第2話ホームレス、いろいろ確認する

 翌日。

 俺は、大主教様と朝食をとりながら、この世界のことを教えてもらっていた。

 やはり、心配した通りこの世界は、俺が知るマジックオブアイアン5の世界と酷似していた。それも俺が恐れていたように、シナリオ1の世界だった。

 ヴォルフスブルクは弱小国家で、周囲は敵だらけ。土地は豊かではなく、兵力を養うことはできない。だから、軍備は脆弱で常に周囲におびえている感じ。

 女王ウィルヘルミナが優秀で、彼女の政治力と外交力をもってなんとか国を維持できている。


「やばいですね、もう滅亡寸前じゃないですか」

 実際、このシナリオのヴォルフスブルクは本当に弱い。俺も慣れるまでは1年間(ゲーム時間でいえば10分)で滅亡していた。

 

「女王陛下だけが、我らの救いなのじゃ」

 たしかに、シナリオ2以降の設定では、ウィルヘルミナ女王がヴォルフスブルクの中興の祖となっていた。

 奇跡と呼ばれるほどの経済成長により、富国強兵を成し遂げて、大陸最強国家にのし上がっていくのがシナリオ2以降の内容だ。


 俺たちは、味が薄い野菜スープを飲みながら、ため息をつく。


「大主教様は、女王陛下と面識があるんですか?」

「ああ、昔、教育係だったのじゃよ。彼女は、私の教え子の中でも最高の人材じゃったよ」

 少しだけ希望は生まれたな。無能な自国の将軍ほど恐ろしいものはいないというし。

 たとえば、悪名名高きインパール作戦。


 日本軍が大戦末期にインドの都市・インパールを攻略しようとした作戦だが、指揮官の精神論によって補給を軽視し大損害を被った。「自動車不足で補給がままならないなら、牛で物資を輸送し、そのまま食料にしてしまう」という一見合理的な作戦に見えるが……

 実情は、牛たちは長距離移動に慣れておらず、牛が食べる草もなく、そもそも扱い方が日本の牛と現地の牛で全く違うものだったせいで、牛が次々に脱落して補給路が崩壊するというお粗末な机上の空論だった。


 だからこそ、この国のトップが優秀なのは希望が見える。


 現状を考えても、女王陛下が優秀なのはわかる。自暴自棄になって実情を見ない軍備拡張をおこなって経済を破綻させていないからな。普通の指導者なら焦って国を自壊させているだろう。それをしていないというだけでも、政府の優秀さはよくわかる。


 そもそも、国が滅べば、俺は完全に希望を失う。たいていの弱小国は強国に食われて、植民地となったら悲惨な運命が待っていると相場が決まっているんだ。景気は悪くなるし、産業構造だっていびつになる。長い長い不況に苦しみ、人々は生きるのが精一杯になってしまう。


 そんな中で、身寄りすらない俺に待ち受けているのは死だ。誰も俺を助けてくれるわけがない。

 なら、他国に移住するのは?


 それも無理だ。そもそも、身分もよくわからない俺が国境を越えようものならスパイと疑われて殺される。


 何もしなければ、国が滅んでゲームオーバー。

 国から逃げることもできない……


 なら、どうすればいいかなんて自明だよな。戦うしかない。


 ※


「青き魔力は、速さと知性を象徴する。お主はきっと異界の知識も持っているのじゃろう。今日は早く寝て、明日たくさんのことを私に教えてくれ。今日が世界の分水嶺になる。クニカズの顕現以前とクニカズの顕現以降で歴史はまるで変わるのじゃ」


 ※


 幸運なことに、大主教様は俺のことを買ってくれている。この国を救いたいと言えば、たぶん喜んで取りなしてくれるだろう。


「あの大主教様?」


「どうしたクニカズよ?」


「俺、たぶんなにかしらの使命があるんだと思うんです。うまく思い出せないけど――たぶん、神父様に出会えたこと自体、運命なんですよ。神様は、きっと俺にここで何かをなせと導いたんです。だから……戦わせてください」


 神父様は、感激して泣き出してしまった。


「おお、神よ。あなたの慈悲に感謝いたしますじゃ。まさか、こんな立派な救世主を導いてくださるなんて。救国の英雄とはクニカズのためにあるのでしょうね。ああ、救国の英雄の誕生した瞬間を目撃して、私は何も思い残すことはありません。ただ、感謝しかできない自分が情けないですじゃ」


 いやいや、言い過ぎですよ。神父様? そもそも、俺ニートだったし……

 ただ、生きていくためだけに最善手を選んだだけっていうか……


 だから、そんなに泣かないでください。とっても申し訳なくなるから!!


