第5話 不安のボリス

血まみれの兵士の胸元から、魔族まぞくはズルリと下半身をき取る。




よく見れば、おくのほうにも別の兵士が血まみれで転がっていた。




「キャアアアア…!」


とフランがさけぶのと、ミリアが


紅蓮の投擲槍クリムゾンジャベリン!」


さけぶのは同時だった。


ミリアの構えたつえの先から、すごい速さでほのおやりが飛び出す。




だが、すで魔族まぞくけむりになった後だ。


ボゴッ!


ほのおは土だらけの地面にぶつかって消える。




「おじょうちゃん。もしかして、賢者けんじゃってやつかい?」




またもや上半身だけが現れた。


今度は上空にフワフワとかんでいる。


下半身だけをけむりにしてただよっているのだ。




「フランとアンは下がれ!

 セレス!

 援護えんごできるか!?」


ミリアの問いに、セレスが


「はい!」


と答え、すかさず肩越かたごしにけんく。


フランとアンネは後ずさりし、その前でレイとステファンもけんを構える。




ミリアが今度は


紅蓮の噴火クリムゾンイラプション!」


と下から上へつえる。


すると、足元から上空に向けて広がるようにほのおが上がった。


瞬間しゅんかん魔族まぞくけむりに姿を変えてほのおをくぐるように下へける。


セレスはそのけた先を左手でねらって、


集中フォーカス!」


さけんだ。


セレスの左手のひらから、ビシュッ!と光線が放たれる。




と、

ドサッ!と魔族まぞくが落下してきた。


「痛え!?なんだこれ!?痛えぞ!?」


どうやらけむりの状態でも光の魔力マナは有効らしい。


魔族まぞくはゴロゴロと鳥舎のほうへ転がり、フラフラしながら起き上がる。




「オイオイ、おぼっちゃんのほうはもしかして、アミュラスの勇者ってやつかよ!?」


だが、痛いと言っていた割には、ピンピンしているようだ。


「(ほとんどダメージが無い?

  ここじゃ光量が足りないのか…?)」


「だとすると、おくにいるおじょうちゃんが奇跡サザーニアの聖女ってか?

 確か、黒いかみだっけ?」


魔族は首をかしげるようにしてコキコキ鳴らすと、


「チッ。せっかくターゲットナンバーワンを達成したってのに。

 ナンバーツースリーフォーが現れやがった。」


と舌打ちしながらつぶやくように言う。


「何だと!?」


ミリアが目を見開いた。


「貴様、まさかラズリー国王を…!?」


「あ?そいつは依頼いらいにゃ入ってねーな。」


魔族まぞくがダルそうに答える。


「しかし、さすが賢者けんじゃってだけはある。

 ここが火事になったら大変だもんな?」


魔族まぞくは、左手でコンコンと背後にある鳥舎のドアをノックした。


「(…っ!そういうことか!)」


セレスは、ようやく気づいた。


駆鳥くちょうたてにされているから、ミリアは追撃ついげきができないのだ。


「まあ、安心しなよ。今のところは引いてやる。

 今のところは。な。」


魔族まぞくが再び下半身からけむりに姿を変えていき、


「フフフ…。

 オレは不安マムザシルキのボリス。

 ボリス・レテコフってんだ。

 よかったら、遺書に書いといてくれよ。

 『ボリス・レテコフに全財産を相続します。』

 ってな。

 金持ちそうなおぼっちゃん、おじょうちゃん達。

 フフハハハ…。」


と笑いながら言った。




セレスは恐怖きょうふした。


「(けむりなんて!

  こんなけむりなんかにつけねらわれたらげ場なんてないだろう!

  窓を閉め切ろうが、ドアにカギをかけようが、

  構わず侵入しんにゅうできるにちがいない!)」




ビューッ!と風がいた。


けむりに姿を変えたボリスがブワーッとこちらに向かって来る。


「いかん!息を止めて目と鼻と口と耳をふさげ!」


ミリアがさけぶと、みんながバッ!としゃがみむ。


しかし、セレスはそうしなかった。


「もっと光があればきっとたおせます!

 こいつはここでたおさなくてはならないんです!

 大きなほのおを燃やしてください!」


さけぶ。




しかし、ミリアには届かなかった。




今度はセレス達の背後から、ビューッ!と風がいたのだ。


けむりのボリスは、駆鳥くちょうの鳥舎のほうへ向かう。




「(…どうなっているんだ?)」




風はグルグルと、回転する。




竜巻たつまきのようにではない。




球状に。




けむりのボリスが一か所に集められていく。




「どうなってんだこりゃあ!?」


ボリスがグルグルと回転しながら上半身を出し、

キョロキョロと何とか辺りを見回そうとする。




「今よ!セレス!ミリアさん!」


上からさけび声が降ってきた。




鳥舎の屋根に少女が、

つえを片手に持ったティナが立っていた。


見上げたセレスとミリアがうなずき、セレスはボリスに向かって走り出す。


紅蓮の新星クリムゾンノヴァ!」


ミリアがさけびながら右手を頭上に向けると、

巨大なほのおの球が爆発するように出現した。


周囲が真昼のように明るくなる。


断罪ジャッジメント!」


セレスが目にも止まらぬ速さでけんり下ろした。


カッ!


