それじゃあ復讐劇を始めましょう 後編

「ひっ、め、メアリー、は、こ、これは誤解だ!」

「そ、そ、そうです。女神様の系譜だったなんて、知らなかったのよ!」


 馬鹿王子とジョアンナは抱き合いながら震えていた。さきほどまでの威勢はどこにいったのでしょう。


「私の元いた世界で好きな言葉がありましてね。『目には目を歯には歯を』と『やられたらやり返す、三倍返し』って言うんですけど」

「なッ……何をする気だ」

「わ、私だけは助けてください! お願いします。私は王族じゃないですし!」

「ジョアンナ! お前!」

「なによ、貴方が婚約者をないがしろにしたから──」


 ここに来て二人で言い合いが始まった。なんとも醜い言い争いだ。先ほど真実の愛を語り合った仲とは思えない。


「ソロモン」

「はいはい」


 馴れ馴れしく私を後ろから抱きしめながら顔を近づける。

 そういうのは別に求めてないのだが、大きな猫がじゃれていると思えば良いか。──にしても二人に見せつけたいのかキスをしてくるのは鬱陶しい。


「玉座の間に行くわよ」

「えー、元婚約者は放っておいて良いのかい?」

「ええ。ここで殺してしまっては面白くないもの」

「そっか。じゃあ、最短距離で飛ぶよ」


 私を軽々と抱き上げて転移魔法で一気に玉座へと向かった。抱き上げる必要があるのか謎だったが、口を出すと面倒なので身を任せる。

 それよりもまず国王に会う方が先決だ。

 あの男には返して貰わなければならないものがある。今も身につけている九つの指輪の奪還。


 一瞬で玉座の間に辿り着いたのだが、さすがに大聖堂の鐘の意味に気付いていたのか近衛兵ロイヤル・ガードが出迎える。

 一斉に私とソロモンめがけて銀の槍が飛ぶ。棘で防ごうとしたが、その前にソロモンは背を向けて槍に貫かれた。

 赤銅色の鮮血をまき散らして、その場に崩れ落ちる。

 彼から離れて私は優雅に着地した。

 まったく面倒な男だ。


「や、やったか!?」

「ああ! ピクリとも動かない」

「あとはあの女だけだ!」


 歓声を上げて喜ぶ近衛兵ロイヤル・ガードに対して、奧の玉座には王と王妃が座っていた。

 いい身分だ。

 でも、その場にお前たちはふさわしくない。


 指を鳴らした直後、漆黒の棘が巨大な津波となって近衛兵ロイヤル・ガードを一掃した。数が多かろうと関係ない。

 王と王妃は悲鳴を上げたが、玉座から離れる様子はないようだ。王族としての矜持だろうか。どうでもいいけれど。


「お久しぶりです。国王様、王妃様」


 ドレスの裾をつまんで腰を落とす。完璧な淑女の礼に王と王妃は息を呑んだ。

 この一礼はここに嘗て存在していた女神サラティローズ様に対してであって、王と王妃に敬意を払って頭を下げたのではないのだが、二人は未だ自分たちの方が立場は上だと勘違いしたのだろう。


「あ、ああ……。面を上げるがいい」

「メアリー嬢、今回の件は息子にも落ち度があります。ですから」

「そ、そうだ。我らは女神のことを慕いつねに感謝を──」


 あの息子にしてこの親ありと言ったところだろう。私は彼らの話に耳を傾けずズカズカと階段を上がって玉座に向かう。既に側近たちは棘に囚われて動けない。


「じゃあ、最後のチャンスをあげましょう」

「おお!」

「この国に恩恵をもたらした女神様の名前を言えるの?」

「──ッ!」

「でしょうね。じゃなきゃ女神様の力が衰えるわけ無いもの。貴方たちは何に向かって強請っていたのかしらね。

「それは──」


 玉座まで上り詰めたのち王と王妃を棘によって拘束し、女神様の力を奪った忌々しい黄金の指輪を両腕ごと粉砕した。これで女神サラティローズ様の力も全て私の中に戻ってくる。


 これでサラティーローズ様が消えることはなくなった。

 王の悲鳴が耳障りだったが、これで大方の目的は達成だ。

 王妃は命乞いやら罵倒やら、支離滅裂なので黒薔薇の香りを嗅がせて眠って貰った。

 漆黒の棘はなおもこの国を覆い尽くす。


「ソロモン、いつまで死んだぶりしているの。置いていくわよ」

「あー、バレてた? ちょっとは心配した?」

「全然」

「なんだつまらないな」


 玉座の間で倒れていた彼はため息交じりに起き上がった。貫かれた背中に傷はない。破れた服も元通りに戻っている。

 王は目を見開き、悲鳴を上げた。すでに王らしさなど微塵もなく、年老いた哀れな男にしか見えない。


「それでは要件は済んだので失礼します」

「じゃあね~」


 相変わらず密着して私を抱きかかえたソロモンは、転移魔法を発動し、玉座の間から国の上空へと移動した。

 夜明け前の空は空気が澄んでいるのか、風が心地よく感じた。


 この世界における神様もまた元の世界に似て、恵みと厄災の二つの側面があった。神社仏閣で崇める神と、自然災害や怨念によって神の側面として生み落とされた妖怪あるいは祟神。表裏一体として解釈した場合、この世界において私は女神の側面悪役になると決めたのだ。


 優しい女神サラティローズ様を守るために、ずっとこの地に縛り付けられ、罵られ、奪われ続けてきた怨嗟を解放する。

 黒い棘はあっという間にロザラウルス国を覆い尽くした。

 誰も逃さない。報いは受けてもらう。


「それで次はどうする? 景気よく頭上から隕石でも落としてみる?」

「そんなことしてどうするのよ。あと何処触っているの」

「えー、いいだろう?」


 やたらベタベタと密着して暑苦しい。そんなに女に飢えているのなら私以外で満たしてくれないだろうか。


「俺たち一蓮托生の共犯者なんだ、もっと仲良くやろうぜ」

「イヤよ。手は組んでいるけれど馴れ合うつもりはないから」

「ええー、酷い。せっかく新婚旅行のプランまで考えたのに」


 潤んだ瞳で見つめても私には通用しない。

 そんなので落ちるような女ではないのだ。残念ながら。


「死にたがりは好きじゃないの」

「残念。でもじゃあ、賭けをしよう」

「賭け?」


 ソロモンは自信満々に色気たっぷりの笑顔で囁く。


「そう。俺を殺してくれるのが先か、俺に惚れるのが先か」


 享楽主義にも困ったものだ。

 神様にも色々いるのだろう。

 は女神様とは異なり、この土地に体の一部を封じられたという。全ての体の部位が揃わないと死ねないらしい。

 今の姿は仮のようなものだとか。


 元の世界では復活させないために、遺体をバラバラにして祀っている神社仏閣があったが、この世界ではどうやら意味合いが違うようだ。

 人間味があり女好きで、距離が近く馴れ馴れしい。

 何故好かれているのかまったく分からないが、協力者として彼の手を取ったときに決めた約束事は守りたい。


「そう。じゃあ、約束通りちゃんと貴方を殺してあげるわ」

「いいね。メアリーのそういうところが俺は好きだよ」

「意味が分からない」

「はははっ(君はたちを思って泣いてくれる子だから)俺は君を愛しているって話」

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