シェアリング事件について

高島威美(たかしまたけみ)

 シェアリング事件。通称名和正文なわまさふみ事件。

 

 海外での名声も高い著名人による大量殺人という話題性や内容の異常性、猟奇性、そしてその結末は世界中に衝撃を与え、その耳目じもくを集め、また事件後も、犯人たちの公判における供述きょうじゅつによって明らかになった常軌じょうきいっした背景がそのたび衝撃を新たにして、三年を経た現在も報道が絶えないことから、読者諸氏しょしにとっても決して忘れられない事件であろう。



 私は今回、事件の被害者のうち唯一生存した女性とコンタクトを取り、取材の承諾を得ることができた。

 彼女については事件の詳細が明るみになるにつれて報道機関が自主規制をき、公的に消息を追う者がいなくなって久しいのは周知の通りだ。

 とはいえ社会復帰は果たせず、現在もある施設に入所したまま、という風聞ふうぶんもまた周知の通りだ。


 約束の日取り、私は施設を訪れた(所在や詳細は伏せることが承諾の条件なので明記しない)。

 午前十一時すぎ、彼女は職員に連れられて歩いてきた。


 唯一の生存者こと小西里香こにしりかさん(仮名)は、現在は二十五歳になっている。

 やがて採光さいこうに差し掛かっても当時の面影は照らされなかった。モデルという輝かしくい肩書を下ろしたあとの日々は、彼女にとって肩書どころか生まれ持った美貌をもり減らす日々だったようだ。


 里香さんは証人として召喚しょうかんされて田口たぐちの第一審にビデオリンク方式で出廷しゅっていしたのを最後に事件とは一切の関わりをっている。

 現在でもおりに触れてメディアに取り上げられる続報や、現在は刑が確定し、受刑者となっている実行犯たちの動向にも関知していなかった。今なおテレビ局等が接触を試みてくる例がままあるようだが、それも全て拒絶していた。


 にもかかわらず私にだけ心を開いてくれたのは、おそらくを話したからだろう。

 とお一遍いっぺんの儀礼をて、私はまずその質問をぶつけてみた。


「今回取材を受けてくれた理由は、私があの映像を見たと知ったからですか?」


「はい。――そういう方なら今までの報道や記事とは違って恐れずに真実を発表してくれると思ったので、今回この話を受けさせていただきました」


「失礼ですが事件の報道は一切ご覧になっていないとお聞きしました。それなのにどうして不備があるとお感じになったんでしょうか?」


 里香さんは小さくかぶりを振って言った。


「そもそも捕まった人たちは関係ありません。事件については本来裁かれるべき人たちがいるからです」

 

 私はここである人物の名前を思い浮かべたが、そのまま口にするのは避けられて質問を変えた。


「つまり『彼』ではない真犯人がまだいるということですか?」


「はい」


 彼女ははっきりと答えた。


 というのは事件にその名をかんせられる名和氏のことだ。彼を主犯と見なしたまま事件が収束したことが一種の偽装に過ぎないと里香さんは確信しているのだった。私と同じように……。

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