第22話 特訓の日々は続きます
波北 綾乃の体育祭へ向けての特訓は困難を極めた。
出来ない腕振り、直らない内股。フォームだけで数日が取られてしまい、ようやく形になったところでの実践ダッシュを試みるが、走るとなるとフォームが崩れてしまい、次は走る時にフォームをいかに崩さないかに時間を取られる。
そして数日後、彼女はフォームを崩さずに走るという事が可能な美少女へと進化を遂げた。
ここまででやっと基礎。
次はリレーのキモでもある受け渡しだ。
受け渡しはリレーに置いて心臓部といっても過言ではない程に重要性が高い。
受け渡しがグダグダになってしまった、そんなコンマ0秒が勝敗を左右すると言えるだろう。
いかにスムーズに受け渡しが出来るかが勝敗の鍵を握る。
しかし!
俺は波北 綾乃という人間を侮っていた。
バトン代わりの長細い筆箱を持たせて走ると――あら不思議。女の子走りに戻っちゃった。
不器用とかそんなレベルじゃねー……。
オーバーワーク! 賃金と仕事量が合ってねーぞ! この仕事!
そんな特訓の日々が続いて、体育祭も近づいて来た今日この頃。
天気は曇り空。今にも雨が降り出しそうな天気となっている。
そんな天気の中、いつもの自販機前に集まっていた。
慣れというのは恐ろしい。最早、体操服で集合しアップを始めている感じは運動部さながらである。
「リョータロー今日はどんなメニュー?」
「今日は実践方式で行くか。バトンの受け渡し」
「分かった」
彼女はバトンを持っても正しいフォームで走れる様になり、今ではバトンの受け渡しも出来る様になった。
今日はラストの調整みたいな物である。
そしてアップが終わり、実践方式の全力で走ってのバトンの受け渡し。
俺が走って、アヤノが受け取り、アヤノが走って俺に渡す。
「おっ……けー!!」
俺は手を大きく叩きながら大声で叫んだ。
ミッションコンプリート。
フォームを訂正したおかげで足も速くなった。そりゃ勿論、めちゃくちゃ速くなった訳ではなく、客観的に見て『普通』と呼べる、誰に見られても恥ずかしくないレベルまで達しただろう。
瞳が熱くなる。涙が出そうだ。感動している。よくやったよ――俺。
ここまで超長かったもん。
これ仕事じゃなかったらまじで見捨ててるぜ?
ほんとそのレベル。
いくら俺が美少女好きだからって、こんな事2度とごめんだわ。
もう嫌だ。もうまじで嫌だもん。シンプルな感想しか出ない。もうまじで嫌。疲れた。本気で疲れたもん。
「無難な走りに成り下がったけどよしとする」
上から目線でアヤノが言い放つ。
どんだけあの走り方が良かったんだよ。
そう思ったが、もうどうでも良い。感無量よ。今は何を言われても仏様の様に笑って許せる。俺の寛容さは今やオカン級だよ。
俺は達成感というオーラに包まれていた。
「本番までこの感じを忘れるなよ。そんじゃ帰るか」
コクリと頷いて2人して自販機前から去ろうとした時だ。
ザァァァァ。
雨が降り出した。
「降りやがったか。予報では夜からって言ってたけど保たなかったな……」
しかし、幸運にもここは短いトンネルの様な空間なので、頭上から降り注ぐ雨に打たれる事は無かった。
そして梅雨時なので勿論傘は常備してある。
テーブルの上に置いてある鞄の中から折りたたみ傘を取り出してアヤノに問いかける。
「アヤノ、傘持って来てるよな?」
「制服と一緒に更衣室に置いて来た」
「そうなんか。そんじゃ、傘貸してやるから取りに行って来いよ」
そう言って俺は折りたたみ傘をアヤノに差し出す。
「リョータローは?」
その質問は着替えなくて良いのか? と捉えて良いのだろう。
「俺は制服とか鞄の中に突っ込んでるから。ここでパッと着替えるよ」
「そう。では遠慮なく――」
アヤノが俺の傘を受け取ろうとした時、天空から光が放たれた。そして天の怒りの様な音が地上に響き渡った。
「うはぁ。でっけー雷だったな」
トンネルの様な空間から外の様子を見ると、先程に比べて雨が強まった気がする。
「――ん? アヤノ?」
アヤノは手を差し出したまま固まっていた。
「おーい?」
まるでメデューサにでも会ったかの様に固まっている。
「アヤノー?」
肩をポンポンと叩くと小さく反応があった。
「平気。ちょっと驚いただけ。別に苦手ではない」
「まだ何も言ってねぇよ?」
「そう」
アヤノが言った瞬間、先程とは比べ物にならない大きな雷が響き渡った。
その瞬間、アヤノが正面から俺に抱きついてくる。
「ちょ? アヤノ!?」
彼女が抱きついてきた瞬間に柔らかい感触が。バイクに乗せた時の背中越しのおっぱいの感触よりも、正面からの感触はまた違った物があった。
だがしかし、そんな感触よりもずっと破壊力の高い物がある。
それはアヤノの香りだ。
水野とは違う、優しくて、甘くて、俺の男性フォルモンが活発になる様な、ずっと嗅いでいたい匂いを放ってくる。
バイクの時は全然気が付かなかったが、アヤノの奴こんなに心地良い匂いがするんだな。
これは強烈だ。ずっとこのままでいたいって気になるぜ。
まさか嗅覚が感触を超えて来やがるなんて……。もしかしたら俺は匂いフェチなのか?
