第6話 波北 綾乃とショッピングモールへ来ました②

 ようやく。ようやくよ。ようやく本来の目的である食材集めに専念出来る。

 ここまで来るのに変に疲れて、もう早く帰って寝たい。

 まさかここに来る前はランジェリーショップへ行くなんて微塵も思ってないからね。妹と来ても気を使ってくれて外で待っててって言ってくれるからね。

 逆に言えば波北は俺を男として意識していないという事なんだろう。それはそれでちょっと悲しいかも――。


 ともかくだ、食料品売り場に到着して慣れた手つきでショッピングカートにカゴを乗せて野菜コーナーから攻めて行く。

 相変わらず波北は俺の左斜め後ろをキープして付いて来てくれる。

 さてはて、何を買おうかなー。何て思いながら、ふと気が付いた。


 俺、結構金使ったね……。

 まさか普通に買い物するなんて思ってなかったから、そんなに財布の中は潤ってなかったよ?

 そもそも財布の中にいくら入ってたかな? ちょっと把握出来てなかった。


 えーっとだ……。ともかく何を買ったか頭で思い返す。思い返す程買い物した訳じゃないがね。


 本屋で本を2000円分お買い上げ。

 そして波北のブラジャーで――ブラジャーでおいくらいったのかしら?


 まぁいくら使ったかは置いといて、現時点で財布の中においくらあるのか確認しなければ。


 俺は先程返してもらった自分の財布を覗き見る。

 中にはお札が2枚しか残って無かった。これが万札だったらハッピーだったね。つまり2000円だけ。

 おっと……。これで2人分ですか? いや庶民的な料理なら充分だけど、この人お嬢様だからな……。


 あーやっべ……。どうしよう……。お嬢様のディナーの相場って何万円よ!?


「波北?」


 俺は振り返り彼女に問う。


「なに?」

「本当に何でも良いのか?」

「構わない」

「本当だな?」

「大丈夫」

「文句なしな」

「言わない」

「――OK」


 もう本人が再三言っているのだから良いや。

 それに、そもそもここの食品売り場自体が庶民用だから、もう何でも良いだろう。


 頭の中で今日の献立を秒で計画して歩みを再開する。

 俺は野菜コーナーからほうれん草を手に取りカゴに突っ込む。


 その時、波北が何となく、何となくだが苦い顔をした気がした。

 見てみると変わらぬ無表情だけど――。


「ほうれん草苦手だった?」

「別に」

「そ」


 本人がそう言うのであれば、俺の気のせいだろう。


 続いてコーナーを曲がり乳製品コーナーへ行き、バターと生クリームをカゴに突っ込む。


 その時、波北が明らかに右往左往してカゴを覗き込んで来ていた。無表情だけど。

 どうやら何を作るのかは気になるみたいだな。何も言ってこないが。


 そして乳製品コーナーを越えて魚屋コーナーへ入っていき、そこでヤリイカと明太子を購入。


 ここいらで段々と何を作るか予想できてきたかい? お嬢様よぉ。


 話が出来る子――妹なら


『分かった! 明太子パスタ?』

『正解だ!』

『ご褒美にチョコレート買って良い?』

『ああ。2個良いぞ』

『やった。ありがとう兄さん』


 そんな会話が出来るだろうに……。

 アイツって気が付かなかったが、コミュ力高いんだな……。

 そりゃバレンタイデーに逆に男からチョコレートもらうわ……。

 いや、男の方もおかしいだろ! 100歩譲ってもホワイトデーに渡すだろ! いや、それもチョコレートあげてないから意味不明だけどな!


