クーデレお嬢様のお世話をすることになりました

すずと

第1話 波北 綾乃のお世話をすることになりました

 俺の高校の同級生で同じクラスに波北 綾乃なみきた あやのという少女がいる。

 身長は160cmほどで美しいストレートロングの髪が特徴であり、顔つきは大きく澄んだ目に整った鼻、少し色っぽい唇をしていて誰が見ても美しいと判定する文句なしの美少女だ。

 まるで絵画から出てきた様な――。

 アニメの世界からやってきた様な――。

 そんな比喩表現では収まりきらない程に美しい女性である。

 しかしながら彼女も人間。顔が完璧でも欠点がある。

 それは感情を表に出さない。つまりは無表情、コミュニケーション能力不足なのである。

 喋れない訳でも、声が出ない訳でもないので話しかければ返答があるが、基本的に長文は話さずに短文で済ましてしまう。

 それでも彼女を狙う男子達は多い。だって美少女だから。

 しかし会話が成り立たずに挫折していく奴が大半だ。

 その中でも告白する男子達もいる。だって美少女だから。

 結果は全員玉砕なんだけどね。


 正直、俺は苦手なタイプだ。

 話が出来ないと何も出来ないし、いつも無表情なので何を考え、何を思っているのか分からないので怖い。


 そんな彼女とはただのクラスメイトで絡む事もなく進級していくのだろう。

 そして違うクラスになり卒業して別々の進路へ――。

 俺の人生で関わる事のない何の縁もない人物なのだろう。


 そう思っていたが、人生とは本当に分からないものである――。




♦︎




「――涼太郎りょうたろうくん。君に娘の身の回りの世話を任せても良いかな?」


 午後9時――。太陽は既に顔を引っ込めて、綺麗な月が夜空に見えていた。

 高層マンションの最上階。

 まるで超高級ホテルみたいなリビングの高そうなダイニングテーブルで向かいに座っている年齢詐欺かと思える位に若々しい中年男性が俺に言ってくる。


「え!? 身の回りの世話? 僕がですか?」


 突然の提案に驚いた声を出すと中年男性は交渉してくる。


「お給料は弾むよ?」


 つまりは娘さんの身の回りを世話をする【バイト】という事で良さそうだ。


 正直、苦手なタイプの女の子の世話をするのは――。

 なんて思ったが、俺もやはり人間だ。お金が絡むと弱い。給料を弾むと言っているのだから、恐らく今のコンビニバイトよりは給料が貰えるだろう。

 しかし――うぬぬ……。

 考えてみたが、これは俺と彼だけの問題ではない。


 「いや……。すぅ……。でも……」


 チラリと俺の隣に座っているストレートロングの髪の美少女を見た。


 まるで天界から舞い降りてきた女神の様に美しくも儚い美少女が先程俺が作った明太子パスタをフォークとスプーンを使い、音を出す事なく完璧に使いこなして姿勢正しく口に運んでいる。


 俺の視線で何が聞きたいか察した中年男性は女神の様な美少女を見た。


「綾乃? どうだ? 涼太郎くんに任せても良いだろうか?」


 中年男性――綾乃と呼ばれた美少女の父親が優しく、気を使う様に質問する。

 彼女は父親の質問に対して1度フォークとスプーンを置いて、テーブルに置いてある布ナプキンを使い、口を拭いて父親を見た。


「構わない」


 イメージで言えば冷たい氷の息を吐き出している様な声が小さく聞こえてきた。

 その娘の台詞に父親はニコッと笑顔になる。


「本気か? 波北?」


隣の美少女に問うとノールックで頷かれる。


「構わない。でも――」


 そう言ってこちらをジッと見つめた後に言ってくる。


「アヤノ」

「ん?」

「私の事はアヤノと呼んで」

「それは良いけど……。雇用関係的には『お嬢様』とか『綾乃様』って呼んだ方が良いんじゃ……?」


 少しだけからかう様に言ってみると彼女は小さく首を横に振った。


「アヤノ」

「わ、分かりました」


 何か固い意志でもあるのか? こだわりか? 彼女は断固として呼び名を自分の名前にしたがっている様子であった。

 これはお客様の注文と承り素直に彼女に従う。


 そんな俺達のやりとりを聞いて父親が話を戻す。


「交渉成立で良いかね?」

「まぁ彼女が良いのであれば」

「決まりだね。それじゃあ涼太郎くん。今からビジネスの話をしよう」


 綾乃の父親は肘をついて話し出す。


「まずは給料だが……。時給ではなく日給として1日7000円――。これでどうだい?」


 高校生相手でもお金のやり取りをしているのだから真剣な眼差しになるのは分からなくはないが、アヤノの父親は表情こそ柔らかいが目は笑っていなかった。

 これは「これ以上は出さない」という固い意志表示と受け止められる。


「日給ですか……。働く時間は何時間程度になるのでしょうか?」

「ふむ……。同じ学校で、学内でも世話をしたとなると労働時間が恐ろしく多くなるか……」


 ボソボソとギリギリ俺に聞こえる位の声を出しながら考えた後に提案してくれる。


「こうしよう。学校以外で世話をしてくれた日は給料が発生するという事にしよう。労働時間だが、これは何時間でも良い。しかし、最低限の綾乃の身の回りの世話を終えたら勤務終了としよう。そのノルマは綾乃に指示してもらう様にする」

「つまり1時間でも?」

「それは構わない。もしそんな日があれば時給換算すると、時給7000円だな」


 まじか!? 時給7000円!? どこの社長だよ!


 いやいや流石に1時間では終わらないと思うから、現実的な計算をしよう。


 1日7000円だと5日で35000円。週休2日として約25日毎日アヤノの世話をすれば月175000円!?

 やっべ。学生のバイトってレベルじゃねぇぜ。

 多分今俺の両眼が¥マークになっている事だろう。

 こんなん今のバイト辞めるわ!


「分かりました」

「OK。では期待しているよ。涼太郎くん」


 こうして俺は同級生の波北 綾乃の世話をする事になった。

 勿論、こうなった事には経緯があり、いきなり彼女の世話を任された訳じゃない。


 あれは――そうだな……。遠く感じる様な、感じない様な……。数時間前の事だったな――。

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