転性(TS)したらケモ耳ヤンデレママの娘だった件〜ヤンデレママと最強妹の力を借り、狐娘として生きていく〜

司原れもね

モフモフな姉を目指して

第0話 稲荷寿司

 仕事帰りのグループや、若いカップルで賑わう繁華街の中。

 俺は一人、人混みの中を縫うように進む。


「はぁ……」


 無意識にため息が漏れる。

 今日で三十になると言うのに、未だ独り身のままだ。

 仕事も上手く行かず、上司からは叱られ、後輩には見下される毎日……


 自分で言うのもなんだが、俺は見た目も普通だし、特技もない。会社では、ただ言われるままに仕事をしているだけ。

 もちろん、そんな俺の仕事ぶりなんて誰も評価してくれない。いや、そもそも俺の事を見てすらいないんだろうな……。


「そういや……晩飯……買わないと」


 人ごみを抜けたあたりで思いつく。

 誕生日ぐらいコンビニ弁当以外を食べたい。それと、ケーキも食べたいな。確か、ここら辺に美味しい店があったはず……


 いつもなら避けて通るような華やかな店の並ぶ通りを歩く。

 この辺りは、俺みたいな冴えないサラリーマンが来るような場所じゃない。場違い感を感じながらも歩いていると、一際目立つ看板が目に入った。


白狐しろこコラボケーキ販売中!』


 可愛らしい狐耳の親子がケーキを手に持って微笑んでいるイラストが描いてある。

 最近の若い子はこういう物が好きなのか? よく分からないけど……まあ、たまには良いだろう。

 俺はそのお洒落な店に入って行った。

 店内に入ると、ショーケースの中に綺麗なデコレーションされたケーキ達が並んでいた。どれもこれも美味しそうだ。

 しかし、やはり値段が高い。一番安いものでも2000円以上する。


「あ! いらっしゃいませっ!」


 可愛らしい制服を着た店員さんが笑顔で出迎えてくれた。

 普段、微笑みかけられることなんてないからか、その女性店員さんの笑顔はとてもまぶしく見える。


「えっと……すみません、持ち帰りってできますか?」

「はい! 大丈夫ですよっ」

「じゃあ……表の看板の奴お願いします」

「ありがとうございます! 狐仕立てのホワイトケーキですね! すぐご用意するので少々お待ちくださいませー」


 女性は元気良く返事をして奥へと消えていった。

 さっきまでの沈んでいた気持ちが、彼女のおかげで少し軽くなった気がする。

 待つこと数分、先ほどの女性が戻って来た。手には紙袋を持っている。


「こちらになりますね! ご注文ありがとうございましたっ」

「はい、どうもです」


 お金を払って商品を受け取る。

 ケーキが崩れないように注意しながら店を後にした。

 家に帰る前にスーパーにも寄っていく。

 何を食べるか迷ったが、せっかくだし、狐繋がりで稲荷寿司を買っていくことにした。

 買い物を終えて帰路に着く。

 日は完全に落ちており、街灯だけが道を照らしている。

 今日は足取りが軽いせいか、いつもより早く家に着いてしまった。

 早速ケーキをテーブルの上に置いてみる。


 真っ白い生クリームの上には、白いチョコスプレーが乗っており、冬の大地に降り注ぐ雪を思わせる。

 そして、その上には大小二つの狐の形をしたクッキーが乗っていて、クオリティの高さがうかがえた。


「いただきます……」


 右手で握った小さなフォークを使って口に運ぶ。甘さが口いっぱいに広がる。

 疲れた身体に糖分が染み渡るようだ。

 稲荷寿司の方も開ける。こちらも中々美味しそうだ。

 箸で掴んでゆっくりと口に入れた。うん、これもまたいい感じだ。甘いケーキの後だからだろうか、しょっぱさが丁度良い。

 気付けばケーキを全て平らげ、稲荷寿司も残り一つになっていた。

 最後に残った一つをゆっくりと口の中へ運んで行く。


 刹那―――


 稲荷寿司は箸を滑り落ち、俺の喉を目がけて一直線に飛んできた。

 それはまるで意思を持った生き物のように、俺の気道を塞がんと襲ってくる。


「うぐっ!」


 稲荷寿司をかわすことのできなかった俺の喉は、それに完全に塞がれてしまう。

 まるで水道に栓をしたかのように、呼吸ができなくなった。


 息ができない……苦しい……誰か……助けてくれ……

 薄れゆく意識の中で俺は必死に手を伸ばす。しかし、その手が何かを掴むことはない。

 視界が黒く塗りつぶされていく。ああ……死ぬのか……こんな所で……嫌だ……まだ何もしてな……

 そのまま俺は力尽きるようにして倒れた。

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