ショータイムの始まり

 いつもの昼下がりに、いつもの場所。多くの若い女性が集まる大通りの一角で、スーツ姿の女性がブティックのウィンドウを眺めていた。

 かわいらしいキャップにハット、ちょっと高級感が漂ってくる革のバッグやポーチ、オシャレなスーツなどが展示されており、値段も相応のもの。


 お高めな商品を見つめる女性は、ついついため息を吐いた。ひとまずどうするか考える素振りを見せ、もう一度展示品に目を向ける。

 そんな女性の後ろに何かが忍び寄っていた。

 影のように見え、モヤがかかったような存在は気づかれないように迫っていく。

 そのまま彼女に覆い被さろうとした瞬間、顔面に何かが当たった。

 一瞬、その何かの動きが止まる。

 だが、その一瞬が過ぎ去ると思いもしないことが起きた。


『――ッ!』


 それは大きな爆発だった。

 何が起きたかわからず、もろに何かはダメージを受ける。よろめくもののどうにか体勢を立て直し、獲物である女性に目を向けた。だが、どれほど周りを見渡しても獲物はいない。

 どういうことなのかわからず何かは疑問符を浮かべた。その瞬間、今度は脇腹付近が爆ぜる。


『グッ』


 二度目の爆発は、さすがに身体に堪えた。思わず声をもらし、膝をついてしまう。

 それと同時に何かは気づいた。

 確実に攻撃されているということに。

 だが、どこから攻撃してきているのか検討がつかない。


『魔術による攻撃。だが、直接の魔術攻撃とは少し違う』


 まるで突然現れ、爆発しているように何かは感じていた。だが、どんな仕掛けを施しているのかは全く検討がつかない。

 警戒心を抱き、その場から離れようとする。その瞬間、女性が振り返った。

 その目は闘志で満ちあふれ、その顔は勇ましく、その姿はまさに勝ち気。何かがこれまで狩ってきた女性とは違い、まさに戦う女と表現できる。

 まさか、と何かは気づく。しかし、気づいたところで遅い。

 なぜなら何かはすでに、目の前にいる敵の術中にはまってしまったのだから。


「よく気づいたわね、従魔さん」


 彼女は勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 そう、彼女達がいる空間はたくさんの罠が仕掛けられているのだ。

