨毯に照り返す光が部屋の隅々まで届いてゆく。センチメンタルなんて似合わないのに、きっともう二度とこんな美しい景色は見ることが出来ないだろうと肌で感じてしまう。


 雪が舞う、肌寒い夜明け。暗闇に浮ぶ月の導きと共に一筋の光を感じて東京に向かうことを決めていた。

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