第31話 お嬢様の様子がいつもと違います③

 4限の授業中。窓の外では梅雨らしく雨がザーザーと降り注いでいた。止む気配はないので、恐らく天気予報通りに1日中雨だろう。


 教室内はまるで図書館の様な沈黙に包まれている。

 そんな中、ペンが走る音、そして雨の音だけが響き渡っていた。


 今の時間は数学の時間。

 数学担当の木和田先生の授業は3回に1回程度、授業時間の半分を練習プリントを配り、終わった人から授業終了としている

 実は1番の得意科目が数学である俺は既にプリントを提出してしまい本日の4限は個人的に終了となる。

 しかし、今から学食や購買に行っても入れないし、授業中に校内をフラフラしてるのを見つかれば反省文だ。なので早く終わっても大したメリットはない。

 大人しく机でスマホでもいじる事にするか。

 木和田先生は他の人の邪魔にならなければスマホ使用は黙認してくれる先生だ。これで良い先生、と断定するのはちょっと違う気がする。要は「俺の邪魔しなければ何でも良い」状態なのだから。しかし、現実はそういう先生の方が生徒に人気なのだから皮肉なものだな。

 しかしながら、木和田先生は授業が分かりやすいし、質問もしやすいので別に俺的には嫌いな先生ではない。


 という事で、堂々と机の上でスマホをいじり倒す。

 隣では夏希が悪戦苦闘しているのが分かる。機械弄りが好きなのに数学苦手なんてな……。機械と言えば工業系。工業系といえば数学というイメージは俺だけか?


