3項目 わたしは学生になりたい


「いやぁ〜!! よく来たな、周っ!! こんなに素敵な"カノジョ"を連れてくるなんて、叔父さんはとても嬉しいぞ!! 」



 理事長室に入った途端、やけにハイテンションで接して来た中年。


 彼こそが、俺の叔父である、"小原おばら 才蔵さいぞう"だ。



 細身に白髪交じりの髪の毛、お洒落な丸眼鏡に、キッチリと着こなしたブラウンのスーツ。



 その全てがどこかイケオジな雰囲気を醸し出していた。



 ……とても、俺の親戚とは思えない。性格も含めて。



「そうかいそうかいっ! 叔父さんは嬉しいぞ〜。あんなに小さかった周がこんなにも立派に……」



 容姿や肩書きからは想像もつかない位、大いなる勘違いをして泣きじゃくる彼を見ていると、「相変わらず過保護だな」と思った。



「いやいや、おじさん。違うって。今日、会いに来た理由は……」



 そう否定をすると、俺の背後で部屋中に飾られた"物珍しいアンティークの数々"を眺める朱夏の方を振り返った。



 すると、彼女はハッと我に返る。

 それからすぐに、丁寧なお辞儀をしたのである。


「初めまして、叔父様。わたくし、忍冬朱夏と申しますわ」



 転移の際に着ていた"さいけんガール"でお馴染みの制服に身を包んだ朱夏は、お嬢様らしく品性を感じられる挨拶をした。



 そう、まずは彼女が如何にまともな人間であるかのアピールをする作戦だ。



 叔父は、そんな振る舞いに笑顔を見せた。



「ふむふむ。君には、とても育ちの良さを感じるなぁ。そんな素敵な女性が、甥と付き合ってくれて、わざわざ僕の所にまで挨拶に来てくれるなんて……」



 訂正する隙も与えてくれずに、相変わらず大いなる勘違い続ける彼。



「いいえ、そういうお話ではなくてですね」


「いいんだっ! 照れ臭いのもあるだろう。だが、叔父さんは全て分かっているから」


「あの、ですから、お付き合いという話ではなくて、今日は頼み事がありまして……」


「そうだっ! それならば、今からお祝いも兼ねて、最高級のレストランに連れて行ってあげようっ! これは僕にとっても記念日であるからね」



 朱夏は、彼とのやりとりの中で、あからさまに苛立ちを覚えている。



 さらに怒りは、俺のカノジョなどと言う不名誉な烙印を押された事も相まって、より一層、膨れ上がっているのがわかった。



 ……やばい。このままでは、埒が開かない。



 本来ならば、叔父の警戒を解いたところで、彼女が異世界人である事実を、当時の状況と共に説明。

 最後は、溺愛する甥という立場を大いに利用させてもらって泣き落とす算段だった。



 だが、この状況は、想定外。



 まさか、叔父がここまでポジティブ人間だとは思いもしなかった。いや、そういう人だと言う事を、失念してしまっていたのだ。



 もうこうなったら……。



 そう思った俺は、彼らの不毛なやり取りを遮る様に、語尾を強めてこう告げたのであった。



「あのさ、叔父さんっ!! 聞いて欲しいんだけど!!!! 」



 もうすぐ爆発寸前まで怒りを溜め込んでいた朱夏に焦りを感じてそう叫ぶと、彼はピタリと止まった。



 その様相を見ると、俺は畳み掛ける様に、面会を求めた理由を説明し始めたのであった。



「実は、そこにいる忍冬朱夏は……」



 これまでの経緯を最後まで語り終えると、真剣に話を聞いていた叔父の様子を伺う。



「……そんな中、どうしても学校に通いたいという身分も何もない朱夏の願いを叶える為、叔父さんを頼って来たんだ」



 語りの末尾で本当の目的を伝えると、彼は明らかに呆然とする。


 「いきなりどうした」とでも言わんばかりの表情を浮かべているのが、それを象徴しているのだ。



 ……まあ、そうなるわな。



 正直、突然、一人の女の子が異世界から転移してきたなんて夢物語を誰が信用するんだって話。



 もし俺が逆の立場でも、同じ考えに辿り着くだろうし。



 だからこそ、隣で俺の説明を補足してくれていた朱夏とアイコンタクトを取った。



 ……仕方ない。次は泣き落とし作戦だな。



 その合図とも取れる頷きを彼女から受け取ると、俺はオスカーもビックリな演技を見せる為に、大きく息を吸い込んだ。



「お、お願いだっ! 甥である俺を信じt……」



 ――しかし、彼は、すっかり俳優モードになった俺を遮って、こんな事を言い出したのであった。



「そ、そうだったのかっ! 朱夏ちゃん、とっても大変な思いをしていたんだね……」



 しみじみと涙ぐみ始める。



 まるで、彼女の親にでもなったかの様に……。



 ……えっ? てか、芝居を無視された俺、めっちゃ恥ずかしくない? 



