第33話 回復(リハビリ)32 協力プレイ

 よく見ると、一番上に「ネタバレ」と書き込まれた話題がいくつかある。そこを避ければいいわけか、と薬子やくこは納得した。


 今、盛り上がっているのは最初のパートナー選びの話題だ。やはり迷った人が多かったらしく、自分なりの決め手を語っている。


「人魚はやっぱりかわいいですよねえ」

「でも、前作で似たようなキャラをパワーアップさせたら半魚人になって、一日泣きましたよ俺は。だから今回もパス」

「竜選んだ人が多いかな。序盤で有利がとりやすいから、初心者の人でも安心だし」


 一番多いのが小竜で、次が人魚。妖鳥は少数派、といったところだった。


「妖鳥は弱点も多いし、言うことがいちいちキツくない?」

「わかる。主人に対して遠慮がないよね」


 薬子も正直、この意見に同意だった。ゲームの中まで、嫌な思いをしたくない。しかし中には、妖鳥一択だったという人もいた。


「おいおい、生意気なのがいいんじゃないですかあ」


 鷹揚な人もいるんだな、と薬子は思った。とにかく、自分が初心者向けのキャラクターを引けたことが分かってよかった。


 薬子は一旦、パートナーの話題から抜ける。他の場所では、別の話題で盛り上がっていた。


「今の目玉はこれでしょ。空龍襲来! 記念すべき最初のイベント、みんなでクリアしましょう」


 公式が用意している討伐戦であった。インターネットでログインすると、通常では出現しないレアなモンスターを仲間にできる。もちろん、それなりに強い敵と戦って勝たなければいけないが。


「ね、薬子さんも是非!」

「え、ええ……初心者でもよければ……」


 薬子は主催者の勢いに押されて、約束を交わす。サイトから離れて、大きくため息をついた。


「いらん約束しちゃったなあ……」


 それでも一応、サイトで攻略情報を集めてみる。


「じゃあ、一週間後までにここまで進めて、装備も調えて……」


 不慣れな薬子にとっては結構ギリギリのスケジュールだった。だが、できないわけではないと分かって、やる気が湧いてくる。


 それからできるだけ計画的に攻略を進め、あっという間に一週間がたつ。


「いやー、待ってました。皆さん、集まっていただきありがとうございます!」


 指定の時間にWEB会議場に入ると、十七人がすでにログインしていた。十人はプレイヤーとして戦闘に参加希望、七人はただ見たいから来たといった感じだ。


「じゃ、画像共有始めますね。その方が見やすいでしょ?」


 どうやったのかわからないが、ユーザーのゲーム画面がWEB上に映し出された。


「すごーい、動画配信みたい」

「最初の四人、どうします?」


 対戦には、最大でも四人しか参加できない。一番レベルの高いプレイヤーが、しばらく考えた後、口を開いた。


「とりあえず、どのレベルなら通用するか知りたいなあ。レベルの低い方から四人、選んで行ってみるか」


 その結果、薬子を含む三人が選ばれた。幸い三人の中に画面を共有できる人がいたので、そちらに表示が切り替わる。


「最初は様子を見るだけだから、行動は各自の判断に任せるよ。じゃ、行ってらっしゃい」


 通信対戦機能をオンにして古城に踏み込むと、いきなり広場に飛ばされた。そこに居座っていた空龍が、白い翼を大きく広げてメンバーを威圧してくる。


 戦闘開始。空龍の威嚇によって、最初に張っていた防御陣がいきなり吹き飛んだ。


「攻撃がくるよ!」


 空龍が大きく吠える。薬子はキャラと一緒に首をすくめていた。


 大きな真空波がパーティー全員に襲いかかる。比較的レベルが低かった二人が、最初の一撃で消し飛んだ。薬子のキャラもHPがギリギリで、次をくらったら確実に戦闘が終わってしまう。


