第2話 神の光と宣戦布告

【sideファガン】

「よし……行くかっ」


 全ての準備は整った。14歳で成人を迎え、身につけてきた様々な技、魔力、そして戦闘経験。


 そのすべてをたずさえて、"俺様"は異世界への扉を開く。


 まだ見ぬ未知なる強敵達と戦うため、俺自身が更に強くなるために。


「【ファガン】」


 自分の名を呼ぶ師匠の声に振り返る。そこにはオレンジ色の髪をした美女が立っていた。


「おう……」


 それは我が子の旅立ちを見送る母親のような慈しみに満ちた表情だった。


 幼い頃から俺を鍛えてくれたその瞳は、見た事ないくらいの何とも言えない光をたたえている。


 俺の憧れた人。恋い焦がれた人。届かぬ想いと分かっていた、生まれた時から失恋していた人。


「何年かかっても構わん。無事に帰ってこい。無茶だけはするなよ」


「なんだよ。いつもみたいにぶん殴らないのか?」


「貴様が殴られるような事をしているからだろうがっ。お望みとあらば全力の拳を餞別でくれてやるぞ……」


 冗談めかしていったがこの人は本気でやりかねないので調子の良い発言はほどほどにする。


「さっさと良い女を見つけて童貞捨ててこい。いつまでもガキのままでは"母親"に笑われるぞ」

「わ、分かってるよッ!」


 別れが照れくさいのか、俺の母親はこの場にいない。


 旅立つ前日にたっぷりと餞別をもらったから挨拶は済ませてある。


 "最強の龍神"の名をほしいままにする我が母は、いつもいつも俺を童貞とからかって笑い、慈しみ、強く鍛え上げてくれた。


(母上……まあ行ってくるぜ。帰ってきたら真っ先に勝負挑みに行くからなッ)




