第29話 未練のユーリ

「えっ…?」


セレスは聞き返した。




「『ぼくを殺して下さい。』

 と、お願いしたんですよ。」


ユーリはニコリと微笑ほほえむ。




「そういう能力ということか…?

 例えば、攻撃こうげきを反射するとか…。」


ミリアはつえを構えたまま、にらみつけるようにユーリを見つめて言う。




「ああ…。

 ちがうんです。

 ぼく、死ねないんですよ。」


言いながらユーリは、すっと右手のナイフを持ち上げた。


ビクッ!


セレス達は体を固くする。




ドスン!




ユーリは自分の胸に、心臓の位置に深々とナイフをき立てた。


「なっ!?」


セレス達は目を見開く。


ユーリがズボッとナイフを引きくとブシュブシュ…と血がしたたり、

ユーリはバタリとたおんだ。


ゆかには血の染みが広がっていく。




ブワッ!




たおんだユーリの体が、金色にかがやき出した。




「これは…!?」


セレス達は息をのむ。




まぶしいほどにかがやくと、ふいにそのかがやきが消える。




ムクリ。




ユーリが起き上がった。




その胸には、傷一つ残っていない。


服まで元通りになっている。


だが、ゆかの血はそのままだ。




「ね?死ねないでしょう?

 これが未練オドラネブダ試練トライアル

 時間を巻きもどすんです。

 そして、ちょっとばかり暴走しているんですよ。」


ユーリがまたニコリと微笑ほほえんだ。




「あなたは、スドリャク教徒ではないんですか…?

 我々の敵ですか…?

 それとも味方ですか…?」


セレスがけんを構えたまま慎重しんちょうたずねる。


「今は、そのどれでもないですね。

 スドリャク教は信仰しんこうさせられていましたが…、もう信仰しんこうしていませんよ。

 フフフ…。」


ユーリが悲しげに笑った。


ぼくは、ハーフなんです。

 父親が魔族まぞくで、母親がエルフ。

 理由は…、察してください。」


ユーリが頭をった。


ぼくは、三百と二十年ほど前のあの日、

 十五さいのあの日まで、ずっと魔族まぞく奴隷どれいとして働いていました。

 あの日、運んでいる荷物の下敷したじきになって死ぬまでは…。」


ユーリが目を細めた。


「(三百と二十年!?

  どう見てもぼくと同い年ぐらいなのに…!?

  長寿ちょうじゅのエルフの血を半分引いているからか…!?)」


セレスは、内心でとてもおどろいた。


「その時に分かったんです。

 ぼくが時間を巻きもどす、未練オドラネブダ試練トライアルを持つと。

 その能力が丸一日以上も、死すらも巻きもどせる、強大なものであると。

 そしてぼく魔王まおう様の、グランゾエル様の側近の一人になった。」


ユーリがうつむいた。


「『グランゾエル』…?

 それが魔王まおうの名ですか…?」


セレスが再びたずねる。


「おや?

 そんなことも伝わっていないんですね…。

 本当にあの方は…。用心深いことだ…。」


ユーリはセレスのほうをり返ると、ゆっくりと目を閉じた。


「三百年前のあの日、

 勇者トレトスがグランゾエル様の首をはねた後、

 ぼくはグランゾエル様のご命令の通りに行動しました。」


ユーリは目を開くと、再びナイフを持ち上げた。


「こんな風に。」


ユーリが、今度は左手の小指をナイフで切り落とす。


「『死んだグランゾエル様の肉体を巻きもどせ。』

 とね。」


「!」


セレス達は、再び息をのんだ。




ユーリの全身が金色にかがやくと、

あっという間に左手の指が元にもどった。





「まるで新しい指が生えてきたみたいでしょう?