 それから、彼は朱夏の両手をガッチリと掴む。



「大丈夫っ! そういう事なら、全て僕に任せると良いさっ!! 愛する甥の愛する人の願いを叶えなきゃ、叔父失格ってものっ!! 」



 叔父が情熱的な態度で、何度も、彼女の腕を振り回した。



 そんな中、今彼の口から出た言葉の意味を徐々に理解し始める。



「……それって、もしかして……」



 俺が確認する様に辿々しく問うと、彼は即答で年齢不相応のウインクをしたのであった。



「うんっ! 今回は理事長権限で特別に、我が玉響学園たまゆらがくえんへの入学を認めてあげようっ!! 」



 叔父がニコッと笑って答えを発した瞬間、これまでに感じた事がないほどの"達成感"が全身を包み込んだ。



 それから、俺は安堵の気持ちで朱夏を見つめる。



「……や、やったな」



 彼女は若干のタイムラグを経た後で、小さく微笑んだのであった。


「うん……」



 朱夏は、目を潤ませながら不器用な笑顔で、噛み締める様に頷いた。



 その表情からは、この世界で始めて手に入れた安心感とでも言うべき感情が読み取れたのである。



 ……きっと、彼女は沢山の不安を押し込めていたのかもしれない。



 昨日、一瞬だけ見せた空元気がそれを証明していたのだ。



 そう思うと、ほんの少しだけこのちっぽけな"ヒロイン"の助けになれた事に胸を張れた気がした。



「じゃあ、早速だけど、入学に関する説明をさせてもらうねっ! 」



 そして、叔父がそう言ったのをキッカケに、朱夏が正式に"玉響学園"の生徒になる為の打ち合わせが始まったのであった。



********


 理事長との話し合いの中で、こう決まった。



 彼女は俺と同じ16歳である事を考慮して、"編入"という形をとる事になった。


 尚、戸籍がない異世界人だという事実を教師や全生徒に隠す為、朱夏は俺や叔父さんの"親戚"であるという設定を付け足す。


 ギリギリで編入する事に対する違和感は、彼女の両親が突然に失踪してしまった結果、前学校への通学が不可能になった為、我々が一肌脱いだという形にした。



 もう既に編入試験は合格済みというこの学校に通うに相応しい証拠と織り交ぜて。



 更には、一週間後に始業式があるタイミングで転入するのが自然と判断。


 そこで、速やかに制服や必要な教材などは、理事長である彼が全て用意すると約束してくれた。



 ホント、叔父冥利に尽きる。神様にすら見えて来た。



 ……とまあ、ポンポンと話が進んで行った結果、足早ながらも彼女が正式に玉響学園の生徒となる手筈は整ったのであった。



「叔父さん、本当にありがとう! 」



 俺は、手助けに心から感謝を告げる。



 すると、彼は自然な笑顔でこう答える。



「気にする必要はないさっ!! それよりも、朱夏ちゃん、ようこそ、我が校へっ! 」



 無理強いしたにも関わらず、何の苦労も感じさせない爽やかな表情を見せる叔父は、最高にカッコいい大人の男性に見えた。



 ……だが、そんな祝福の雰囲気の中、当人である朱夏の表情は曇っていたのだ。



「……んっ? どうした? これだけ舞台を整えてくれたんだぞ。お前もお礼を言わないと」



 俺は彼女の顔を覗き込む様にしてそう促す。



 ――すると、すっかり叔父を信用して素に戻った朱夏はその言葉を遮って、ゆっくりとお辞儀をした。



「叔父さん、まずはここまで手配してくれた事、本当に感謝するわ。戸籍すらも持たない私に編入の機会を与えてくれるなんて、頭が上がらないもの。でも……」



 何かに引っかかった様に逆説を口にする彼女を見つめると、俺達はポカンとする。



 すると、そんな二人を置き去りにして、こう持論を述べ始めたのであった。



「……きっと、ここに入りたくて一生懸命勉強をした結果、落ちた生徒は沢山いるはず。なのに、私一人だけ楽して入るなんて出来ない。だから、ワガママを言っちゃって申し訳ないけど、ちゃんと"編入試験"に合格した上でこの学校に入りたいと思うのよ」



