第24話 回復(リハビリ)23 古本屋

「休館のご案内になります。もうお渡ししておりますでしょうか?」


 図書館のカウンターでそう言われて、薬子やくこは首をかしげた。


「あれ? 休みは確か、月曜日だけでしたよね?」


 すると司書は、すまなそうに眉を八の字にする。


「ご存じありませんでしたか、申し訳ありません。この度、全市で図書館管理システムを見直すことになりまして。一ヶ月ほど、全ての貸し借りが中止されます。ご不便をおかけしますが、申し訳ありません」

「ほ、本当なんですか。そういう理由かあ……」


 薬子はがっくりと肩を落とした。市が決めたことなら、薬子たち市民に抗う術はない。ということは、暇つぶしの本をどこかで買わなければならなかった。


「中古専門のショップ、確か商店街にあったよね……」


 図書館からの帰り道、薬子は記憶をたどっていた。


 全国展開の大型チェーンの看板なら、商店街にある。確か、棚がたくさんあるなかなかの大型店だ。あそこなら、一回で色々そろうだろうが……。


「なかなか見にくいんだよね……」


 漫画やゲームもたくさん置いてあるため、学生や子供がけっこう屯しているし、笑い声や話し声もする。じっとしていると、騒音が嫌いな薬子は頭が痛くなってくることもあった。


 薬子としてはもう少し落ち着いて見たいのだが、それは目的が違うだろう。──それなら、自分で探すしかない。


 薬子は家に帰って、地図を見てみた。すると、隣町のある一角にやたら古本屋が集中しているとわかる。そのエリアに行けば、案外簡単に見つかりそうだ。


「古本屋……って、意外にたくさんあるんだ」


 薬子は頑張ってスマホの画面を見つめ、駅周辺の通りを歩いた。程なくして、商店街の横に一軒目の店を見つける。縦長で八畳ほどの狭い店内には、本棚が所狭しと並んでいる。初老の男性店主が、奥でパソコンに向かっていた。


 置いてある本のジャンルはバラバラだが、古いアイドル雑誌が山積みになっているのが目に入る。母親から名前だけは聞いたことがあるアイドルや、今も話題になる歌手まで、雑多な名前が誌面に踊っていた。


 専門書もあって、古びた単行本がずらりと並んでいる。薬子が欲しかった軽い読み物は、あまり置いていないようだった。薬子は何も買わずに外に出て、次の書店を目指す。


 次の店は、キャラクターの看板が目印のように置いてある。蜂をモチーフにした、女性に受けそうなかわいらしいデザインだ。この店は路面ではなく、階段を上がった先にあった。


 白が基調の、優しい雰囲気の店だった。こちらは中年の女性店主がカウンターで店番をしている。


 もちろん本や雑誌はたくさん置いてあるのだが、圧迫感を感じないのは、本棚が部屋の高さの半分くらいまでしかないからだ。多いのは児童書や料理本、生活関係の雑誌。稀覯本は少なく、千円以上になっている本は少なかった。


 本に混ざって、ポストカードやレターセット、マスキングテープといった雑貨も置いてあった。こちらも数百円で買える値付けである。軽く店内を見回した薬子は、何点かカードを手に取った。黄色いヒヨコと、青い鳩のミニカード。誰かに出してもいいし、栞にしてもかわいかった。


 現金で会計を済ませ、外に出る。満足はしていたが、肝心な本が買えないままだった。


「結局いつもの古本屋かなあ……」


 そう考えて居たとき、また本棚が目に入った。薬子は少し引き返して、店内をのぞいてみた。


 天井も打ちっ放しのコンクリートだし、棚がすっきりしていてまるでスタジオのようだ。さっきの店とは明らかに違う。薬子はやや重い足取りで店内に入った。


 こちらは一般流行に媚びる様子なく、芸術寄りの品揃えだった。漫画の原画もあって、店主の興味関心が多岐にわたるのが見て取れる。古本だけではなく、一部新刊も置いてあって、古書店と言うよりセレクトショップに近い。


 こんな店でさらっと買い物ができる人には憧れるが、今の薬子には無理だ。自意識過剰と言われようが、気になるものは気になるのだ。


 店主の顔もろくに見ないまま薬子は店を出て、思わず首をすくめる。


「さむっ」


 天気予報では最高気温十五度、となっていたのに、風が強いから体感温度はかなり下になっている。薬子は上着の前をかき合わせて、うつむいた。


 薬子は商店街に戻った。左右に商店がずらっと並んでいて、駅まで続いている。○番街と数字がついていて、その数字が小さくなるほど、薬子の家に近くなるのだ。店が風を遮ってくれるから、さっきより大分寒さがましになった。


「あれ、ここにも古本屋がある」


 古本屋は店の前に、本を山積みにしているからすぐそれと分かる。子供用の絵本が店先に置いてあった。


「さっきの店と一緒で、児童書が多いのかな?」


 薬子はどんどん中に入っていく。ここも壁の隅々まで、ぎっしり本棚が詰まっていた。内容はかなり偏っている。まず入り口近くにミステリーがどんと陣取り、列車や昔の戦車・戦闘機などの雑誌がかなりのスペースを占める。絵本など、店先に出してある分で全部といった体だ。店主の好みが蓄積した結果、という感じがすごくする。


 といっても、薬子もミステリー好きなのでこのラインナップはありがたい。他の客の様子をうかがい、誰もいなくなったところで文庫本の棚に張り付いた。


「あ、これ途中まで読んでたやつ」


 幸い、シリーズ物の続きを見つけたため、それを手に取る。次いで海外作家の棚も節操なく見て回ったため、薬子は二十分くらい店の中でうろうろしていた。


「そろそろ会計か……あ」


 薬子は顔をひきつらせる。さっきの店で現金を使ったため、もう札が残っていない。手に取った本は三冊、千円近くする。月の予算には余裕があるが、どれか諦めるしかないか……と薬子が最近のお決まりをしていると、ふとレジ横の表示が目に入った。


「カード使えます」


 その文字に大いに安堵して、薬子は財布を出した。こうしてようやく、読みたい本を手に入れることができた。


 安堵した薬子は、スマホの地図を見ながらつぶやく。


「意外と古本屋が豊富な街だったのね、ここ」


 図書館が閉まらなければ、気づくこともなかった。これもまた何かの巡り合わせか。場所を覚えておいて、また来よう。薬子は重くなったリュックを背負い直しながら、そう思った。


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