第2話 裏切り王子をジェノサイドするタイプの人魚姫

 今日はどんより曇り空。

 いつも眩しいぐらいに魔界を照らしてくれている三つの太陽が完全に隠されてしまっている。


「トリィの元気が出るように、木の実のクッキーを焼いたよ」


 自室でだらけていたら、専属メイドのコロンがトレイを持ってやってきた。フサフサのキツネ耳がピョコピョコ揺れている。

 あれ、長かった金色の髪が短くなっている。


「彼氏がデート中に、ほかの女の事ばっか考えていたんだよ。張り倒してやったよ。アイツが好きだって言ってた髪までイヤになったんだよ」


 彼女は人の心を読める妖怪サトリ族。

 言葉を話せなかったぼくの為に雇われた。いつも目を細めて笑っているのは、視線が合うと逆に心をサトラレてしまうから、らしい。


「午後は雨になるらしいから、大人しくしているんだよ。毎日のお祈りも、今日はお休みだよ」


 海を望む丘にある初代魔王ホワイト様の像に祈りを捧げるため、いつも焼きたてのパンと育てた花を持って出かけている。

 荒廃した魔界を圧倒的な力で支配し、言語を統一した偉大な方だ。きっと子孫であるレッドを守ってくれるに違いないと思った。


「それに、海の近くで男ばかりを狙った通り魔が出るらしいんだよ。レッド様が居なくなってから色々と物騒だよ」


 男ばかりを狙う?

 大変だ、何処どこでどんな修行をしているのか分からないけど、海に潜ったりもするかも。炎使いのレッドがそこで狙われたら──。


「コロン、やっぱりお祈りに行く!」


「すぐに戻るんだよ」


「分かった!」


 最近仲良くなった羽パンダのライライに会いに行く。どしっと座って花をもしゃもしゃ食べていた。


「お散歩に行きたいんだけど、乗せてくれる?」


「キュウ!」


 フカフカの背中によじ登ると、天使の羽がバサッと広がった。お祈りと一緒にパトロールをして、犯人を見つけたら退治しよう。ぼくは樹木の精霊ドリヤードなんだ。少しぐらいの雨ならむしろ大好きだ。



 ライライから降りて、お祈りをした直後、手を伸ばした先が見えないぐらいの豪雨に見舞われた。

 ライライを探しているうちに、足元がなくなり海に落ちた。荒れ狂う波は繰り返しサメに飲み込まれている気分になる。

 いくらなんでも、ここまでの水は求めてないよ!


 どうにか小さな洞窟に辿り着いた。

 雨はまだ降り続いている。うう、寒い。びしょ濡れだ。着ているものを全て脱いで水気を絞った。


《おい大丈夫か。まったく、こんな日に出かけるからだ》


 頭の中に相棒のスカイブルーの声がする。

 確かにそうだ。せっかく忠告してくれたのに。コロンに心配をかけることになってしまった。反抗期ってこんな感じなのかな。


 物心がついた時から孤児院に居たから、お母さんの記憶は全く無い。お父さんには会えたけど、お前などらないと言われた。

 一度も抱きしめて貰えなかったな……。


《オレ様がハグしてやろうか》


 思わず笑ってしまった。真っ二つにされるのはごめんだけど、気持ちは嬉しい。持ち上げて膝に乗せて、濡れてしまった剣身を眺める。

 沢山殺しているのに、なんて澄んだ刃先だろう。



 ピシャ。


 洞窟の入り口に女の子が現れた。

 長い髪にヒトデを付けて、水着代わりに大きな貝殻を付けている。暗い目でこちらを見つめて──


「男はコロス!」


 突然、槍を投げつけてきた。噂の通り魔か!

 スカイブルーで弾こうとしたら、キレイにスパッと半分になった。横ではなく縦に。薪を割るみたいな感じ。


「そのデタラメな切れ味……百万殺しの魔剣ミリオンキラーだわ! イヤー殺されるー! 助けてお姉ちゃーん!」


「そっちから襲ってきたよね!?」


 通り魔人魚はスカイブルーに怯えて自白した。

 お姉さんが男に騙されて、大切なウロコをナイフで削り取ったせいで瀕死であること。相手が誰か分からないため、手当たり次第に男を襲撃していること。


「ぼくは樹木の精霊ドリヤードです。傷を見させてくれませんか」


 妹の肩を借りてやってきたお姉さんは、青白い顔をしていて、傷口は膿んで悪臭を放っている。しまった、草が生えていないから回復魔法が使えない。

 

