006 装備が無いと始まらない

 目が覚めると、異世界へ来たのが夢じゃなかったんだと再認識をする。

 ちょっとした理由で自衛隊を辞めてからは鬱屈とした日々を送るだけの人生だった。

 それが一転して異世界で人生再スタートとなってしまったのだけれど、どうも未だに信じられない。


 ――でもこれは現実だ。


 異世界初日は女神様の采配で恐ろしく好条件な生活拠点を手に入れる事ができたが、今日からは自分でなんとかしていくしかない。

 ……顏でも洗って気合をいれるか。




 二階にある共同の洗面所で顔を洗う。

 大家さんの家にはなんと水道設備があり、二階の洗面所まで水がきている。井戸からボンプとなる魔動機で水を汲み上げているらしい。

 因みに一階には共同の風呂もあり、お湯を沸かす魔動機を使えば湯船に浸かれる。勝手にイメージしていた蒸し風呂じゃないのがとても嬉しい。

 お湯を沸かすのは三日に一回で、その日の掃除当番が一番風呂に入れる特権をもつ。


 二階から降りていくと、丁度大家さんと会った。


「おはようございます」


「おはようございます。昨晩はよく眠れましたか?」


「はい! おかげさまで体調はバッチリです」


「それはよかったです。――朝食はできてますので食堂で食べてくださいね」


「分かりました。ありがとうございます」


 冒険者ギルドの朝は早いようで、ミリアさんはもう出勤していた。

 大家さんも薬師の仕事をするため、ミリアさんと早めの朝食を済ませたようだ。


 朝食も美味そうだ。ポットからミルクを注ぎ、早速いただく。

 今日はまず芋を植えないとなーと考えていたら、大家さんが食堂へ戻ってきた。


「一段落つきました。ケイタさんの食事が終わりましたら、一緒にお芋を植えに行きましょうか」


「はい! よろしくお願いします!」


 待たせちゃいけないと急いで食べようとしたら、 「慌てなくても大丈夫ですよ」 と笑われてしまった。




朝食を終わらせ、一息ついた後に大家さんと一緒に芋を植える。

昔爺ちゃんがやってたのを思い出しながらなんとか植える事ができた。


「うまくできると良いですね」


「はい。とっても甘い芋なんで大家さんにぜひ食べてもらいたいです」


「それはとっても楽しみです」


 大家さんはこの後店を開き、工房アトリエで依頼されている薬を作るらしい。

 さて、俺は買い物だ。装備がなくちゃ何にもできないからな。




 まずは昨日大家さんに教えてもらった武器屋に行く事にする。

 やっぱり武器が早く見たい。幾つになっても男の子だからね!


 とはいえ、大家さんの所で下宿する事になり、装備もまずは薬草採取に有利な装備にしようと決めていた。

 まだどんな戦い方が自分に合っているのかも分からないので、とりあえず山刀として使えそうなショートソード辺りを買うつもり。

 あと獲物の解体用のナイフかな。

 薬草採取する時はナイフよりもはさみの方が良いと教えてもらったので、剪定ばさみのようなのも欲しい。

 そういえばドラクエでおおばさみって武器があったよね。あれ結局どんな武器なのか想像できなかったよ。

 

 そもそも戦闘スタイルをどうしようか。剣の扱いなんてした事がない。剣だけでも剣と盾持ちや、大型の剣を両手で使うとか、二刀流なんてのもある。

 異世界モノの定番ウェポンの日本刀だって、あれ両手持ちだよなあ。この世界にあるのかどうかも分かんないけど。

 それとも、やはり剣よりもリーチのある槍のがいいのかなあ……。


 うーんうーんと悩みながら歩いていたら、もう武器屋についてしまった。


「こんにちはー」


「おう、いらっしゃい」


 扉をあけるとそこには定番のドワーフの店主……ではなく、普通のおじさんが商いをする店だった。


「薬師のサリアさんの紹介できました。――俺、冒険者なりたてでまずは薬草採取から始めようと思うんですけど、お勧めとかってあります?」


「お、なんだ兄ちゃん、まじめに薬草採取から始める冒険者なんて近頃では珍しい奴だな。――お勧めって言われても困るが、もしかして武器を扱った事無いのか?」


「恥ずかしながら……。薬草採取だから山刀があった方が良いのは、何となく分かるんですが……」


「てことはネズミ狩りもやらされるな。――なら、……ちょっとまってろ」


 ネズミ狩り? おじさんはよくわからない事を呟いて奥に行ってしまった。


「この辺なんてどうだ? 値段も手頃で、これならネズミ狩りでも振りやすいだろ」


「あの、ネズミ狩りってなんです?」


「ん? ああ、武器の扱いも慣れてねえ冒険者にはダンジョン行く前に地下水路で大ネズミの狩りをやらせんだよギルドが。常設依頼にあるぜ」


 うへぇマジか。


藪漕やぶこぎに使うから切れ味重視で反りのある片刃の剣を選んだ。一応剣先は刺突もしやすいよう少しだけ両刃になってる」


 剣鉈を少し薄く長くした感じの剣だった。剣先は少しだけ両刃になってて、以前こんな形の日本刀をネットで見た事ある。たしか小烏丸こがらすまるだっけ?