 ※


「ふぅ、やっと泣き止んでくれてよかった」

 俺は、大主教様が用意してくれた部屋で一息ついた。なんだか、いろいろありすぎた。


「どうなっちゃうんだろうな、これから?」

 不安しかない。そもそも、才能はあっても俺は戦えるのか!?


『大丈夫ですよ』

 また、あの声が聞こえた。俺を導いたダンボールの声だ。


 どこにいるんだ?


『ここです。あなたの着ていた服のポケットですよ』

 脱ぎ捨てていた元の世界の服が光っていた。



 ※


「また、ダンボールが光ってる!?」

『ええ、あたしはダンボールの化身ですから。あなたを見込んでこの世界に送り込んだんですよ』

 ポケットからダンボールの欠片がまるで生きているかのように浮かび上がってきた。

 

「どうして俺なんだよ。俺なんて、ずっとニートをしてきて家族に見放されたホームレスだぞ!? なんで、俺が選ばれるんだ。おかしいだろう」


「あいかわらず、自己評価が低いですね。だから、ずっとひきこもっていたのかもしれませんが……」


「大きなお世話だ。俺にそんな価値なんてない! 何も生み出していないし、周りに迷惑ばかりかけてきたんだ」

『違いますよ。あなたには価値がある。この世に価値のない人なんていない。あなたは素晴らしい人、なんですよ?』



 まさか、ダンボールにこんな風に慰められるとは思わなかった。

 いや、俺みたいなやつはダンボールにしか慰められないのかもしれないな。

 そんなことを考えていると奴は、何かを察したかのように笑い出した。


『そうだ、この姿じゃちょっと話にくいですよね。少し変身します』

 そういうと光のダンボールは大きくなっていく。そしてあっという間に、人間の女の子ような姿になった。

 身長は150センチくらい。ミドルヘアの黒髪の女の子だった。

 悔しいけど、結構かわいい。ダンボールなのに……


「これでいいですか? 少しは話しやすくなりましたか?」


 元気いっぱいに彼女は俺に笑いかける。うん、すごくかわいいな。

「え~照れますよぉ」

 なんかさっきから心の声が伝わってない?

「そりゃあ、そうですよ。私は妖精ですからね。心を読むくらい楽勝です」


「えっ……」

「だから、邦和さんがどんな趣味を持っているかもよくわかります。具体的にいえば、本棚の後ろに隠していたかわいい女の子が表紙のゲームのキャラクターが好きなんですよね。あなたが話しやすいように、そっち系の容姿になってみました。かわいいでしょ?」

 いや、かわいいけれども。


「あっ、もしかして呼び方は、”センパイ”のほうがいいですかぁ、にゃー?」

 グフッ。まさか、そこまでばれているのか。


「まぁ、からかうのはこれくらいにして……本題に行きましょうね。センパイは、たしかに自己評価が低いです。でも、それは自分から見ているから厳しくなっているだけにすぎません。あなたは、本当はステキな人なんですよ、にゃー?」

 いや、語尾は違和感ありまくりだろ。


「それでも、あなたは自己嫌悪で苦しいかもしれない。でも、私は見ていました。どんなに寒くてもダンボールを燃やそうともしないあなたを……周囲に迷惑をかけないように必死で悩んでいたあなたを……そして、あなたが仕事をやめる寸前、どれだけもがいていたか。彼女を救おうとしていたか」

 その瞬間、いろんな気持ちがフラッシュバックして、俺は床に倒れこんだ。


「ごめんなさい、あなたがあの記憶を思い出したくないのはわかっていました。でも、言わなくちゃいけないと思ったんです。あなたは、幸せにならなくちゃいけないから。だから、ここから始めましょう。私とあなたで……一緒に頑張りませんか?」


「一緒に?」


「私は、センパイを思ったよりも気に入ってしまったんです。だから、最後まで面倒を見ますよ」

「だから、一緒に頑張りましょう。わたしたちはパートナーです」

 彼女の差し出した手を俺は必死にたぐり寄せた。


「がんばりましょうね、センパイ! 私のことはとりあえずターニャとでも呼んでください」

 彼女は女神のように笑う。


 ※

 ターニャを名乗ることになった私は、ダンボールに戻って一人で笑う。

「ひとめぼれなんて、本人に言えるわけないよね、さすがに」

 まさか、自分がここまで人間に肩入れをするとは思わなかった。


 こう見えても妖精だからね。センパイには私の強い加護をまとわせている。

 強力な魔力加護をね。そして、センパイの知識はたぶんこの世界を変えるほどのものになる。わたしもうまく使ってもらわないとね。


「今度こそは、あなたを幸せにして見せるよ、センパイ」

 ※


「女王陛下、ご入来!!」

 そして、俺たちは3日後。女王陛下との謁見が許された。意外と待たされたが、よく考えればアポなしで総理大臣と会うようなものだからな。そう考えると、かなり早い。


 女王陛下は、意外に簡素なドレスを身に着けていた。ゆっくりと歩く彼女の足は細くまるで折れてしまうかのように華奢だ。さすがにじろじろ見ることはできないから、大主教様に合わせて目を伏せて、彼女に呼び掛けられるまで待つ。