 触れれば起爆し、警戒すれば動きが制限される。しかもその爆弾はガラスを媒体にしたため、見えづらくされていた。

 万が一発見できたとしても意識をそれに向けた瞬間、違う罠が発動する仕掛けだ。

 それに気づいた何か、いや従魔は薄ら笑みを浮かべた。


『たいしたものだ。まさかこのような仕掛けを施すとはな。だが、危険性は考えなかったのか? 他の人間が触れても同様なことが起きるんだろ?』

「ご心配なく。ちゃーんと人払いはしたから」

『人払いだと? そんな結界は――』

「いちいちそんなことで使えないし、もっと原始的な方法よ。そうね、大きな組織に頼んで実戦演習という名目はどうかしら?」

『なるほど、よくやるものだな』


 他の人に危害が及ばないようにしっかりと誘導させ、そのうえで設置した透明な爆弾。どうやらこの女は切れ者だな、と何かは感心する。

 だが、だからといって敗北となる理由にはならない。それに、勝負は始まったばかりだ。


『クク、ウサギ狩りには飽きていたところだ。楽しませてもらうぞ、女よ』

「悪いけど、私時間がないのよね。それに、もう勝負はついてるし」


 彼女がそう言葉を吐き捨て、何かを引く仕草をした。その瞬間、従魔の背中に何かが当たり爆発する。

 何が起きたか理解できず、振り返ろうとした。だが、それよりも早く爆発が起きていく。


『ヌォオオォォオオオオオォォォッッッ!!!』


 連鎖するように、どんどん従魔に集まり爆発が起きる。何が起きているかわからず、逃げようとするができない。

 なぜなら逃げた先でも従魔は爆発に飲まれたからだ。


『クソがァァァァァ!』


 従魔は咆哮を上げた。

 直後、四方八方から押し寄せていたガラス片が割れ、爆発を起こす。従魔は息を切らしながら周囲を警戒した。したのだが、ガラス片の突撃は止まらない。


『一体何が――』


 従魔は逃げた。しかし、どこまで逃げてもガラス片は追いかけてくる。

 一体何がどうなっているのか。わからないままブティックのウィンドウにもたれかかった。

 ふと、ウィンドウに映る自分の身体が目に入る。その肩には一つの刻印が刻まれており、それを見た瞬間に従魔は全てを理解した。


『おのれ、クソ女がァァァァァ!』


 ガラス片にはあらかじめ、追尾の術式が刻まれていた。それと同時に爆発すると特定の物体に突撃するようにも設定されていたのだ。

 つまり、従魔が罠にかかった時点で勝負は決まっていた。

 そのことに気づいた従魔は女性を憎々しく思い、同時に大きな称賛も送る。

 だからこそこうも思う。

 こいつなら、存分に楽しめると――


◆◆◆◆◆


「ふぅー」


 レミア先生はひと息ついていた。自分をオトリにし、姿を消す従魔を苦労することなく倒せたのは大きい。

 もし仕掛けていた罠にかからなければ長期戦を想定し、準備をしていたが使わなくてよかったと胸を撫で下ろす。

 そもそもプラン変更になった時点でレミア先生の敗色は濃厚になっていた。それだけの相手だったのだ。


「ま、私だからどうにかしていたと思うけどね」

 そう強がりつつ、黒煙に飲まれた従魔から視線を離した。おそらく敵はバラバラ、運よく生きていたとしても戦闘不能になっているはずだ。

 レミア先生はそう考えつつ、その場を後にしようとした。


『まだです、マスター!』


 唐突に、バッグの中に入れていたサンが叫んだ。直後、黒煙から猛烈な勢いで何かが飛び出してくる。

 僅かにだが、彼女の反応が遅れた。


「うっ」


 突き出される拳が腹に突き刺さる。強烈な痛みが頭の中を支配した途端、そのまま力づくで左に殴り飛ばされた。

 何回か地面にぶつかると、家の外壁に身体を打ちつけていた。


「く、あっ……」


 身体中が痛みで悲鳴を上げている。

 咄嗟に術式を展開し、衝撃を緩和したがそれでもダメージが大きい。

 最高クラスの防御なんだけど、とレミア先生は文句を言いながら攻撃してきた従魔に目を向けた。

 黄金に輝く身体。その背中にはコウモリのような翼があり、頭には鳥のくちばしが存在する。

 近づき、首を締め上げながら持ち上げる手には鋭い爪が存在し、その腕は丸太のように太い。

 レミア先生の細い身体なんて簡単にへし折ってしまいそうなほど力があり、この状況ではまさに絶望を誇張するには十分だった。


『どうした? こんなもので終わる訳ないだろう?』


 従魔は高らかに叫び、問いかける。

 もっと戦え、こんなものでは満足できない。そう告げるかのようにレミア先生を見つめた。

 苦々しく奥歯を噛み、レミア先生は敵を忌々しげに睨んだ。立つことすらできないこの状況で逆転しなければならない。しかも相手はまだ闘志が満ちあふれている。

 最悪な状況だ。

 この状況を覆すほどの逆転の一手なんて、レミア先生は持っていない。


 どうする、と考える。

 どうしたら、と問いかける。

 満身創痍で勝てるほどの相手ではない。なら方法は一つだ。


「うっ……」

 渾身の力を振り絞って、彼女は立ち上がった。それを見た従魔は喜んだかのような雄叫びを上げる。

 もっとだ、と叫ぶ。叫びながら近づいてくる。

 そんな中、レミア先生はガラス片を呼び寄せた。

 四方八方、従魔に向かってそれは突撃する。しかし、この攻撃は従魔が大きな声を轟かせたことで終わる。

 飛びかかろうとしていた全てが、その身体に届く前に炸裂したからだ。

 従魔は勝ち誇ったような顔をし、レミア先生へ近づく。それを見た彼女は、使いたくなかった切り札を切ることにした。


「恨まないでよ、ジェイス」


 今までの攻撃はコントロールできるように術式をわざと劣化させていた。

 だが、万が一のことを考え敢えて劣化処理を施さなかったものがある。

 どれほどの破壊力になるかわからない。だからここから離れた場所に設置した。

 そこまで逃げ込めればレミア先生の勝ちだ。だが、彼女にそこまでの力は残っていない。


『奥の手はあるようだな。だが、悪い。もうそろそろ時間だ』


 黄金の従魔は重たい一歩を踏み出す。

 レミア先生は思わず後ろに下がった。

 勝負はもうついている。だが、敵は完全勝利を目指していた。追い詰められた彼女に、窮地を脱する術はない。

 そう、ないはずだった。


『マスター』


 澄んだ声が耳に入る。

 思わず意識を向けると、地面に落ちているカバンからこんな言葉が放たれた。


『わかっていると思いますが、このままではあなたは死にます。どうすることもできず人生を終えるでしょう。だから選択を提示します。このまま死ぬか、私を被るか』

「…………」


『どうにかなります。あの程度の魔物なら、私とあなたの力があれば。ですが、どちらかでも欠ければ終わりです。チャンスは一度きり、そして時間もないです。だからこそ選んでいただきます。諦めるか、生きたいか』

「そんなこと、聞く必要がある?」


 こんなところで、こんな場所で、寂しいまま死ぬなんてごめんだった。

 だから答えなんて決まっている。


「生きたいなんて答えはない。生きるわ。どんなことがあっても、這いつくばってでもね。だからそんなこと、聞かないでよ」


 サンは微笑む。

 今回の主は大当たりだ。だからこそ、その要望に応えなければならない。

 諦めが悪いならば、もっと諦め悪くなってもらおう。そのためにサンは持てる力を余すことなく発揮する。


『了解しました、マスター。私の力をあなたに捧げましょう――その代わり、あなたの持てる力をいただきます。よろしいですか?』

「聞くなって言ってるでしょ。さっさとやれ」

『イエス、マスター』


 バッグが弾け飛ぶ。

 従魔は一瞬だけ動きを止めた瞬間、割り込むように光が閃いた。

 思わず敵はたじろぐ。その僅かに生まれた時間を使い、サンはレミア先生へ飛び込んだ。

 ピッタリと、顔に装着されると一瞬だけ空気が止まった。その一瞬が過ぎ去った直後、一気に留まっていた空気が弾ける。


『ぬぅッ!』


 大きな衝撃が従魔の身体を突き抜けていく。まるで爆心地にいるかのような気分になりながらその原因である人物に目をやった。

 そこに立っているのは、白い仮面を被った女性だ。艶のある髪は緩やかになびき、身体の傷は不思議なことに消えている。


 だが、妙な現象が起きた。

 その背中に光が集まり、おかしなことに六枚の羽が形作られていく。

 虹のように輝くそれはまさに幻想的であり、どこか人を模った存在に思えた。

 その姿を言い表すならば、天使だ。


『マスター、ショータイムの始まりです。存分に暴れましょう』

「悪いけど予定が詰まってるわ。瞬殺して終わりよ」


『さあ、始めましょう。最強の時間を』

「最短で終わらせるわよ、そんなの」


 どこか足並みが合わないレミア先生とサン。だが、二人の目的は同じだ。

 だからこそ力を合わせる。立ち塞がる敵を倒すために。

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