 なんかカッコイイ!


「一応迷宮産なんだぜ、これ。低層の産出だから大した能力は無いが、魔力を上手く流せば少しだけ切れ味が上がるようになる。地味にいいだろ?」


 ダンジョンには迷宮エリアとフィールドエリアとがあるらしく、宝箱は迷宮エリアによく出現するらしいと昨日の夜ミリアさんに聞いた。


「おおー! でも迷宮産だとお高いんじゃないです?」


「この手のは結構産出されるし、ショートソードはそこまで需要が無いから割と安いんだよ。それに兄ちゃんはサリアさんの紹介だしな、ぼる事はできねぇよ――ハハハッ」


 大家さんのネームバリューに早速助けられてしまう。ありがとうございます!


「鞘と剣帯付きで銀貨二枚と小銀貨二枚でどうだ?」


「買います!」


「まいどあり」


 剣帯も付けてもらったので早速おじさんに手伝ってもらって装備してみる。

 ふふふ、 『ケイタはショートソードを装備した!』 ってヤツですよ!

 それから俺はホルスターとセットで剪定ばさみと解体用のナイフも買い、店を後にした。




 次は鞄を見に店に入る。たしか大家さんは背負子しょいこ付きが良いって言ってたな。

 教えてもらったのは雑貨屋なので、武器屋とは違って朝から何人かお客さんがいる。

 俺も他のお客さんに習って物色しよう。さて、鞄、鞄と……。


 鞄やリュックがあるコーナーを見ていくと、カウンター奥の陳列棚に一際目を引く商品があった。

 何の変哲もない小さなポーチなんだが、そのお値段なんと白金貨三枚! それより少し大きい隣の鞄は白金貨五枚!


「たっか!!」


 思わず声が出てしまい、周りの視線を気にして慌てて口を押える。


「そりゃマジックバッグだからね、高いよ」


 カウンターにいたお店のおばさんが、呆れた顔で言う。


「えっ!? マジックバッグってもしかして何でも入っちゃう鞄ですか!?」


「何でもは入らないよ。口のサイズに収まる物しか入んないし、量だって限定されちまう。大体は鞄が大きいほど詰め込める量も増えるね」


 異世界モノで定番のマジックバッグがこの世界にもあった!

 しかし小さな奴でも高級車が買えるくらいの値段なのか……。

 しかもよくある、大きなものが吸い込まれるように出し入れできるわけではなく、鞄の取り出し口の大きさにより制限されているなんて。


「まあ最大の利点は入れた物の重さが無視されるって事だねぇ。――お兄さん冒険者なんだろ? 迷宮で見つけたら良い値で買ってあげるから持っといでよ」


「ハハハ……頑張ります。――ところで、今日は薬師のサリアさんの紹介でこちらに来たんですけど、薬草採取に便利そうな背負子しょいこ付きの鞄てありますか?」


「おやサリアさんの知り合いだったのかい? ――ちょっとまってなよ」


「昨日から下宿させてもらってます。これから薬草採取を覚えてサリアさんに買ってもらおうと思ってるんです」


「ふーん……お兄さん、サリアさんに気に入られたんだね。凄いじゃないか」


 そう言いながら、おばさんは脚立に乗って、高い所に掛けてある鞄を一つ取ってくれる。


「こいつなんてどうだい? 背負子しょいこが結構良い木材使っててね、軽くて丈夫なんだよ。腹の位置にもベルトが付いてるし、 鞄は簡単に取り外せるようになってる」


「ちょっと背負ってみてもいいですか?」


「もちろんさ」


 背負った感じ、とても良かった。見た目以上に軽く、腹の辺りに来る革ベルトがウエイトリフティングなどで使われるトレーニングベルトのように体幹を補佐してくれている。それに腹の辺りにあるので剣帯と干渉することもない。


「や、軽い! これいいですね!」


「だろう?」


 おばさんは当たり前さねといった感じに、腕を組んで頷いている。


「これ買います! 幾らですか?」


 それから俺は鞄以外に、薬草を仕分けて入れるための袋を何枚かと固縛用の紐、水筒、それに剣帯に付けれるポーチも購入した。

 これで薬草採取に必要な最低限の装備は揃ったぞ。

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