「回復入れます!」


 すぐにサポートが入ったが、回復ばかりでは攻め手が足りない。結局次のターンまでに倒しきることはできず、一気に殲滅されてしまった。


「あーあ……」


 あっという間に終わってしまって、薬子は困惑した。知らぬ間に開いていた口を閉じ、水を含む。


「すみません、レベル足りなかったみたいなんで、今回は見学させてください」


 初手でやられてしまった面子がリタイアし、他の人が入った。薬子はなんとか生き残ったということで、次回の攻略にも加えてもらう。


「さーて、次はどうする?」


 突きつけられた課題は、思っていた以上に難しい。明らかに増えたギャラリーの期待に応えるため、シリーズ熟練者たちがそろって知恵を出し始めた。


「先に防御強化を何回も張っとかないと死ぬな」

「分かってたけどやっぱり素早さ高いなあ。誰か回復に専念した方が良さそうだ」


 しばらく話して、作戦が決まった。攻撃役を一人に絞って、後は全員補助と回復に回るという立ち回りだ。


「まっさんは敵の攻撃力を下げる……ついでに毒もつけといてくれると助かるな」

「分かった」

「リリさんは防御技。物理反射と魔力反射、両方かけて。余裕あったら、味方の攻撃アップも頼む」

「はいよー」

「薬子さんはひたすら回復ってことでいいかな」

「わかりました」

「攻撃役のよーちゃんが倒れたら、蘇生もしてもらう?」

「いやあ。一回死んだら、かかってた補助が全部消えちゃうだろ? だったらその時点で撤退した方がいいよ」

「わかった。それでいこう」


 リーダー役の手拍子と同時に、また、戦いが始まった。今度は敵の攻撃がくる前に、防御技がかかる。攻撃力の低下も間に合った。最初の攻撃を、全員が耐え凌ぐ。


「回復します」

「魔力反射入りました。このまま攻撃アップに入ります」

「毒、相手に入りました。行動、ちょっと遅くなります!」

「よーし、次の攻撃アップがかかったら、一撃で決めるぞ!」

「お願いしまーす!!」


 皆のテンションが最高になりかかったその時、空龍が不意に動いた。空中に高く舞い上がり、黒い雷雲を呼ぶ。間もなく大きな音と共に、パーティーの頭上に雷が落ちた。


 一人、二人、三人……薬子以外の全員に、雷の鎖のエフェクトがかかる。麻痺だ。


 これはむしろ好機だ。麻痺技が薬子のキャラにかかったら終わっていた。待ちかねていた薬子は、最大の回復技──体力と状態異常を同時に治す──で味方を援護する。


「麻痺回復しました!」

「よし、最大魔法だ!!」


 攻撃役のキャラから、大きな火球が放たれる。それが空龍に炸裂すると、敵のHPが一気にゼロになった。巨体が倒れ、討伐成功時の青い光のエフェクトが流れる。


 次の瞬間、薬子たちは古城から出ていた。傍らには、先ほど倒した空龍の姿がある。優美な龍はさっきとうってかわって、大人しく首を垂れていた。


「勝った!!」


 薬子は晴れやかな気分で、ガッツポーズをした。観戦していた面子からも、歓声と拍手があがっている。


「いやあ、手強かった。そこらのモンスターとは桁違いですね」

「でも、必ず戦力になりますよ。もっとレベルを上げたら、背中に乗れるようにもなりますし」

「嬉しい~、うち、飛べる種族いなかったんですよね」


 参加したメンバーの声を聞いて、待機組が我もと手をあげ始める。


「同じ戦法が使えそうだな。じゃ、メンバー交代してやってみるか」

「ちょっとレベル足りないんで、よーちゃんは引き続き攻撃役やってくださいよ」

「いいよ」

「まっさんが入らないと画面共有できないから、まっさんも続投な」


 結局、八名がめでたく空龍を手に入れた。レベルが足りなかった二人は、うらやましそうにそれを見ている。


「いいなあ……」

「これがやりこみの差ってやつだ。残念だったな」

「そんなこと言わずに、またやってくださいよお」

「冗談だって。いつでも挑戦できるから、二週間後くらいにまたやるか?」

「是非!」


 全員の士気が上がったところで、主催者が声をあげた。


「じゃ、そろそろ時間ですね。せっかく捕まえたんだから、最後にみんなで写真とりましょ」

「あ、じゃあ僕が撮りますよ。近くの海沿いでどうですか?」


 というわけで、みんなで集まってスクリーンショットを撮り、お開きとなった。


 翌日薬子がルームを訪れると、その写真がアップされていた。


 皆のキャラが、捕まえた空龍と一緒に、笑顔で画面におさまっている。職場を辞めてから集合写真なんて撮ったこともなかった。思わぬプレゼント、薬子は破顔しながらそれを自分のパソコンに保存した。


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