 でも、無くなった頭を再生したとしても、ちゃんと記憶きおくは残っているんです。」


ユーリが自分のこめかみの辺りを、左手の人差し指でトントンとたたく。


「肉体を、丸一日巻きもどしたとしても、記憶きおくだけは残っている。

 不思議なことにね。」


ユーリがフゥー…と大きくため息をついた。


「まさか…。」


ミリアが口を開いた。


「そうです。

 今、この王宮の玉座にいらっしゃるのは、グランゾエル様ご本人です。

 この三百年間、私がグランゾエル様の時間を巻きもどし続けてきたのです。」


ユーリが言った。


「なっ!?」


セレス達はおどろきの声を上げる。




「もっとも、もはや私の意志ではありません。

 私が死ぬと肉体が一日巻きもどろうとするので、

 その時に私の肉体にれることで、一緒いっしょに巻きもどっている。

 そんな感じです。」


ユーリが続ける。




「今回のクーデターの主犯が…、三百年前の大戦時の魔王まおうその人だと…?」


ミリアがうめくように言う。


「クーデターなんて生ぬるいものじゃありませんよ。

 おそらく、皆殺みなごろしです。

 死ねないぼくと、グランゾエル様、そしてかれ崇拝すうはいする魔族まぞく以外は。

 フフフ…。」


ユーリが、また悲しげに笑った。


「どんなに巻きもどしを行っても、ぼく魔力マナきることはない。

 消耗しょうもうした魔力マナすらも、巻きもどっているということかもしれません。

 私の母親達エルフも、私と同じハーフエルフ達も、もうみんな死んでしまいました。

 それでもぼくは死なないのです。

 寿命じゅみょうすらも勝手に巻きもどっているらしい…。」


言いながら、ユーリは自分の首に何度もナイフをき立てた。


ドスン!ドスン!ドスン!…!


ユーリの全身が金色にかがやき、首の傷は無くなってしまう。


「もうなみだも出ませんよ。フフフ…。」


ユーリが悲しげに笑う。


「…ふざけるな。」


セレスが口を開いた。


皆殺みなごろしだと!?

 そんなことが許されると思っているのか!?」


セレスがいかりに満ちた声でさけぶ。


「そうです。許されるはずがありませんね。

 でも、許さないのはだれですか?」


ユーリがセレスを見据みすえて言った。


「なっ…。」


セレスは言葉にまる。


「許さないのは、今生きている人族やそれに従っている魔族まぞくでしょう。

 グランゾエル様はそれを、許す魔族まぞくだけに置きえるおつもりだ。」


ユーリがうつむく。


「そんなこと…!

 間違まちがっている…!」


セレスはうまく言葉に出来なかった。


「分かります。私も同感ですよ。

 間違まちがっているんだ。かれは。」


ユーリがうなずいた。


「物事というのはね。

 それを支持する多数派がいないと成り立たないんです。

 王も、法も、国も、正義も。」


ユーリが左手の指を順番に折る。


「それを、自分一人が持つ圧倒的あっとうてきな力でひっくり返すなんて、

 子供のわがままだ。」


ユーリが首を横にった。


だれだって、一人だけでは生きていけないんです。

 エルフ族も、魔族まぞくも、人族も。

 グランゾエル様だって、ぼくがいなかったら何も出来なかったんだ。

 三百年前にトレトスに殺されていたか、

 そうでなくとも寿命じゅみょうで亡くなっていたんです。

 もちろんぼくだってそうです。

 一人じゃ何もできないんだ。

 あなた達だって、きっとそうでしょう?」


ユーリがセレス達を順番に見つめる。


「一人の勝手で、世界を好きに作り変えるなんて、許されるはずがない。」


ユーリは、言いながらうなずく。




「でも、それ以上に、ぼくは…。

 ぼくはもう、本当に疲れたんです…。

 生きることにも…。

 グランゾエル様を巻きもどすことにも…。

 本当に、つかれた…。」


ユーリがうつむいた。




「(不死身…。)」


セレスは思った。


「(不死身や不老不死にあこがれるという者は、数多くいることだろう。

  それなのにこんな…。

  こんな悲しい境遇きょうぐうに置かれるだなんて…。)」




「でも…、」


ユーリが口を開いた。




「でもきっと、

 半分魔族まぞくぼくの体なら、

 アミュラスの勇者の特異技能ギフトを使えば、

 きっと殺せるはずです。」


ユーリがセレスを再び見据みすえた。




「なっ…!?」


セレスは固まった。




アミュラスの勇者様、どうかぼくを殺して下さいませんか?」


再びユーリが言った。




「あ…、あなたは…!

 何も悪いことはしていない…!

 魔王まおうに…!

 グランゾエルに利用されていただけで…!」


セレスが悲鳴にも似た声でさけぶ。




「そうかもしれません。

 でも、そのせいで、たくさんの人々が犠牲ぎせいになりました。

 ぼくも共犯ですよ。」


ユーリが首を横にった。


「それに、ぼくを殺さなければ、ここから出ることもできませんよ?」


ユーリは、言いながら目を閉じた。


右手に持っていたナイフもカラン!と落とす。




ぼくは…、もう…、つかれたんです…。」


ユーリが目を閉じたまま両腕りょううでを広げる。




『どうぞ殺してください。』


そう言っているのだ。




「セレス…。」


ティナがなみだを流しながら言った。




セレスもなみだを流しながら、

ゆっくりとユーリに近づくと、


「どうか、安らかに…。

 天国へ行ってください…。」


と言った。


そして先ほどユーリがそうしたように、

ドスン!

とユーリの胸にけんした。




地獄じごく行きですよ…。フフフ…。」


灰のような色になってサラサラとくずれながら、ユーリが笑った。

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