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 リバーシスのブリッジに三人と一機が集まった。

 ルナは船のPCと接続しているのか、センサーに光はなく、腕からのコードを繋いでディスプレイの画像を閉じたり開いたりしていた。

 三人はブリッジの中央にある立体映像をじっと見守る。


「リバーシス接続完了。イツデモ話セマス」

 スピーカーから、いつもより抑揚のある声が鳴り響いた。

「コチラヲ御覧下サイ」

 ディスプレイに謎の記号が現れる。一本の縦線にUの文字が重なったものだ。

 ルナは最初に映した記号から、連続的に別の記号を映していく。一本線だったものが一秒置きに棒が増え、途中で逆さになり、Uが連続して並ぶ。それが一〇回変わると、また最初の形に戻った。

「コノ記号ハ、規則性ヲモッテ画一的二動イテイマス」

「数字といいたいのかな、ルナ君」

「ハイ。ソシテ、コノ数字ノカウントハ、今ナオ続イテオリマス」

「不思議だな、ブラックホール内は計器が狂うはずだ。私のダガーヘッドもコルト君のリバーシスも同じ現象が起きる。その探査機は別モノなのか?」

「ハイ、ゼンマイ式ノ計器ガ内臓サレ、電磁波ノ影響ヲ受ケナイヨウニデキテイマス。ソノ一点ダケハ、カナリローテクデス」

 ミィミィは話の筋が見えないのか、ソファに座り足をぶらぶら動かし始めた。

 コルトはミィミィの想いを代弁するように尋ねる。

「結局何が言いたいんだ?」

「コノ人工物ノ観測記録ヲ調ベタ結果、コレハ異ナル銀河圏デ作ラレタ無人ノ探査機デス。ソシテ無人探査機ハ、新品同様、何一ツ欠ケルコトナク動イテイマス」

 コルトはその話に納得するものの、たいした驚きはなかった。現に二つの特異点を辿ってきたことで、ルナやマウのような異なる銀河の文明と接触している。

「肝心なことを教えて。どうして、その探査機が未来の物だとわかるんだ」

「コルト様、セッカチハ嫌ワレマスヨ」

 減らず口を叩くポンコツに、うるさいと言い返す。

「デハ、探査機ノ中二アッタ、コチラノ画像ヲ映シマス」

 リバーシスのブリッジに3Dの宇宙が浮かび上がる。


「コレハ宇宙ノ観測記録デス。正直、アマリノ規模ニ震エマシタ」

 機械が感動して身体が震えるわけないだろ。

「コレダケデ銀河団一ツ分ヲ詳細二観ルコトガデキマス。人ノ一生ヲカケテモ全テ確認スルニハ不可能デス」

「御託はいいから。なぜ読み解けた」

「ガガーン!」

 ルナがショックで硬直する。変なリアクションをするAIだと改めておもう。

「ナンデコノ感動ガワカラナインデスカ……」棒読みで寂しそうにいうと「次二、私ノイタ銀河データト照ラシ合ワセマス」

 ルナは、探査機の宇宙画像を縮小し端に置いた。そして、何もないスペースに別の3D画像をだした。近郊の星々の外側に、十数個の銀河を映したものだ。

「コチラノ画像ハ、私タチノ宇宙圏デ撮影シタ宇宙ノ図デス。ソノ中デモコレヲ――」

中心が白く輝き外縁が紫色の画像になり、ルナが赤い丸で囲う。

「私タチノ宇宙圏デハ、コノ銀河ヲNGC4314棒渦巻銀河ト命名シテイマス。ソシテ、コノ銀河ノ画像ガ、先ノ探査機ニモアリマシタ」

 今度は端に置いた画像を引っ張ってきて、該当の銀河を丸で囲う。

「無人探査機ノ数値デワカッタノガ、コノNGC431ノ直径ガ、私タチガ観測シタデータ二比ベ、一パーセグ大キクナッテイルノデス」

 ほほお、と関心したようにマウが唸った。

「銀河は一秒間に四〇〇メートルずつ大きくなっている。一パーセグとなれば千万年以上かかるだろうな」

話を聞いたコルトはスケールの大きさに息をのむ。だが、銀河からしたら小さな数字だ。

「銀河同士ガ合体スルコトハ観測結果カラデテイマス。マシテNGC4314ハ若イ銀河。突然変異デイキナリ巨大化シテモ不思議デハアリマセン」

