緋華の追憶~龍の絆~

浦 かすみ

第一章 黒き龍

第1話 やってきました、主都

「おいおい?お嬢ちゃん?ここは軍の採用試験会場だぜ?畑仕事はよそへ行きなよ~」


「そうだぜ~お嬢ちゃんみたいなちびっ子、試験には受かりっこないから早く母ちゃんのとこに帰んなよ!げへへっ」


煩いなぁ……分かってるよ。でもね、十二才から試験可能だし性別は不問だよ?おじさん達知らないの?私は腰に刺した細身の剣を握りしめた。


私はこの日の為にここに来るために、彼に会うために努力を重ねてきたのだから。


そう、彼はここに居る。今も彼の霊力を感じる。目を閉じれば方角も分かる。実技試験会場の方だ。私はまだ何か言っているおじさん達を無視して、試験会場の方へ歩いていった。


私の名前は彩 凛華さいりんか今月十二才になりました。


実家はこの国、白弦国はくげんこくの主都燦坂さんざかから馬車で移動して一週間はかかる山奥の楼柑村ろうかんむらという所だ。


両親と弟と妹の五人家族。家の裏の小さい畑で野菜を育てて山を一つ越えた満縞ましま州というまあまあ都市部の都の市まで売りに行って生計を立てている。


実は副業でちょっとずるかな?と思いながらも山に入って薬草を採って来ては、煎じて薬として村人に販売もしている。村には常駐する医術士がいないし、私の薬は重宝されている。


何回も言うけれど、これはずるだと思う。だって薬師の知識は前世の記憶だものね。


私、生まれる前の記憶……つまり前世の記憶持ちです。稀にそういう人はいるらしく『追憶の落とし人』と言われて国から重用されるようだ。


私は国には自身の事を伝えなかった。前世の記憶があって良かったね!とはとても思えないことが前世ではあったし……正直、今も両親には秘密にしている。


秘密にしている分、後ろめたさはあった。国に申告すれば特別給金制度が適応されて一定金額のお金が頂けるのだ。家族は決して裕福では無い。自分の記憶を穿ほじくり返されたくないが為に、今の家族に迷惑をかけているのだ。


せめて、前世の記憶で金儲けを出来れば……と言う訳で、薬師のお手伝いをしていた経験を生かして製薬作りで小金稼ぎをしていると言う訳だ。


そんな私は前世の記憶で、大切に大切にしていることがある。


私の前世の幼少期は悲惨なものだった。物心ついた頃から両親からは食事は一切貰えてなかった。食べ物はその辺に落ちているものをかじるだけだった。


水は雨水を飲み、その辺で寝て……お腹が空いたら山で目に付くものを食べてみる。まるで動物のような生活をしていた。この辺りは話したくないことだらけだ。


とにかく逃げるという概念が無かった。これが普通だと思っていたのだ。


ある日、山で木の実を食べていると、初めて見る親以外の人間と遭遇した。それが後に私の養父兼師匠になる范 理旻はんりぶんその人だった。


「お前……幾つだい?」


言葉は母から聞いて覚えていたので、范師匠との会話は当初から出来た。


「五つ……」


その時の范師匠の顔ったらなかった。信じられないものを見たような顔をして、私をまじまじと見ていた。私と出会った時の事を後に范師匠はこう言っていた。


「野生の動物の赤ん坊だと思った」


そうだろうな……と当時を思い出してもそう思う。碌な食べ物も食べていないし、ガリガリに痩せていたし服と呼べない何かの布しか体に巻き付けていなかったし……


そして、人として教育すら受けていなかった私は何の抵抗もせずに、范師匠の着ていた上着に包まれてそのまま保護された。私を抱えて走りながら范師匠は、普通は知らない人について行ったら駄目だなんだぞ!とか連れて行った本人が言うのは如何なものか?と思う言葉をずっと言い続けていた。当時の私は、それのどこがいけないのかも分かっていなかったけれど……


范師匠は私を范師匠の自宅に連れて帰って范師匠の奥さん、范歌楊かようと娘さんの楊那ようなに私を預けた。


そしてその足で村長さん宅に行き、事情を説明して村長さんと共に、私の素性を確かめようとした。


私は生まれて初めて温かい食べ物を頂いて、綺麗なお湯で体を清めて貰い、何が何だか分からないままに今住んでいる所と家族などの話をした。


まあ五才でちゃんと話せたのかは今でもあやふやだけど、私の不衛生な体と痩せ細り方から、大人達は私の生活環境を察してくれたようだ。


村長さんと村の自警団のお兄さん達と范師匠は、山一つ向こうの私の自宅……というか不法に住み着いている小屋に踏み込んだらしい。


その時の状況は范師匠も当時を知る村長さんも、私には何も教えてくれなかった。


「お前は知らなくていいことだ」


その一点張りだった。子供の私には聞かせられない状態で、恐らくそこで両親は……その当時の私はそうなのか、で考えることをやめていた。それは今更考えても仕方ないことだけどね。


その時は目まぐるしい環境の変化に付いて行くだけで、必死だったのを覚えている。


そうして私は范師匠の娘として生活を始めることになった。

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