 そんな妹のありがたみを噛み締めて麺を買いに行こうとした所、目的地目前で波北が俺を抜かして左折する。

 なぜそこで左折? と思い、彼女の後を追うと、そこは子供のパラダイス、お菓子売り場だ。

 波北は躊躇なくお菓子を選抜してカゴに放り込んで来る。まるで運動会の玉入れの様に。


「ちょちょちょーい」

「なに?」


 最後の1個を入れ終えた後に彼女は首を傾げた。


「いや、良いんだよ? 別に良いんだ。全然良いんだけどさ――全部ポテチじゃない? しかも全部うすしお味」


 そうなのだ。

 彼女がカゴに入れた物は全てポテトチップスだ。しかも同じ味だ。


「何か問題?」

「飽きない?」


 そう尋ねると波北はカゴからポテトチップスを2つ取り出す。


「この会社のポテトチップスはかなり薄味で、揚げ時間が短い。対してこっちは少し濃い塩味」


 2つを戻して、違うポテトチップスを取り出す。


「これは最近出た新作。これは復刻された懐かしのポテトチップス」


 2つを戻して、違うポテトチップスを取り出す。


「これは――」

「あー! 分かった分かった。違うのね。分かりました。了解です」

「分かったなら良い」


 そう言って説明しようとしたポテトチップスをカゴに戻す。


 こいつポテチジャンキーか……。うすしおオンリーの……。


「行かないの?」

「ん?」

「もうレジ?」

「あ、ああ。いや、まだ買いたい物ある」

「分かった」


 突っ立っていたのをツッコまれてしまう。

 早く帰りたいのだろうか? お腹が空いたのだろうか? しかし、別に急かされた訳じゃないだろう。それならば先に帰るはずだもんな。何やかんや言っても買い物に付き合ってくれてるからな。


「次はパスタコーナーだ」

「今日の晩御飯はパスタ?」

「ああ。嫌か?」

「嫌いじゃない」

「嫌いじゃない……。ね……」


 その言い方はあまり好きじゃないけど、まぁ嫌いじゃないなら食べてくれるだろう。




♦︎




 ショッピングモールを出ると辺りは薄暗くなっていた。

 もうすでに暑い位になっている外の気温も、この時間になると涼しさがある。

 日の出も日に日に遅くなって来ている今日この頃。

 食料品だけ買いに行く予定だったのに、色々と普通に買い物をしてしまい、結構時間を喰ってしまったみたいだ。

 スマホを見ると19時を過ぎた辺り。そりゃ日の出が遅くなって来てるとはいえ暗くなってくる時間だわな。

 ――そういえば、俺は何時まで働けば良いの?

 19時っていえば、母さんなら普通に家にいる時間だけど――。


 ――はぁ。まぁ仕事中に買い物してた分は労働時間から省くと言う事で、晩御飯作るまでが仕事だもんな。

 それまではキチンと働くさ。

 午後の10時までに帰れたらそれで良いや。

 俺のコンビニバイトがその時間位に終わるから、それを基準として考えよう。


「持つよ?」


 ショッピングモールを出て手を差し出してくる波北。

 俺の両手には食料品の袋と本の袋。

 それを持ってくれると言うのだ。

 案外優しいな――いや、最初から荷物は持つと言ってくれているか……。


「良いよ。全然重くないし」

「そ……」


 今回もあっさり引き下がる。

 彼女の気遣いはありがたいが、本当に重くないのでこれくらいは余裕だ。

 荷物関係の話題が浮上したので、ふと気がつく。


「あれ? そういえばあれは?」

「あれ?」

「あの……。ブラジャー」

「店で着けたから、袋は貰わなかった」

「あー。まぁそりゃそうか」


 着けてるなら普通袋貰わないか……。


 というか、あの俺が選んだピンクのブラジャーを今、波北が着けているのか……。

 何か興奮するな……。あ……。やべ……。ちょっと勃ったかも……。


「見てみる?」


 感情のこもっていない言葉だった。


「な、なな何を言っとるんだね!? チミは!?」


 しかし、俺は焦ってしまう。

 焦るだろ。いきなり下着姿見る? なんて言われれば。


 てか、そりゃ見たいですよ! じっくり観賞したいですよ! だってアナタ美少女ですもん! と素直に言えるはずもなく、動揺の声が出てしまった。


 そんな俺を見て波北は話題を続ける。


「裸は普通に見てきたのにブラジャー着けてる方が見るの恥ずかしいの?」

「ちょ……。待って……。もしかして俺詰められてます? あ、あれワザとだと思ってる? ワザとじゃないよ? ましでワザとじゃないから」

「それは分かってる」

「だったら掘り返さないで下さい。お願いします」

「恥ずかしいから?」


 何で俺がそんな質問されるんだ? 普通恥ずかしがるのはそっちだろ?

 

「恥ずかしいっつうか……。その話題は……。俺も男だし……。その……」

「興奮したの?」


 言っちゃったよこの子。オブラートに包もうとしたのに。


「し、してません。してませんよ! 断じて」

「そう」


 あっれ? もしかしてシラけちゃった感じ?

 いや、でも興奮したって素直に言ったら、俺完璧に変態じゃん。

 

「ほ、ほらほら。早く帰ろう。晩御飯遅くなっちまうぞ」

「分かった」


 別に急がなくてもすぐに着く距離だからわざわざそんな事言わなくても良かったが、この会話を続ける自信がない。


 ――もし素直に見たいと言えば見してくれたのかな?

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