「大主教殿、そして、異世界の戦士クニカズよ。この度は、はるばる来ていただき感謝いたします」

 ものすごく力強い声だった。主教様から聞いた年齢は、たしか18歳だったよな。俺よりも一回り以上年下なのに、なんて威圧感だ。これが王族のカリスマ性か。


「はい、陛下。私はつい数日前、彼と偶然出会いました。すでに、魔力調査においては異常ともいえる数値をたたき出しています。おそらく、史上屈指の魔力ポテンシャルかと。世界を救った伝説の英雄に匹敵する可能性すらあります。さらに、クニカズは異世界の大学を卒業している知識人でもあります。専門は、政治学ということで、まさしく我が国の救世主となれる存在かと思ったところであります。すでに、彼には我が国の現状については説明し、協力を申し出てくれましたので、このように無理にでも謁見させていただいたところであります」

 ああ、状況はゲームでよくわかっていた。


 ヴォルフスブルクは大陸中央に位置しているが、周囲は大国に囲まれている。圧倒的な海軍力を持つグレア帝国、南には歴史的にも古い文化大国マッシリア王国、東には圧倒的な人口を抱えるローゼンブルク帝国。さらに、周辺の小国とも仲が悪く、常に緊張関係。どこかの小国が大国と結びついて、軍事侵攻されてゲーム開始から1年もたたずに滅亡するんだ。


  ヴォルフスブルクの別名は”時報”だ。ゲーム開始からだいたい1年が経過したときに必ず滅びるからな。戦国時代のゲームに例えるなら、北条家に滅ぼされる太田家とか上杉家の道路になりやすい神保家とかのポジション。


 そんな弱小国家に俺が配置されてしまったんだ。運命にあらがうしかない。


「はい、陛下。俺がここに来たのも何かしらの意味があると思うのです。だから、戦わせてください。俺の力を使えば、ヴォルフスブルクに可能性の光を見せることができると思うのです」


 女王陛下は、満足そうに頷いた。よし、これなら採用してもらえるかもしれない。

 だが、そうは甘くはなかった。


「なりませぬ。そんな素性もよくわからない男など信用してはいけませんぞ! ペテン師かもしれません。最悪、敵国のスパイの可能性だってあるのです。そもそも、魔力検査などどうとでも不正はできる。大主教様も騙されている可能性があります」


 太った中年男性がいきなり強い口調で俺を責めてきた。なんだこいつは?


「宰相よ、客人に対して失礼だろう?」

 宰相……つまり、この国のナンバー2か。やばい、もう目をつけられたのか。


「では、条件があります。客観的な実力を示してもらいましょう。大主教様が絶賛する魔力と知性があるのなら私から示す試練など簡単なはずです。よろしいですかな、クニカズ殿?」


 拒否はできないよな。それだけの威圧感があった。


「わかりました」


「ならば、私から示すのは2つの試練です。どちらもあなたほどの能力があれば簡単なはずだ。もし、失敗したら、それ相応の罰を受けてもらいましょう」

 あとから罰則を示すのずるくない? でも、そんなことを言ったらすぐにスパイ認定でもしてきそうだな。このおじさん。


「では、ひとつ目の試練です。あなたの実力を示してください。ヴォルフスブルク王国最高の騎士である我が息子シュヴァルツを模擬戦で倒すことができたら、あなたの実力を認めましょう」


「模擬戦?」

 やばい、いきなりそんなことをすると思っていなかったから何も準備ができていない。


「ええ、模擬戦といっても、剣と魔力を使った実戦的な決闘です。さあ、こちらへ。息子をすぐに呼びますから」


「えっ、ちょっと待て。俺、戦闘とかしたことないんですけど」


「冗談を! それだけの魔力ポテンシャルを持った人間がそんなわけがないじゃないか、クニカズ。さあ、やってしまえ」

 大主教様はそう言って笑っている。


 これ、ホームレスをしているよりもやばくない?



――――――

登場人物紹介

山田邦和(ニート時代)

知略:73

戦闘:9

政治:65


とある事件をきっかけに25歳の時に会社を辞めて、それ以来ずっとニートを貫き通してきた。

口先と機転だけで家族の追及をかわしてきた腹黒い一面も。

大学時代は文学部史学科で、趣味は歴史シミュレーションゲーム。歴史オタクで暇な時間はゲームをするか図書館で借りてきた歴史の小説を読んで過ごしてきた。

しかし、口だけでは限界に達してしまいついに家を追い出されてしまう。

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