 いや、イメージなんて人それぞれだし、数学出来ないからって機械弄りが下手とかじゃ――夏希の奴、よく壊してるって言ってたな。ははっ。


 ま、なんでもいっか。フェ◯トでもしよ。暇だし。


 そう思っていると、スマホ画面の上に新規メッセージの通知が来る。


 この時間に来るという事は大体がアヤノである。

 たまにサユキがかまちょしてくるが。


 メッセージ通知をタップして開くと送り主はアヤノと判明した。


『ぴえん。数学闇深すぎて逃げたい定期』


 そして連続でメッセージが届く。


『昼休みとりま秒で自販機前でよろ』


 最後にウサギのヌタローがバイクに跨ってグッジョブしてくるスタンプが送られてくる。


 相変わらず文面だったらキャラが変わる奴であるな。


 俺はメッセージを読んだ後に後ろを振り向く。

 すると、まさか俺が振り向いて来るとは思わなかったのか、アヤノがピクッとのけぞった。


「分からない所あるのか?」


 そう聞くと目を逸らされる。


「べ、別にない……」

「え? あ、ああ、そうなの? 闇深いとか、逃げたいとか言ってたから分からないのかと」

「あ、侮らないで。私の成績はい、良い」

「そ、そうか。なら良いけど」


 確かにクールキャラでこの見た目だもんな。

 外見的には勉強が出来るイメージだ。

 それに父親がお医者様だから、そりゃその血を受け継いで成績優秀なことだろう。

 いらぬお節介だったようだ。


 俺は前に向く――と見せかけてもう1度アヤノの方を向く。

 2回目もピクっとのけぞった。


「な、なに?」

「昼休み、今日は学食の気分だからそれ食ってからでも良いか?」

「べ、別に、か、構わない」


 視線を逸らされながらも了承を得たところで、俺は身体を前に持って行った。




♦︎




 給料が入り、軽く金銭感覚という物が麻痺した俺は学食で欲望のままにたらふく食った。

 ベルトを緩めてお腹を撫でながら学食を出る。

 雨が降っているので手間だが傘をさして指定された場所へとやって来る。

 今日も今日とてアヤノがポツンとベンチに座っていた。

 テーブルにはあの弱い光を放っている自動販売機から買ったであろう缶ジュースが置かれている。


 しかし1つ疑問に思う点があった。


「あれ? 飯食べてないの?」


 そうである。

 アヤノは今朝立ち寄った、コンビニで買ったサンドウィッチやら何やらに手をつけて無かった。


 俺の言葉に視線を合わせずに答えてくれる。


「食欲ない」

「おいおい。まじか? アヤノ、まじで体調不良なんじゃないのか?」


 俺が隣に座り彼女の顔を覗き込むと視線を逸らされる。


「だから……。大丈夫だよ」

「でも、食いしん坊が昼飯食わないなんて……」

「私、食いしん坊じゃないけど」


 女子にしたら食っている方だと思うが……。


「まぁ……。大丈夫なら良いけどさ……。それで? ここに呼び出すって事はまた何かのノルマか?」


 大体ここに呼び出された時は仕事の話で、前はここで『足を速くしろ』とのミッションが入ったからな。あまり良い予感はしない。果たして今日はどんな事を言われるのやら。


「その……。あの……」


 アヤノはモジモジと躊躇っている様子である。


「えっと……」


 話が進まないので俺から仕掛けてみる。


「――もしかして『お前はイケメンじゃない』って追い討ちでもかけたいのか?」


 ジト目で言ってやるとアヤノはワタワタとしだした。


「ち、違う。そ、そんな事わざわざ言わない」

「言ってましたよね? さっき」

「あ、あれは……。あれだよ!」

「あれ?」

「――過去は振り返っちゃダメ」


 どの口が言っとるんだ……。


「なぁアヤノ? 何かあったのか?」


 朝から様子がおかしいので、俺は本気で心配した顔をしてアヤノに問いかける。

 俺の顔をチラリと見て本心を察したのか、アヤノが小さく言ってのける。


「何かあったよ……。あったでしょ……」


 あったよ、から言い直して、あったでしょ……。

 その言い方から俺も知っている内容と捉える事が出来る。となると、朝から様子がおかしいのは、やはり泣いてしまった件だと思われる。


「リョータローが悪いんだからね」


 そう言って立ち上がる。


「そう! リョータローが悪いんだから! リョータローがあんなに美味しいカレー作るから泣いちゃったんだから!」


 情緒不安定なのか、先程までのモジモジとした態度から一変、今度は強気に言ってくる。


「おいおい。美味しい料理なら良いんじゃないの?」

「ダメだよ! ダメじゃないけど! ダメなの! ダメじゃないけど!」

「どっちだよ」

「わっかんないよ! もう!」


 駄々っ子みたいに言ってのけてズドンと座る。


 無表情キャラが崩壊して困惑の顔を作り少し息が荒くなっていた。


 その顔が何を意味しているのかは俺には分からない。


「アヤノ……。泣いた理由……。聞かせてくれてないか?」


 追求はしないでおこうと思ったが、情緒不安定な彼女を思い聞いてみる事にする。

 お父さんの話から予想は出来るが、彼女自身の口から聞いていない。話す事で多少は楽になるかもしれない。


 そう言うと間を置いて、アヤノは呼吸を整えると小さく語り出した。


「――カレーは……。カレーはね……。ママとの思い出の料理なの……」


 予想通りの答えであるが、ここで「知ってた」とか「お父さんから聞いた」みたいな水をさす様な言葉を放ってしまうと場がシラけてしまうので、初めて聞く感じで相手の話を聞く。


「物心ついた時に初めて食べたママの料理。元気がない時にはいつも作ってくれて私を笑顔にしてくれる料理。そしてママが作ってくれた最後の思い出の料理……」


 そして俺を見つめる。一瞬だけ視線を逸らしたが、すぐに見つめなおしてくる。


「だからリョータローの作ってくれたカレーがママのカレーに似ていて……。ママの事思い出して……。泣いちゃって……。だから……。その……。なんていうか……」


 歯切り悪く言った後にまたまた視線を逸らして言ってくる。


「ありがとう……」


 照れながら言ってくる。


「どういたしまして」


 そう返すとアヤノは照れた様な声を出して言ってくる。


「リョ、リョータローのせいだからね! 泣いちゃったの! リョータローのせいなんだから! だから……」


 顔をまるでリンゴの様に真っ赤に染めて行ってくる。


「これからも私の為に料理作らないとダメなんだからね」


 そう言われて俺は小さく微笑んで返す。


「お嬢様のお申し付けなら仕方ないな。仰せのままに」


 少し執事っぽく言うとアヤノは「なにそれ……」と小さく笑った。


「あー! お、お腹空いちゃったよ……」


 アヤノはスッキリしたのか、そう言ってコンビニの袋の中を除く。

 そこからサンドウィッチを取り出す。


「リョータロー」

「んー?」

「コンビニのご飯だけじゃお腹一杯にならないから購買で何か買って来て」

「は? おまっ……。もう昼休み終わるぞ」

「大丈夫。それまでには食べ終えるから」

「え? まじで行く流れ?」

「流れ。これが今日のノルマ」

「お前ってホントいい性格してるな」

「どうも。ありがとう」

「褒めてねーわっ! ったく」


 俺は頭を掻きながら立ち上がる。


「なるはやで」

「やかましっ! 適当に買ってくるからな!」

「センスに任せた」


 はぁ……。と溜息を吐いて雨の中、彼女の言う事を素直に聞く。ノルマと言われちゃ仕方ない。それが仕事なら割り切るしかないからな。

 

 でもまぁ人に何かを話すというのはやはり効力があるな。

 アヤノが元に戻ったというか、前より明るくなったというか……。

 気になるのは彼女の顔が依然赤い事だけであるが、元気そうなので大丈夫だと思われる。

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