「それでルナ君の見立てでは、この探査機は何年後の世界からだとおもう?」

「憶測ノ域ヲデマセンガ、二〇〇〇カラ五〇〇〇年ト思ワレマス」

 その年数にコルトが驚愕した。シーズ人が宇宙を出てリリ星を発見するまで千年以上かかっている。

「少し短すぎないかな? 人類史では壮大だが、宇宙からみたら少ないように思えるが」

「マウ様、申シ訳アリマセン。私ノ頭脳ヲモッテシテモ正確ナ数値ヲダセナイノデス」

 しんみりと頷くマウをよそに、コルトは首を振った。

 頭の中がいまだに整理できていない。


「ルナ、父さんはこの探査機をいつ乗せた? まさかブラックホールに入る前じゃないよね?」

「ソレハ確認ガ済ンデオリマス。探査機ハ、私ガコルト様二拾ワレタ特異点デ不時着シマシタ。ソコヘコルト様ノオ父様ノ船ガ現レテ載セタノデス」

 ようやく少しだけ辻褄が合った。

 父の意図はわからない。ただ、ユユリタ一世の亡霊に呼ばれて最初の特異点にたどり着いた。そのときこの人工物に気づき、ルナと同じ結論にたどり着いたか、異星人の超技術として持ち帰ろうとしたのだろう。

「――いや、ちょっと待て。父さんたちはこれを持ってどこへ向かおうとした? ブラックホールに入ったら戻れないのはわかっていたはずだ」

 コルトの疑問に、マウがふむと小さくうなずいた。

「考えられるとすれば、ブラックホールの出口だろうね」

 これまで沈黙を守ったミィミィが、はっとしてソファから立ち上がった。同時にコルトも勘付く。二人の反応にマウはすっと笑った。

「未来から来た探査機を、過去にいる私たちが宇宙まで運んだらどうなるだろう」

「タイムワープの証明!」

 声に発した途端、胸の奥が熱くなった。

 前代未聞のことだぞ、これは!

 これまで不可解にからまっていたものが、一本の線に繋がった。

 父さんが船に乗せて探査機を運んだこと。

 自分の命を犠牲にしてまで、この探査機を守ったこと。

 すべては、タイムワープを実現するためだったのか!

「重力の影響で時間の流れが遅くなっているから、これを送り届けているときは未来になっているかもしれないがね」

マウは髭を撫でながら、ふとその手を止める。

「――いや、それも同じことか。彼らからすれば、過去から未来に跳んだのだから。どちらにしても驚きだよ。まさか私のボーナスステージが人類史に残る大ごとだとはね」

「私モデス。人生ッテワカラナイモノデスネ」

 お前は人じゃないだろ!

 そばで聞いていたコルトが内心で呟く。


「意味わかんないよ――」


 不意に冷めた口調でミィミィが呟いた。

「探査機? タイムワープ? なんで盛り上がってるの、どうでもいいじゃんそんなこと! お母さんはもういないんだよ! なんでコルトは冷静でいられるの!」

「いや、俺は事情を確かめようと――」

「嘘! 絶対に興奮してた! お父さんのこと忘れてたくせに!」

 心の内を読まれている以上いいわけはできない。

「ごめん、ミィミィの気持ちを汲んでなかった。でも、父さんたちの想いもあったはずだよ」

「そんなの知らない!!」

 ミィミィは怒鳴った後、帽子を深くかぶってブリッジを出た。

 重い空気を察したのか、ルナは「リバーシスとの接続ヲ終了シマス」と3D画像を切り、船と胴体を繋ぐプラグを抜いた。

「一五分だけ時間がほしい。俺も整理したいんだ」

 マウは静かに頷くと、

「コルト君、これだけは言わせてほしい。君たちがどんな選択をしても私はそれに従うつもりだ。君たちと会わなければ死んでいたからね」

「私モデス。コルト様に従イマス」

「ありがとう……」

 コルトは深々と頭を下げた後、ゆっくりとブリッジを抜けた。


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