第28話 回復(リハビリ)27 オンライン手芸会
『オンラインクリスマスパーティへの参加、ありがとうございます。今後、こちらのイベントを開催予定です。ご興味ありましたら、参加申請をお願いします』
サークルの代表から、案内の通知が来ていた。オンラインで開催しやすいからか、前よりずっと色々なイベントが開催されている。
「オンライン……手芸会?」
オンライン会議の要領で、各自の顔を出しながら勝手に手芸作品を作り合う、という会のようだ。おしゃべりしてもいいし、話したくなければ無言でも構わない。
「ちょっと面白そうかも……」
薬子は興味を引かれたが、案内を読む手が一瞬止まった。
手先を使う方面では、薬子は本当に無能なのだ。別に自分を卑下しているわけではなく、そうなのだから仕方無い。でも、苦手だからと言ってやらなかったら、ずっと下手なままだ。それはとても、嫌なことだった。
薬子は丸くなっていた肩を伸ばした。
初めて日が浅いが、薬子がやっているゼンタングルでの参加は難しいだろうか。聞いてみようか。そう思ってもう一度案内を読み直してみる。
「あれ、これって……」
折り紙が好きな人がいて、それで参加すると意思表明をしている。特にそれに異を唱える人はいなかった。さすがに編み物や工芸に手を出すのは難しいが、折り紙程度なら薬子も子供の頃にやったことがあった。子供にだってできるのだ、ブランクがあってもひとつ作品を作るくらい、そう難しいことではないだろう。
タイミングが良いことに、近くの百均ショップで折り紙が売っていた。二百枚近く入って百円とは、ありがたい。金銀の紙はなかったが、薬子が使うには十分だ。
会の当日、甘いココアとクッキーを用意して、薬子はパソコンの前に座った。すでに十数人がログインしていて、結構な大所帯だ。
「よろしくお願いします」
場を共有する仲間に挨拶して、薬子はカメラをオンにした。他の面子は何やら結晶を削ったり、編み棒を動かしている。
「あ、また編み目ずれた」
「そういう時、ほどく派ですか? いっちゃう派ですか?」
「私は断然ほどく派」
「編み物は、間違えても作り直せるのがいいですよねえ」
今回は編み物が最大会派のようだ。編み目を見せ合いながら、どうやって作ったのかとか色々話がはずんでいる。薬子はその横で、黙々と紙を折っていた。
自分の手先が器用でないことはとっくに知っている。それでも想像以上に難しかった。単純にまっすぐに折るだけでも、なかなか大変で、両手をうまく使えないと何度もやり直す羽目になる。
おまけに指示図がよく分からなくて、画面を見たり手元を見たりで忙しい。一番簡単そうな虎の折り図を用意していたのだが、薬子はかなり手こずっていた。
「まっちさんは折り紙でしたっけ。あ、薬子さんも」
「そうです」
「はーい。今はこれ作ってまーす」
薬子はあわてて、作りかけの虎を見せた。笑えるくらい中途半端な出来だが、まっちという女性は仲間だね、と嬉しげに笑ってくれた。
「まっちさんは一杯作ってますねー」
「うちは甥っ子が好きなんですよ、折り紙。付き合ってるうちに、ある程度作れるようになっちゃいました」
彼女は自分で言うとおり、かなりのスピードで作品を完成させている。薬子は見ていて、己との差がよく分かった。あえてそっちを見ないようにして、自分の作業に戻る。
軽くやるつもりだったのに、予想以上にはまってしまっている。さすがに何度もやっていると、よく出てくる折り方を指が覚えていった。
時間がたつにつれて、一人、二人と参加者が増える。また一人、男性の折り紙参加者が増えた。
「リューヘイさん、こんばんはー」
「こんばんは。難しい動物の折り紙やってみたけど、これ紙が相当大きくないと無理っすわ」
「A4の包装紙くらい欲しいかもねー」
折り紙上級者たちは、出来上がると立体になる折り紙を作ろうとしていた。一応、その図解は全員に共有されている。
一枚の紙からできたとは思えない、置物のような完成図に薬子は驚く。だが、さすがにここにいる誰も、完成まではこぎつけていない。
「いたた……」
ここで一旦手を止め、薬子は肩をぐるぐる回した。ずっと同じ体勢で思案していたから、固まってしまっている。気を取り直して、最後の仕上げにかかった。
完成品に視線を落とす。お手本とは差があったし、風でも吹けば簡単に倒れそうなほど足はガタガタだが、それでもなんとか虎には見える。
「よくできました」
自分で自分を褒め、少し落ちていた気持ちを上向きに戻す。最後に、頭の部分と胴体を両面テープを使ってくっつける。
「できました、虎!」
「お、おめでとうございます~」
「かわいい。紙の選び方もいいですね」
完成品を披露すると、優しい声が飛んできた。薬子は頭を下げ、微笑みを浮かべる。編み物組も順調に手が進んでおり、綺麗な模様を見せてくれる。こちらにも歓声があがった。
「あ、気づいたらもうルーム閉鎖の時間ですね」
「ちょっと、こっちの折り紙全然完成してないよお」
「元々三十分じゃ無理があったか……」
話の途中で、オンライン会議室は閉じてしまった。よくあることなので、薬子は苦笑いする。後で主催者にお礼のコメントをしておこう。
「せっかく作ったんだから、写真撮ってブログにあげよっと」
掌サイズの虎を、薬子はカメラにおさめる。それを画像付きでアップすると、「いいね」がかなりもらえた。
「もしかして私って才能あるんじゃない?」
少し調子に乗った薬子は、次の作品に挑戦してみることにした。動画サイトで、かわいらしい出来上がりの兎に目をつける。折り順の解説も丁寧だし、きっといける──作り始めるまでは、そう思っていた。
「……少し難易度上げたら、途端にこれかい」
一応、ウサギらしいものはできた。しかし耳がぐちゃぐちゃに折れ曲がり、ウサギが暴行を受けたように見えてしまう。確実に失敗だ。
「お粗末様でした」
こっそり紙をたたみ直しながら、薬子はひとりつぶやいた。
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