 俺は次なる人に目を向ける。


「ファガン、いっそのこと向こう側の世界の帝王になってこい。そんでハーレムでも作ってしまえ」


 その言葉を発するのは俺の父親だった。

 "俺様"の目標としている男。俺が知っている限り、この世界で最強のパワーを持った神たる戦士だ。


 憧れ、目指し、届かぬと理解させられ何度も悔し涙を流した。


 だけど、"俺"は越える。そのために異世界に行くんだ。


「ははは。そうだな。向こうで良い女見つけてくるよ。そんで最強になって帰ってくる。それじゃあ行ってくるぜッ! 俺様の活躍を見ててくれよなっ!」


 強くあるために。更に強くなるために。


 自らを【俺様】と称して俺は自分を高めて行く。


 手を振る人達に別れを告げて、光の門をくぐって旅立つんだ。


 そして俺は旅立った。見送る人達に手を振りながら、まだ見ぬ異世界に胸を高鳴らせながら。


◇◇◇◇◇



「俺様はファガンッ!! "異世界に降り立った"勇者と龍神の息子! この世界の強い奴と、戦いに来た男だぁあああああっ!!」



 俺は堂々と胸を張って高らかに宣言する。


 意味不明な名乗りをされた盗賊達はポカンと口を開いたまま硬直していた。


 まあいきなりこんな事を異世界からきた奴に言われてもそうなるのは無理もない。


 ああ、ちなみに普段は【俺様】と言っているが、それはちょっとした自分を演出するための言葉なのでこっちでは【俺】で通させてくれ。



 男達が呆けている間に、襲われていた少女がこちらにやってくる。


「助けてッ!!」


「あっ、こいつっ」


 すっかり油断していた暴漢達は足を引きずっている女を止める事すら適わなかったようだ。


「お願いッ、盗賊に襲われているのッ。村を焼かれて沢山の人が殺されたッ!」


 少女は必死に訴えてくる。この場を切り抜けるには、この男に盗賊を退治してもらうしかない。


 恐らくはそう考えているのだろう。見たところそれなりに鍛えられているみたいだ。


「おうっ……っとと、イカンイカン。まずは冷静に状況分析を」


 実は既に飛びかかりそうになっていた俺は【師匠】に言われた事を思い出してその足を止める。


 盗賊と思われる男達はこちらの様子を伺っている。


「ま、待ってくれよ。俺達は別に悪い事をしているわけじゃねぇ」


「ほう? どういうことだ?」



 俺は男達の言葉を聞きながら少女の方を向き直って観察する。


「ふほっ!?」

「え?」


「あ、いや、なんでも」


 よく見たらめっちゃくちゃ可愛いッ!! 思わず声が上擦りそうになった。


 向こうの世界でも美人は沢山いるし、うちの家系は顔が綺麗な女性が多いけども、彼女の可愛らしさを全面に含んだ顔立ちは…ぶっちゃていうとモロに好みのタイプだった。


 まさか異世界に降り立って一番にこんな美少女と出会うとは…父上は狙ってやったのだろうか?


 やはりこれが”てんぷれ”というヤツか。


「可愛い見た目に騙されちゃいけねぇ。その女は魔族だ。だから俺達は国からの依頼で仕方なく悪い魔族を駆除してるんだよ」


 魔族? 確かにそれなりに魔力は感じるが、邪気は感じない。どっちかっというと男達の方が濁った気を感じるくらいだ。ただの人間にしちゃ大分強いけど。


 俺がそんなことを考えていると、盗賊達に嘘をつかれたままではいけないと思ったのか自身の弁明を始めた。


「嘘よッ! 私達は誰にも迷惑掛けてない! ただ平和に暮らしていただけの平凡な魔人種族よ」


「魔族、というのはこの世界では悪い存在なのか?」


「確かに昔は人間族と敵対していたわ。でも今は戦争に負けて立場が落ちた。だから誰にも迷惑にならないようにひっそりと暮らしているのよ。私達を虐げてるのは人間族の方よ」


「なるほど。両者の言い分は分かった」


 少女が息を呑む。得体の知れない人間がこちらの味方をしてくれるか考えているのかもしれない。


 だが、俺は一目見たときからどっちの味方をするのかなんて決めていた。


「俺様はこの女の味方をする!!」


「なっ!?」


「てめぇ、話聞いてなかったのかよっ! ここらじゃ魔族は狩りの対象なんだ。奴隷なんだよっ! それをかばうってのがどういう事かわかってるんだろうなっ」


 男達は怒り、一斉に降ろしかけていた武器を構える。


 俺は意にも介さず、淡々と、否、堂々と胸を張って言い放ってやった。


「知らんッ!!」


「なっ!?」


「我が家の家訓だッ! 女を笑いながらはずかしめる奴は、例え神が相手でもぶん殴れッ!」


「え……」


「おめぇらさっきこの女に覆い被さってはずかしめようとしてたよな。その時点で俺様はこの女の味方をすることを決めていた」


 悲鳴を上げている女に覆い被さって笑う男に味方しましたなんて言ったら【師匠】にぶっ殺される。


「だ、だったらなんで」


「話も聞かずに殴りかかったら野蛮人みたいじゃないか。それに、この女がお前らを狩る側かもしれない可能性もあった」


「……ッ!?」


 俺は少女に向き直り、改めてその瞳をのぞき込む。


「な、なに?」


「綺麗な目だ。少なくとも、向こうの濁った目をした男達よりは信じられるな。俺様はお前を信じると決めた」


 そう、何も見た目が可愛いから味方をするわけじゃない。


 こんな綺麗な瞳は、よごれた生き方をしてきた人間にはできないからだ。


「……ッ」


「てめぇっ。見た目で判断すると後悔することになるぞ」


「父上いわくっ!」


 再びの大声に固まる盗賊達。俺は堂々と言い放つ。


「【人の顔には生き様が出る】……少なくとも、お天道様てんとうさまに顔向けできねぇ生き方をしてきたのはどっちなのか、それくらいは見れば分かるつもりだぜ?」


 そう言って男達に向き直り、彼女との間を遮るように立ちはだかった。


 


