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「話は終わったかい?」

 一部始終を見ていたのか、マウがダガーヘッドの出口からそっと現れた。

「はい。ミィミィも納得してくれました。俺たちは探査機を運びます」

「では、お言葉に甘えて現実的な話をしようか」

 マウがいつも以上に穏やかな口調で切り出した。

「コルト君たちの目的は一応達成したわけだが、現状、八方塞がりに変わりない。私の船は半壊して、核融合炉エンジンはギリギリ使えるレベルだ。それに、エンジンが生きていても、とてもじゃないがブラックホールの重力を逆流して昇る力はない」

 同意するようにコルトも頷く。

 運転してわかったが、核融合炉エンジンでは方向転換が限界だ。引力に流されるしかない。

「父さんの船を運ぶにしても、出口がわからなきゃ意味がないですしね」

「ソレニ、ココノ時間ノ流レモ不明デス。私タチガ元イタ世界ノ時間軸二戻レルカモワカラナイノデス」

 マウが腕を組んで顎を引いた。

「そのとおりだ。やれることは一つ、これまで通り前に進むだけ。この引力の終着点がどうなっているのか見届けようじゃないか。そのまま死ぬかもしれないがね」

「わかっています。ここまで来たら全力で足掻きたい。たとえ別の宇宙に飛んで、過去か未来にいったしても父さんたちが生きた証を持って帰りたい」

「御供シマス」

ルナがピロピロと擬音をたてる。

「私も生かされた身だ。君たちをどうにか外の世界へ送り出したい。そのために、リバーシスに核融合炉エンジンを組み込もうとおもっている」

 迷いのない瞳のマウに、コルトは唖然とする。

「いいんですか!?」

「ルナ君とも相談したが、それがもっとも生き残る確率がありそうなんだ。それに、この特異点に生えている鉱石の木は加工できる。外装くらいなら私の船と周囲の資源で整えられるよ」

 僥倖とはこのことか。また一つブラックホールの神秘に助けられた。

「まだ問題は残っているよ。ここがM87巨大ブラックホールなら、特異点はここで終わりでないはずだ。すなわち、この先も危険が潜んでいる。何より、道の先から現れる謎の光。あの正体も知りたい」

「ソレニツイテ、憶測ガアルノデスガ……」

 言いよどむルナに、コルトは説明してと促す。

「通説デスガ、ブラックホールハホワイトホール二繋ガッテイマス。ソノホワイトホールハ、内側ニモ光ヲ発シテイル可能性ガアリマス」

 コルトは神妙な顔で頷いた。

「ありえるかも。あれはただ光が逆流しているのではなく、ブラックホール内の物質が何かに触れて化学反応を起こし、それが発光現象として現れているかもしれません」

「暗黒物質にはスロウスト粒子もあるからね。だとしたら、我々は少しずつホワイトホールに近づいているかもしれないのか」

「はい……。今がどの位置にいるか未知数ですが」

 マウが顎に手を置いて肩を揺らした。

「死ぬ前にこんなお祭り騒ぎに参加できるとは思わなかったよ。冥途の土産話になる」

「縁起でもないこといわないでください。ていうか、冥途はいまいる場所かもしれないんです」

「違いない」

 クククとマウが嬉しそうに笑った。

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