第7話 ゾンビ襲来
何か手伝えることはないかと考えた結果、私は町の外で堀を作っている大工さんたちへの差し入れを手伝うことにした。
奇跡はいざというときに使えないと困ってしまうため、普通の町娘でもできることをしようというわけだ。
「ザックスさん、お疲れ様です。はい、これ食べてください」
私はアネットのレストランで作ったサンドイッチをザックさんに差し出す。
「おお、ホリーちゃん。ありがとう。もう大丈夫なのかい?」
「はい。もう元気になりました」
「そうかぁ。それは良かったよ。おじさんが今のうちにきちんと堀を作っておくからね。ホリーちゃんは大船に乗ったつもりでいないよ」
「もう。まだおじさんなんて年じゃないですよ!」
「ははは。でももう三百歳だからね。十分おじさんだよ」
「またまた~」
三百歳なんて魔族ならまだ若いほうなのに、ザックスさんはそう言っておどけてみせる。
「それじゃあ、ザックスさん。無理しすぎないでくださいね」
「もちろん。おじさんに任せておきな」
そう言ってサンドイッチ平らげたザックスさんは魔法で次々と深い堀を作り出していく。
ザックスさんの魔力は衛兵になれるほど強いわけではないが、大工さんをしているだけあってこういったことはお手の物だ。
魔法が使えない私としてはなんとも羨ましい。
それからも他の大工さんたちに差し入れのサンドイッチを配ったのだが、どうやら私が倒れたことはみんなに知れ渡っていたようで、行く先々で心配されてしまった。
みんな家族のように暖かくて、私はこの町の人たちが本当に大好きだ。
配り終えてからそんなことを考えていると、一緒に差し入れに来ていたアネットが私のところへやってきた。どうやらアネットも配り終わったようだ。
「ホリー、配り終わった?」
「うん。配り終わったよ」
「じゃあ、戻ろっか」
「うん。みなさん、がんばってくださーい!」
「おーう! ホリーちゃん、アネットちゃん、ありがとう!」
私が大工さんたちに声をかけると誰かがそう答えてくれ、大工さんたちは手を振ってくれた。
彼らに私たちは手を振り返すと、町の中へと戻るのだった。
◆◇◆
ついにゾンビたちが町の近くまでやってきた。森の中からは次々とゾンビたちが這い出てきて、私たちの町を襲わんとうめき声を上げながら近づいてくる。
その様子を私は街壁の上から見下ろしている。
ザックスさんをはじめとする大工の皆さんが一生懸命に作業をしてくれたおかげでとても堀ができあがっており、その底には油を染み込ませた枯れ草が敷かれている。堀に落ちたゾンビを根こそぎ焼き尽くす作戦なのだろう。
私も街壁の上に立ってはいるものの、今のところお手伝いをする予定はない。奇跡を使うのは他に方法がないときだけという約束をみんなとしているのだ。
過保護だと思われるかもしれないが、実はそうではない。
魔力を使い果たすと、人は森での私のように倒れてしまう。そうして倒れたにもかかわらず無理をしてさらに魔法を使い続けると、なんと命を落としてしまうのだ。
そのため魔力を使い果たして倒れた場合は極力魔力を使わず、美味しいものをたくさん食べて体力を回復することが大切だ。そうして体のだるさが完全に無くなってから魔法を使うのが常識とされている。
もっとも奇跡については魔族で使える人がいないため、この常識が当てはまるのかは分からない。
だが先日倒れたことからもわかるとおり、奇跡も魔法もおそらくそう変わらないと私たちは考えている。そのため、魔力を使い果たしたときと同じ対応をするようにみんなから言われているのだ。
とはいえ、もう体のだるさは無いので奇跡を使っても大丈夫だと思うのだが……。
「あんなに来るなんて……」
私と一緒に町の外を見ているアネットが不安そうにそう呟いた。
「うん。絶対おかしいと思う」
「夏の終わりにやったときは普通だったんだよね?」
「うん。去年よりは少し多かったけどね。でも、こんなに一気に増えるはずないんだけどな……」
「……」
私たちは顔を見合わせ首をひねる。
相談したところで何か分かるわけではないのだが、この光景を目の当たりにすればどうしてこんな会話になってしまう。
そうこうしているうちに、ゾンビたちはついに堀の前までやってきた。
「あ゛ー」
「う゛ー」
「あ゛ー」
「え゛ー」
腐臭がこちらにまで漂ってきた。眼下の堀をはさんで反対側には、辺り一面を埋めつくさんばかりのゾンビの群れがひしめき合っている。
「俺たちの町を守るぞ! 撃てー!」
ヘクターさんの号令に合わせて衛兵さんたちが一斉に火球をゾンビの群れに向けて撃ち込んだ。
一斉に放たれた火球が着弾するとゾンビたちは次々と炎に包まれる。すると辺り一帯に腐肉の焼けた不快な臭いが漂い始めた。
その臭いに誘われ、後ろのゾンビたちが燃えているゾンビのほうへと一斉に動き出した。
やがてゾンビたちは他のゾンビたちに押され、次々に堀の中へと転落していく。その中には燃えているゾンビももちろん含まれているため、底に敷いてあった油と枯れ草へ瞬く間に引火した。
ごうっという音と共に、激しい炎が立ちのぼる。
そんな炎の中へゾンビたちは次々と転落していく。腐肉の焼ける臭いは常に放たれ続けるため、その臭いを目指して後ろのゾンビたちが前のゾンビを押し続けているためだ。
一応、これでもう大丈夫だと思うのだけれど……。
燃え盛る炎と漂う不快な臭いの中、私は妙な胸騒ぎを覚えるのだった。
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