「さて、まずはこっちの世界の戦闘レベルを試させてもらおうか。向こうと同じだけの力を出せるかどうかも分からねぇしな」


 戦闘態勢に入った俺に一歩遅れて盗賊達は一斉に攻撃を仕掛けようと前に乗り出した――。


 その時だった。


『ウォオオオオオオオオオオオン』


 凄まじい咆哮が辺りを振動させ、全員が動きを止めて声のする方へ視線を向けた。


「し、しまったっ! 森の魔獣だっ」

「あの光でこっちに気が付きやがったのか」

「逃げろッ!!」


 一斉に慌て始めた盗賊達は騎乗してきたモンスターに乗り込み、一目散に逃げ始める。


「なあ、逃げちまったけど……」

「何してるのよっ! 私達もここから離れないとッ」


「何を慌ててるんだ?」


「さっきの雄叫びが聞こえなかったのッ!? この森に住んでいる魔獣よッ。見つかったら一巻の終わりだわっ。逃げないとッ」


「ああ、なるほどなぁ」


 巨大な足音が周りの木々をメキメキと薙ぎ倒す音と共に近づいてくるのを感知した。


「ああ……遅かった……。もう終わりだわ」


 諦めた様子でへたり込む少女を見て、視線を足音の方へと向けた。


『グルルルルルッ……』


 真っ赤な瞳と巨大な牙。巨人と見間違えると思えるほどの巨躯が森の葉を掻き分けて這い出てくる。


 ぎょろりとした瞳でこちらを睨み付け、よだれと共に鋭い牙が並ぶ口を開いて唸りを上げる。


 少女は諦めたようにその場にへたり込む。


「おお、デッケぇワンコだなぁ。うちのフェンリルと良い勝負だ。ああそうか。縄張りでギャーギャー騒ぐから怒って出てきちまったんだな。それはすまんかった」


 なんてノンキなことを言っていたら怒ったのか野獣が怒号を上げた。


「興奮して聞く耳もたないか。仕方ねぇ。ちょっとビビらせて大人しくしてもらおうかな」


「え、な、何をする気!?」

「まあ見てろって」


 少女の肩を叩き、できるだけ明るい笑顔で言い放った。


「心配するな。ちょっとこいつ黙らせるからよ」


 そう言って前に立ち塞がり、腰だめに構える。


 半身になって拳を握りしめ、ギュッと握られた手のひらが徐々に振動を始める。

 体内のエネルギーを高め、手の平に集中させるのだ。


「んんぅうううううっ!」


 ズズズズッ……


「あ、あなた一体……」


『ぐぁっ!?』


 魔獣もその異様な雰囲気に恐れおののき、一歩後ずさる。


「異世界到着の景気付けだ。派手な奴を一発かますとするか!」


 バキンッ、と地面の小枝が踏み潰されて音を上げる。


 それと同時にその身体が激しく真っ白な炎で燃え上がり、やがて手の中心に吸い込まれるように集まっていった。


「改めて名乗るぞっ。俺様はファガンッ! 誇り高き龍帝リリアの息子、【龍神族のファガン】様だっ!」


 轟ッ!!!


 唸りを上げた空気が何かに吸い込まれ、密閉された容器から空気が一気に解放されたように凄まじい風が巻き起こる。


「わぷっ!? す、凄い……」


「景気づけの一発だ。受け取れワン公ッ!」



 それと同時に手が稲光のスパークに包まれ、俺はその手のひらを天に向かって突きだした。


「フォトンッ・レーザーァアアアッ!!」


 森の木々がまるで道を空けるように左右に消し飛び、辺りは視界を真っ白にするほどの目映い光に包まれる。


『ギャ、ギャオオオオオオン』


 獣の雄叫びが断末魔のように響き、辺りを包んだ光に飲み込まれていった。


 ◇◇◇◇◇


 その光は世界に轟いた。


 天空を貫き、空に輝く星々さえも真っ二つに切り裂くような目映い光の帯が上空に飛んでいき、遙か遙か遠い彼方の土地にまで届いたと言う。



 一体何者が……?



 この日、世界は途轍もない何かが現れたことを知った。


 得体の知れない何か。


 途轍もない力を有した何か。


 自分達にとって、凄まじい脅威となる何か。


 まるで世界に宣戦布告しにきたかのような、真っ直ぐな真っ直ぐな、真っ白い光だった。


 東の地で、西の果てで、南に広がる広大な砂漠の真ん中で、最北にそびえ立つ霊峰の頂きで……。


 世界の強者達は、自分達を脅かす何かを感じたという……。

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