 正義感満載でそう言い放った朱夏。



「……ごめんなさい」



 続けて、申し訳なさそうに謝罪をする。



 いやいや、この期に及んでなにを。



 ……とは思ったものの、真剣な表情で正論を訴える姿は、さいけんガールの中で何度も見てきた光景であった。



 この、溢れ出る正義感。



 それこそが、ラノベの世界で愛される忍冬朱夏の本来の姿なのだから……。



 すると、叔父は苦笑いを浮かべた。



「うん……。まあ、試験自体を受けてもらうのは構わないんだけど、一応、ウチの学校は難関校なんだよね。もしかしたら落ちるかもよ? 」



 たしかに、この学校はめちゃくちゃ偏差値が高い。


 俺も、睡眠時間すらも削って死ぬほど勉強して、やっとこさ入学出来たし。

 親のお願いで『叔父の学校に行けば安心して転勤ができる』と言われてしまった結果の努力だが。



 ……それはさておき、彼女の学力を心配する必要は全くない事を俺は知っていた。



 何故なら、朱夏は"才色兼備ガール"なのだから。



 そんな妙な自信を裏付ける様に、彼女は理事長の釘さしをあっさりと否定したのである。



「それは、大丈夫よ。通常通りのテストを用意して。歴史や社会も、周の"タブレット"で、この世界の情報と共にかなり勉強させてもらったから問題ないと思うわ。だから、お願いっ」



 目を潤ませながら上目遣いで嘆願された叔父は、「やれやれ……」と言った表情を浮かべたが、押しに負けた。



「じゃあ、受けると良いさ。どうなっても知らないけど……」



 彼はそう返答すると、綺麗に整頓されたファイルの中から試験用紙を取り出した。



 そして、困惑する理事長の合図と共に、即席で"編入試験"は始まった。



 数時間後に採点が終わる。



 ……結果は、全教科満点だった。



********


 春の日差しが鼻先をくすぐる朝、俺は憂鬱な気持ちだった。



 何故ならば、今日から新学期が始まるから。



 正直、出来るならずっと家に篭って読書を楽しみたい。



 ……それに。



「振り返ったら、ぶっ飛ばすからねっ! 」



 嬉々として怖いワードを口にする一人の少女が、俺のテンションをより一層、深淵へと導いてゆく。



「ああ、分かってるって」



 鬱陶しさを感じながら返答をすると、すっかりと準備を終えた朱夏はこう合図をしたのである。


「……よし、これでオッケー。周、変なところがないか確認しなさい」



 そう促されると、俺は渋々振り返った。



 ……しかし、どんよりとした気持ちは、彼女の姿を目にした瞬間、全て吹き飛んだのである。



「……ど、どうかな……」



 少し照れ臭そうに笑う朱夏は、すっかり玉響学園の"生徒"になっていたのだ。



 赤と黒のチェックスカートに、オーソドックスな紺色のブレザー。当校を象徴するエンブレムが胸に刺繍され、真紅のリボンが印象を際立たせる。



 認めたくはないが、この制服をここまで美しく着こなす女子など、一度たりとも見た事がない。



 ……何よりも。



 ライトノベルのヒロインが、現実世界で、同じ制服を身に纏うというファンタジーな状況から感慨深い気持ちにさせられた。



 だからこそ、思わず見惚れてしまった。



「……い、良いんじゃねぇの? 」



 その本心に気がつかれない様に、慌てて俺は目を逸らして控えめに褒める。



 すると、彼女は得意げな表情を浮かべた。



「そうでしょ、そうでしょ? アンタもやっと私の魅力に気がついたみたいね」



 胸を張ってドヤ顔を決め込む彼女は、これから始まる学園生活への期待に満ち溢れている様にも見える。



 その姿を見て、嫌な気持ちはしなかった。



 むしろ、ホッとした。



 そう思いながら、足早に自分の支度をはじめる。



 すると、朱夏は薄っすらと顔を赤らめ始める。



 そして、モジモジとしながら小さな声でこう告げたのであった。



「あ、あの……。私の願いを叶えてくれて、あ、ありがとう……」


 

 珍しく素直になる朱夏。



 そんな実に不気味な状況に、俺はブレザーを羽織る手を止めた。


 嬉しいような、くすぐったいような変な感覚で。



 きっと、物語の主人公である"木鉢きばち あたる"で有れば、爽やかな笑顔で「学校に行ける様になって良かったじゃねえかっ! めっちゃ似合ってんぞっ! 」とかストレートに言うのであろう。



 だが、その勇気がない俺は、照れを隠しながら言葉少なめにこう返す事しか出来なかった。



「……気にすんな。それより、学校に遅刻するぞ」



 そっけない一言を噛み締める彼女。



 続けて、今、自分の口から発せられた言動に恥じらいを感じたのか、「そ、そうねっ! は、早く学校へ行きましょうっ! 最初が肝心なんだから! 」と、分かりやすく変なテンションになっていた。



 こうして、俺の新たな"学園生活"は、数奇な運命によって始まるのであった。



 ……大好きな作品の、大嫌いなヒロインと共に。

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