かみなりが落ちたように一瞬いっしゅん辺りがさらに明るくなり、次の瞬間しゅんかん


ズバッ!と切断音がひびく。




「ギャアアアアッ!」


ドサッ!と、胸をななめにられたボリスが地面にたたきつけられた。


「アッ!アッ!アアアアアッ!」


と、のたうち回る。


られた傷の付近は、灰のような色になってサラサラとくずれていき、

青い血がブシュブシュとき出した。




あきらめろ。」


念のため全身を光の魔力マナの加護でおおいながら、

セレスがゆっくりとボリスに近づく。


「ヒッ…。いやだ…死にたくない…。」


ボリスがむせながら四つんいになって命乞いのちごいをする。


「ゲホッ…!たのむ!なんでも話すから!

 ゲボホッ…!知らないやつに金でやとわれただけなんだ!

 ゲホッゲホッ…!たのむ!助けて!」




ズン!




セレスは両手で剣先けんさきを地面に向けて差しむようにして、ボリスの首をはねた。




「お前はかれ命乞いのちごいを聞かなかった。」







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







「やってくれたな。」


ミリアが言った。




セレスにではない。


サラサラと肉体がくずれて、もはや骨と衣服、ダガー、腕輪うでわしか残っていない

ボリスと名乗った魔族まぞくの遺体に言ったのだ。




駆鳥くちょうの鳥舎の中は血の海のようだった。




中にいた飼育員であろう人間も、駆鳥くちょうも、みんな殺されていた。


駆鳥くちょうたてにするようなフリをしておいて、

すでに目的は果たしていたのだ。




「せっかくターゲットナンバーワンを達成したってのに。」


というボリスの声がかぶ。




「ナイスアシストだったかしらね?」


鳥舎の屋根から、緑を基調としたワンピース型の旅装束を着たティナが、

特異技能ギフトの力でフワリとい降りてくる。


「…あっ!ちょっと!見ないでよ!エッチ!」


ティナのスカートがひるがえる。


セレス、レイ、ステファンはあわてて顔をそらした。


「(いやいや。見えてないから。

 黒タイツいてるじゃないか。)」


とセレスは思ったが言わなかった。




「ティナも来てくれたんだね。

 でも、なぜ鳥舎の屋根なんかに…。」


着地したティナにセレスが駆け寄ると、


「なんとなくカッコイイかと思って。

 気づかれないように飛ぶの苦労したわ。」


とゼエゼエ言っている。


「(魔力マナの使い過ぎだ。)」




「やあ、即戦力そくせんりょくその二。道中よろしくたのむよ。」


鳥舎から出てきたミリアが言った。


「だが、ふう…。仕方がない。

 東のバジャルタまで歩いて、鳥屋で鳥車を買い付けるか。」


ミリアがため息をつきながらあきらめたように言うと、レイが


「我がハイルペラ領のバジャルタまででしたら、

 先ほど乗ってきた我が家の鳥車を使いましょう。

 見送りたいという使用人を待たせてありますし。」


と提案した。


「いいのかい?明らかに定員オーバーだぞ。」


ミリアが言うと、


「歩くよりは速いでしょう。」


とレイが答え、そうすることに決まった。




「セレス兄、大丈夫だいじょうぶ?」


フランがセレスにけ寄ってくる。


「ああ。ケガはないよ。」


セレスが答えると、


「良かった…。」


フランがなみだぐむ。


目の前で人族や魔族まぞくが死ぬ。


この先もきっと、それが続くのだろう。


そう考えると、フランがかわいそうで仕方なかった。




「マロジョテス様…。」


ミリアにはアンネがけ寄っていた。


「ん?ああ。私もケガはないよ。」


あんな大規模に特異技能ギフトを出力したのに、息切れ一つ起こしていない。


「それは何よりです。ですが、そんなことよりも…。」


アンネが静かに続ける。


「先ほど、聞き間違まちがいでなければ、私のことを『アン』と呼びましたよね?」


「…そうだったかな?」


ミリアがとぼける。


「『アン』と呼びましたよね?」


何だかこわい。


「…次からは気を付けるよ。」


ミリアがたじろぐ。


「『アン』と呼びましたよね?」


こわこわこわい。


「ああもう!

 分かった!分かった!すまなかった!

 二度とアンとは呼ばないよアンネ!

 …これでいいかい?」


ミリアが根負けした。


「お願いしますよ…。」


そう言うと、アンネは先陣せんじんを切って正門のほうに歩いて行ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る