第21話 魔王就任。そして男女混合ハーレム婚(前編)

 太陽が一つだけの朝。


 魔界に四つある、人間界と繋がっている洞窟の一つから町長さんがやって来た。守護獣ガーディアンのドラゴンが大活躍していて、侵入者はゼロ。とても平和だという感謝の報告だった。


「良かった。ドラゴンの長さんにもお伝えしておきますね」


「魔王様、本日参ったのにはもう一つ理由がございます。洞窟内の点検をしていた者が見つけたのですが……」


 町長さんは、布をかけられた二十センチ程の物をうやうやしく掲げた。何だろうと思い手に取る。

 中身を見て、息を呑んだ。


「……魔王家の印がついた大鎌デスサイズ…………」


「洞窟内のスライムたちが隠し持っておりました。これは、レッド様の愛用の武器だとお見受けしますが……」


 乾いた血が付いている。背中に冷水をかけられた心地がしながら、精一杯に笑ってみせた。きっと不自然だっただろうけど、仕方ない。


「ええ、のです。見つけてくださり、ありがとうございます」


「恐れながら、貴方様が影武者である事は皆が分かっております。その上で真の魔王として認めております。そろそろ本当のお名前をお聞かせ願いたく」


「……ぼくは、魔王レッドです」




 一人になって、呆然と考える。

 見間違えるはずがない。いつもレッドが持ち歩いていた大鎌デスサイズだ。洞窟内で誰かと戦闘になったのかな……。

 武器を失くして、それから──?


「スカイブルーはどう思う?」


《オレ様には上手い励ましが出来そうにねえ、仲間と話したり出かけたりして、気晴らししてこい》



 フリーとワイファを探したら物凄く沈んでいた。キョウ君も上の空だ。


「フリー、一緒にお散歩でもどうかな」


「私に構わないでください姫ー!」


「ワイファ、どうしてアトリエを片付けてしまったの?」


「いま、絵を描く気分じゃないの……」


「キョウ君、このお団子、茹で忘れてない?」


「あ……悪い。作り直す」


 いったい何が起きてるの。誰か知っている人はいないかな。人魚たちの事は身内に聞こう。通路で身を寄せあって泣いていたメガとギガに話しかける。


「フリーとワイファのことが心配なんだ。ぼくに何か出来ること、ないかな?」


 メガとギガは、そっくりな顔を見合わせて、スケッチブックに絵を描き始めた。これは目が極端に離れているシュモクザメと、極端にぶよぶよした体のブロブフィッシュかな。


「この間、里帰りした時に」


「海の大魔女様に、フリーとワイファがムリヤリお見合いさせられた」


「相手の魚人はこんな顔」


「五日後に結婚式。二人とも死ぬほど嫌がってる」


「あんな男に好きにされるぐらいならと、死んで泡になるつもり」


「だけど姫様が悲しむから悩んでる」


 双子の息の合った解説に感心している場合じゃない。とんでもない事になってるじゃないか!


「「お願い姫様、二人を助けて!」」


 ど、ど、どうしよう。

 先にぼくと結婚しちゃえばいいのかな。でも結婚って一人だけしか出来ないんだよね。どちらかを選ばなければいけないって事?

 フリーか、ワイファか。


 もしかしたらキョウ君も近い状況なのかも。

 本人に聞いてみよう!


「約束していた城下町デートをしよう!」


 浮かない顔のキョウ君の手を引き、一階のクリニックを抜けて外に出る。狭い階段を過ぎて、日向ぼっこ中のヴィヴィさんに挨拶をして城門を出る。

 長い階段をひたすら下っていくと、賑やかな街並みが見えてくる。魔界で一番栄えている場所、城下町だ。


「S席まだありますよ、魔王分家の大女優が主演の“虐殺魔王アイボリーの愛”観ていきませんか?」


「小人の道具屋セール中でーす!」


「魔女が作る新作コスメ!」


 様々な種族が店を開き、お客さんが魔界中から集まってくる。ドラゴンの着陸スペースと休憩所もあるし、馬車も止められる。

 人気のクレープを並んで買って、似合う帽子を探して、ジュースを飲みながら大道芸を見た。


 だけど、キョウ君の顔はずっと暗いまま。


 行き交う人達を眺めながらお散歩をしていたら、新築の飲食店が見えた。十日後にオープンなのか、来てみようかな。


「ココ、じいちゃんの新しい店だよ」


 キョウ君がやっと口を開いた。クマだらけの目は暗く、一筋の光も見えない。


「今までの店がランチで大繁盛してさ、スポンサーがついたんだ」


「すごい。城下町に出店できるなんて!」


「うん、じいちゃん本当に喜んでいてさ、それで、ミレイさんは子育てに専念するから……」


「もしかして、戻ってきて欲しいって言われてるの?」


「スタッフが足りなくて大変らしいんだ。だからまた一緒に頑張ろうって」


「ダメだよ!」


 思わず袖を掴んでいた。

 暗い目を見上げると、じわっと涙が浮かんだ。


「俺だって今の暮らしが楽しい。トリィと離れたくない。けど、じいちゃんにどうしてもって言われたら、断れないよ」


 キョウ君は静かに「ごめん」と呟き、先にお城に帰ってしまった。モヤモヤが収まらない。


「金を出せ!」


 宝石屋さんで強盗を見かけたので、物陰でサッとレッドに変身して突入。炎の輪っかで拘束して警備隊に引き渡した。


「魔王様、ありがとうございます!」


「王として当然の事をしたまでです。お仕事頑張ってください」


 今日もレッドのイメージアップが出来て嬉しい。

 気分は良いけど、悩みは解決したわけじゃない。重い足取りでお城に帰った。




 屋上から続く温室スペース。

 花を食べているライライに背中を預ける。最近寝てばかりのモコちゃんもゴロゴロしている。


「このままだと、みんな居なくなっちゃう……」


 ライライが顔をペロペロからの髪をハムハムしてくる。ライライもいつか故郷に戻るし、モコちゃんも旅立つ。


 ──レッドは死んでしまったかもしれない。このままずっと戻って来ないんだ──



《オレ様は居てやるから安心しろ》


 頭に響くスカイブルーの声。

 いつもと変わらない様子にほっとする。


《まあ武器だから壊れたら死ぬけど》


「こんな時に脅さないでよ」


《励ましになるか分からねえが、魔王族は魔界に転生することが決まっている。頑張って長生きしてりゃ、レッドの生まれ変わりに会えるかもな》


「……生まれ変わり……」


《それにな、三人ともお前を嫌いになった訳じゃねえんだぞ。ムリヤリ引き離されそうになってんだ。本音でぶつかれ、全力で戦え!》


「戦う?」


《手放したくないなら、奪おうとするヤツらをぶっ殺せ!》


 物騒すぎる提案に思わず笑ってしまった。でも、そうか、膝を抱えて泣いていたら大切な人を守れない。立ち向かわないとダメなんだ。


「ありがとう、スカイブルー。頑張るね!」

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