「きゅ、きゅーにどしたよー?」
動揺して高い声が出てしまう。
俺も健康的な男子高校生。こんな匂いをずっと嗅いでいたら、エロい事しまくりたくなるので、彼女の肩に手を置いて離そうとした。
だか、その時にようやく彼女が震えているのに気が付いた。
そんな震えているアヤノを見てまずエロが消えた。
「大丈夫か?」
本気で心配してしまう。
「平気」
その言葉でコケそうになった。
何でこの子は強がってるの?
「嘘付けよ」
「ホント」
「だったら離れてくれ」
「分かった」
そう言ったが離れる気配がない。
「離れる気ないね?」
「リョータローが怖がっているからこのまま居てあげても良い」
「凄いね。その発想が今瞬時に出るの凄いわ。逆転の発想ね」
「リョータロー震えている」
「それはおめーの震えだよ」
これ以上は理性が限界なので力を込めて引き剥がす。
軽口を叩けるんだ。重症ではないだろう。
「大丈夫なのか?」
アヤノを見ると無表情なので良く分からない。
だが、まだ身体が震えているのが分かった。
「平気。折りたたみ傘貸して。着替えてくる」
そう言って折りたたみ傘を取ろうとするが、俺は渡す気は無かった。
「やっぱりダメ」
「どうして? 濡れた体操服のスケブラが見たいの?」
「ち、ちげーわ! 君凄いね! 震えながらボケかましてくるなんて天才かよ」
「ボケではなく本気でそう思った」
アヤノのスケブラ……。うん。いいね。
「コホン! ともかく! 俺も一緒に更衣室まで行くよ」
「え?」
「相合傘。アヤノがどう思おうが、相合傘して更衣室まで行くから。決定な。そっちのが2度手間にならないし」
2度手間にならないというのは本当だが、相合傘をする意味は他にもある。
それに気が付いてくれたのか、アヤノは何となく嬉しそうな表情を見せてくれた気がした。
「私と相合傘したいの?」
「じゃあ、そういう事で良いよ」
「そう」
アヤノは呟いて、続けて質問してくる。
「一緒に着替えたいの?」
「中までは行くかいな! 外で待っとくに決まってるだろ!」
「そう。裸は堂々と見てくるのに?」
「もしかして、それちょいちょいこれからぶっ込んで来る感じ?」
「冗談」
もしかしてコイツ根に持ってんのかな? いや、それならあの時隠せよ!
「あー! ほらほらさっさと行こうぜ」
俺は折りたたみ傘を解放してアヤノと2人歩き出す。
傘の中に俺とアヤノの2人が入るには少々狭かったので、俺は右肩を少し犠牲にアヤノ側に傘を持って行く。
チラリと俺を見たアヤノは俺の左肩にアヤノの右肩をぶつけてくる。
「お? 攻撃か?」
「リョータローはたまに攻撃したくなる」
「ドSか!」
見た目と性格とは違う発言にツッコミをいれる。
「――ありがとう」
「んー?」
「分からないなら良い。ともかくありがとう」
アヤノの礼の意味するのが何となく分かった気がするが、それを「どういたしまして」なんて言うのはおこがましい気がするので、気が付かないフリをしておこう。
それにこれはわざわざ礼を言われる事でもなし。
震えている女の子がいれば一緒にいてあげるのが男の仕事。
相合傘で男が女の子より多少濡れるなんて当然のことなのだから。
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