捨てる神あれば拾う神あり

1

「ああ、これからどう生活していけばいいのかしら困ったわ」

 退職金は出たし、当面の生活には困らないが、これから就職先を探さなければならない事を考えたら菊子は憂鬱だった。

 菊子にとって、面接は地獄だ。

 今までの仕事も、何件も面接をしてやっと採用されたのだ。

 またそれをやり通すだけの自信が菊子には全く無かった。

「菊子なら、直ぐに次の働き先が見つかるだろう」

 雨はシャンパンを傾けながら言う。

 そんな雨を菊子は憎々し気に細い目で見る。

「無責任な事言わないで下さい。今までの会社に入るまで、大変だったの知ってるくせに」

 会社の採用が中々決まらずに、菊子は雨にも大分相談をした。

 やっと前の会社に就職が決まった時は雨が盛大にお祝いしてくれたものだった。

 まさかその事を忘れたのではあるまいか、と、拗ねた顔をする菊子。

「ああ、そうだったな。なぁ、菊子、ならさ、家で家政婦として働かないか?」

 突然の提案に菊子は目を見開いた。

「何を冗談を言ってるんですか?」

「冗談なんかじゃないよ。家で雇っていた家政婦がこの間辞めてな。それで困ってたんだ。菊子さえ良かったら、次の仕事が見つかるまでどう?」

「え、え、ええ。それは凄く助かりますが」

「住み込みになるけど、大丈夫か?」

「や、家賃は?」

「いらないよ」

「うーむ、どうしよう」

 とっても美味しい話だ。

 しかし、友達の家の家政婦になるというのはいかがなものか。

 菊子は悩む。

 雨の提案は今の菊子にとっては非常にありがたいものだ。

 ある程度の余裕はあるものの、次の仕事先が見つかるまで、貯金と退職金だけでどうやってしのぐかという問題は菊子の頭を悩ませていた。

 次の仕事が直ぐに見つかるとは限らない。

 そこで、雨の提案に乗るとなると給料も入り、生活費もかからず、金銭状況がかなり楽になり、仕事探しも切羽詰まらずに出来るという事になる。

 しかし、友達の世話になるという事が、何となく菊子のプライドの許さない所でもあった。

今まで、友達として対等の立場にあったのに、雇う側と雇われる側になる。

 それが、菊子には何だか気に喰わなかった。

「うーむ。うーむ」

 菊子は頬にグーの形にした両手を押し当て唸り声を上げ続ける。

「そんなに悩む事か? 嫌ならこの話は無かった事にして良いんだぜ。俺も面倒だが、別の家政婦を雇うよ」

「ちょっと待って。あの、目黒さんの家政婦になったとして、お給料はいかほど貰えるのかしら」

 菊子の問いに、雨は上を向いて、考える仕草をすると、にこりと笑って「菊子、耳を貸して」と菊子の方に顔を寄せた。

 菊子は、一瞬、きょとんとしたが、仕方ないな、と、雨に耳を傾けた。

 雨は菊子の耳に唇を近づけると、そっと囁く。

 その囁きに、菊子の心拍数は上がった。

「いっ、一日十万円ですか?」

「声が大きいよ、菊子。不満か?」

「不満な訳無いですけど、家政婦ってそんなに貰えるものなの?」

「そんな訳無いだろ。今回は特別だよ。どうする菊子。家の家政婦、やるか? やらないか?」

 一日十万円。

 月にしたらいくらになるか、考えただけで菊子の心は踊る。

 最早、菊子の心は即決で決まった。

「やります! ええ、やりますとも! あなたの家政婦やらせて頂きます!」





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