6次会 4th ジャズ

「4日目の演目ジャズは、霧島と泡波をメインにしようと思う」


 3日目の演目が終わった後、しばらく酒姫部と推し活部が共同で練習する日々が続いていたのだが、いきなり白州先生がそう宣言した。


 推し活部のメンバーは頷きあって、決心をしたようであった。

 そうなると 4日目の演目も南部さんの出番は無さそうだった。

 数日間だが、南部さんも自分の歌うパートを練習していたのだが、それは茜さんと泡波さんに譲る形になるだろう。

 南部さんの方に目をやると、仕方ないと少し目線が下がったままであった。


、2人がメインんで」

 聞きようによっては、南部さんがお荷物のように聞こえた。


 白州先生の宣言の後、歌うパート構成が変更されて、南部さんの歌う予定だったパートは茜さん泡波さんに譲る形となった。


 酒姫部エースチームは、3人でそれぞれパート分けして歌うため、それぞれが自分のパートを練習している。


 いままで推し活部も同じように3人でパート分けしていたのだが、今は南部さんだけが一人個別メニューでやる形となった。


「勝つためだ」と言われてしまう。

 勝たないと、最終ステージには上がれないのだが、それでも3人での頑張りを見たかった。

 それを望んだとしても、僕には何もできなかった。


 中途半端に南部さんを慰めても、慰められる側からしたら悲しいだけだ。

 僕は南部さんを見守った。


 ◇


 いつもの大会会場。

 まだまだ夏の暑い日が続く中、4日目の演目が始まった。


 ノリの良いジャズを歌う、酒姫部のステージ。

 二階堂さんチームは、3人体制でそれぞれ入れ替わり立ち代わり、メンバーがリズムに乗って歌っていた。

 歌っているというよりも、見ている自分にとっては、単純に楽しんでいるように見えた。

 そんなパフォーマンスは、チームワークがとても良く見えて、審査員の評価も高そうであった。


「ありがとうございました」


 二階堂さんチームが終わると、次はエースチームのパフォーマンスが始まった。


 こちらも3人がそれぞれパート分けして歌っている。

 それぞれ違う歌声でリズムに合わせて。


 獺さんは相変わらずストイックに練習をしていたのであろう。その成果が出ているようであった。他を追随しないような圧倒的な歌唱力を感じさせられた。

 獺さんを筆頭にして、久保田さんも八海さんも、合宿をきっかけにして何かが吹っ切れたように自分を表現できていた。


 ぶりっ子ばかりしていた久保田さんとは思えないほど、切れのある歌声をしていた。

 南部さんに怒るときのように、素が垣間見えて、ストレートに気持ちが伝わってくる。

 表情も作ったような笑顔でなく、久保田さんらしい笑顔が見えた。


 八海さんも、泡波さんと競い合ったバラードの練習の成果がジャズにもあらわれていた。

 ジャズでも存在感を発揮させていて、3人の中でも一番感情を乗っているように聞こえた。


 3人ともに自らの個性を引き出し、ジャズの演目が終わった。


「ありがとうございました」



 そして、推し活部の出番が次に迫っていた。


「私たちは、崖っぷち。ここで単純なミスなんてしたら最終ステージには行けない。ミスしないように、締まって行こう!」

「茜氏、 泡波氏、期待しているよ!」


 茜さんと、泡波さんは「大丈夫」という表情で、親指を立てて部長に答えた。

 茜さんと泡波さんも、互いに目線で「大丈夫」と伝えあい、ステージへと向かった。


「……南部さんも頑張って!」

 南部さんへの声かけ。僕にはそれしか言えなかった。


「……私は、お荷物にならないように、ミスしないように頑張ります」

 健気に笑って見送られていったが、やはりどこか寂しそうであった。



 ステージに上がる3人。茜さん、泡波さんが2人がメインとして中央に並ぶ。

 その姿は、ちょうど部長に見せてもらったDVDの最後の挨拶シーンと重なって思い出された。

 あの時の二人の酒姫が、成長した姿でステージ上に見えた気がした。



 曲が流れて歌い始めると、茜さんと泡波さんはとても生き生きしていた。

 あの時できなかったことが、今はできるようになっていて。

 あの時、叶えることができなかった夢を今も追い続けて、ここまで来たんだと。

 そう思わせてくれた。


 2人で目線を合わせて歌のやり取りをする。

 交互に歌い合う姿。


 そんなステージの様子を見ていた部長は、僕のとなりで静かに涙していた。


「……本当に良いよ。二人とも……。諦めないで良かったよ……。……素晴らしいよ……」


 茜さんと泡波さんは、本当に良い出来であった。いつも練習で見ている以上のパフォーマンスを発揮していた。

 審査員の人の印象も良さそうに見えた。


 これで高評価を貰えれば、まだ先へと繋げられる。

 そう思うと、希望が見えてきたと安心する。


 ふと南部さんに目をやると、南部さんは切ない表情を浮かべていた。

 少しうつむきかげんで、いつもの南部さんの明るさが見えなかった。

 そんな姿に、僕はいたたまれない気持ちになった。


 最終ステージに進むためには、チームとして今回の演目はこうするしか無かったのかもしれない。

 だけど僕には南部さんの輝きを犠牲にしているように見えた。

 そこだけ暗く、何もない背景を見ているかのようであった。


 そこから、僕は南部さんだけに注目して見ていた。

 ミスも無く、そつなくダンスを踊っている。

 邪魔をしないように、けれども、見せ場も無く無難なパフォーマンスをして。

 彼女なりに一生懸命練習したものを披露していき、時間は過ぎていった。


 最後まで、南部さんの表情はどこか暗く、彼女らしい輝きが見えなかった。

 悪くはないのだが、彼女の良さが見えない演目であった。

 それがとても悲しく思えて、そうするしかなかった状況を恨めしく思った。


「ありがとうございました」


 部長は、涙でぐしゃぐしゃになった顔で、割れんばかりの拍手を送っていた。

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