プロローグ 出会いは突然に


 妙な窮屈感と、じっとりとした体温で目を覚ました。


 場所は、住み慣れた一人暮らしの1Kアパート。今日は大学の講義がないから、思う存分ごろごろできると惰眠を貪っていたのだが……。


 横で誰かが寝ている。

「――ん?」

 誰か?

 誰だ?


 目を向けると、それは小柄でかわいらしい女の子だった。無邪気な顔ですやすや眠っている。

 麗しい黒髪はショートカットで、水色の花の髪飾りがそれを彩る。丈の長い白いワンピースも、よく似合っていた。


 でも、なんで俺の布団の中に?


「な――」

 一瞬で脳が覚醒する。慌てて後ずさる。あんまり慌てていたもんだから、背中がカラーボックスに強かにぶつかり、時計やらなんやらが落下した。


 その音で少女は目を覚ました。


挿絵(https://kakuyomu.jp/users/allnight_ACC/news/16817330650227572041


 むくり、と上体を起こす。

「わう……おはようございます」

 鈴を転がすような声で、彼女はしゃべった。

 まだ寝ぼけているのか、瞳はぽやんとしている。そのまま、ずり落ちていたワンピースの肩紐を戻す。


「い、いや違うんだ、俺は何も」

「先輩、どうしたんですか?」

「え、どうしたって――」

 俺を見て、何も驚かないのか? 知らない男と共寝していたんだぞ?


「き、君は、なんでここに?」

「なんでって……いつも一緒に寝てます」


 いつも一緒に? そんなはずはない。俺は一人暮らしなのだから。

「きっ、君は、一体誰なんだ?」

 そう言うと、少女は少しむっとする。


「これをよく見てください」

 彼女が指さしたのは、自らの頭だった。よくよく見てみると、白いいぬの耳がついている。


 あれ?

 そういえば少女のことですっかり頭がいっぱいになっていたが、飼い犬――瀬名せなの姿が見当たらない。


「あれ? 瀬名はどこに行ったんだ?」

「耳じゃなくて、髪飾りを見てください。これ、先輩がくれたものです」

「え、それって……」


 俺が前に瀬名にプレゼントして、以来気に入ったのかずっと着けているものだ。それを、どうして見知らぬ少女が着けているんだ? しかも、自分がもらったかのような物言いだし。

 もしかして……。


「せ、瀬名なのか?」

 少女――瀬名はこくりとうなずく。


 瀬名。それは、飼い始めて一年くらいになる、愛犬だった。

 真っ白で小さなマルチーズの女の子で、たれ耳としっぽまで全部もふもふな生きもの。わうわうとかわいらしく鳴き、しっぽをかわいらしくぶんぶんと振る。お散歩と、ほねまんまという骨型ささみおやつが大好きないぬだ。


 それが、人間の女の子になったのか?


「本当に、瀬名なのか?」

「わう、しっぽもありますよ」

 少女の言葉通り、どうやらもふもふのしっぽも生えているらしい。ぱたぱたと動く。


 確かに、瀬名とはいつも一緒に寝ている。小さないぬだから、俺の寝返りで押しつぶしたりしたら大変なので、最近は離れて寝るようにしていたが。


 いきなり見ず知らずの女の子と一緒に寝ていた状況より、一緒に寝ていたいぬが女の子になった状況の方が筋が通っている――のか? いや、そんなことあるはずがない。どう考えてもまだ前者の方が現実味がある。


「なんで人間に……」

「いぬの神様にお願いしたんです」


「え?」

 いぬの神様?


「お願いしたら……叶えてくれたのか?」

「そうです」


「そんな……」

 とてもじゃないが信じられない。しかし、一体どんな理由があれば、俺の家に突然女の子がいることに納得ができるのだろう。事実俺の愛犬の姿は見当たらないし。


 ……きっと、これは夢なのだ。

 俺は再び横になる。


「先輩? 寝るんですか?」

 枕に頭を乗せ直した俺を、少女は不思議そうに覗き込んでくる。


「折角のお休みなんですから、お散歩に行きましょうよ」

 そして、ゆさゆさと俺の身体を揺さぶる。それだけに飽き足らず、ぽん、と俺の上に馬乗りになる。


「う、うわ、乗っかるなって!」

 小型犬に乗っかられるならまだしも、人間の少女に無遠慮に乗っかられたらたまらない。


 少女は顔を寄せてきて、丸い瞳をじっとこちらに向けてくる。

「お散歩行きたいです」


「わ――わかったよ」

 その仕草はまさに瀬名だった。やたら散歩に行きたがるところも。


 彼女の耳やしっぽは、作り物というにはあまりにもリアルに動くし、どうやら信じざるを得ないようだ。

 にしても、いぬ耳はひょこひょこ動くのに、ちゃんと人間の耳もついている。一体どうなってるんだ? そもそもしっぽはどんなふうについているんだ? ……いや、考えるのはよそう。


 どうやら、俺のかわいい飼い犬は、本当に人間の女の子になったらしい。

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