「やっぱり無理よね。人魚のウロコは特別だもの。お姉ちゃんは、きっとこのまま……こんな時、王子様がいてくだされば!」


 初代魔王ホワイト様が、指先を噛んで流した血により瀕死の人魚を救ったという伝説があり、それ以来、王子の血は人魚の万能薬になったらしい。


「王族は今やレッド様だけ。絶望的なのよ!」


 スカイブルーに手加減してくれるようにお願いして、左の手の平に当てる。スパッと音もなく切れて痛みはほとんどない。傷口にそっと青い血をたらしていく。


「何してるの、誰の血でもいい訳じゃないのよ!」


 爽やかな音を立てながら、地面からパステルカラーの泡が無数に浮かび上がり、体を包みこむ。それが消えると、ピカピカのウロコが再生していた。


「王子様……だったの……?」


 人差し指を唇に当てて、内緒のポーズをする。



「誰にも知られたくないんです。ぼく達だけの秘密にしてくれますか?」



 レッドの十二歳の誕生日。ヒマだったぼくはお城を探検していて、たまたまスカイブルーの封印を解いてしまった。王族にしか解けない強い魔法がかかっていたのに。


『貴様、まさかあの女の!』


 魔王様おとうさんに見られて殺されかけた。婚外子などらない。魔王の座はレッドのものだと。


《オレ様は通称百万殺しの魔剣ミリオンキラー、本名はスカイブルー。持ち主の願いを叶える秘宝。さあ貴様は何が欲しい?》


 レッドの側で生きていたいと願ったぼくは、魔剣を振るってお父さんを殺した。そしてその事実を隠し続けている。

 いつか罰を受ける日が来るのだろうか。




 後日、魔王城に足の生えた人魚がやってきた。

 髪をバッサリ切ってオカッパ頭になった通り魔さんが一歩前に出る。


「人魚族のフリー。姉のワイファと双子の従妹イトコメガとギガと共に参りました。粉雪のような髪と澄んだエメラルドグリーンの瞳を持つ、麗しきトリリオン様に尽力したく存じます!」


「ありがとうございます。警備隊が減っていたので助かります!」


「しかし私は男が大嫌いです。なので女の子と思い込む事にします!」

わたしみーただそうしまーす」


 人魚姉妹の提案に疑問符がたくさん浮かぶ。

 どういう理屈か全然分からない、思い込みで何とかなるものだろうか。


「どうかよろしくお願いします姫!」

「よろしくね、姫ちゃん」

「「よろしく姫様」」


 それでみんなが穏やかに過ごせるのならいいか。そう思っていたら、メイド長さんがコウモリから速達を受け取って慌てている。


「まあ、南の洞窟から勇者を名乗る者が現れて暴れているようです。誰かを向かわさなければ」


 人魚たちは勢いよく挙手し、討伐任務を受け入れた。水魔法で即席のウォータースライダー道路を作って物凄いスピードで移動した。ぼくもライライに乗せてもらって追いかける。


 勇者を倒すのは魔王の仕事だ。

 影武者スイッチを入れる。魔法で髪と目の色を赤く染めた。炎の魔王レッドになりきる。


 でもフリーは通り魔をしていたぐらいだし、ぼくが戦わなくても、あっさり倒せてしまうかも。仲間がいるのってありがたいな。



 小鬼ゴブリン巨人トロールの死体が並んだ通路の先、人魚の姿に戻ったフリーたちが縄で縛られていた。

 三人組の勇者は泣いている彼女たちに大きな包丁を向ける。


「人魚の肉は不老不死の効果があるんだよなあ」


「早く食おうぜ」


「いやー! 助けてください姫ー!」


 フリーの悲痛な叫びを笑う連中を、背後からバサバサッて斬り捨てていく。最後の一人は自分の剣で受けようとしたが──


《オレ様を止めたきゃ、聖なる盾でも持ってきな!》


 スカイブルーのドヤ声を聞きながら、相手の武器ごと胴体を斬り捨てた。

 人魚たちを救出して、お城まで帰る。

 みんなが落ち込んでいる中、フリーだけはキッと顔を上げた。


「申し訳ありません。もっと強くなります!」


「うん、頼りにしてるね」


「強くなって男は全員殺します!」


「悪い男だけにしてね?」


 男嫌いがパワーアップしてしまった。

 人魚たちの特技は建築だと言うので、自分たちの宿舎を作ってもらう。あっという間にプールが出来上がって驚いた。


「うおおお! 男、即、斬!」


 憂さ晴らしをするようにバタフライを全力でやっているフリーを見ながら、しばらく姫でいようと思った。

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