3-12


 魔法世紀103年 8月


 両親が死んでから2年が経った。亜門は今は高校3年生だ。亜門は親戚の家に引き取られたが、迷惑をかけたくないためアルバイトを続けており、高校卒業後はすぐに家を出るつもりだった。


 親戚のおじさんとおばさんはいい人たちだが、亜門は孤独を感じていた。もう彼が失ったものを埋める手段はなかった。

 何もない彼の原動力はただ一つ。弟との再会だ。

 いつになるかはわからないが、お互いに健康に生きてさえいればいずれ再会できる。その希望と期待が何もない少年を動かしていた。


 コンビニでのアルバイトを終えた帰り道、タケルが魔法を披露してくれた公園を通りかかった。

 もう夜の8時過ぎで公園は無人だ。池の水面には半月が映っていた。


「こんばんは」


 突然後ろから声をかけられて亜門は振り向いた。そこには二十代半ばほどの白髪の美青年が立っていた。

 背丈は180センチほどあるが痩せ型で、服装は飾らない白いシャツと黒いパンツ。そんな地味な格好をしているがその顔貌は整っていて美しい。

 月明かりと薄暗い街灯の公園の中で、青年はまるで光を放つかのように際立って見えた。何か普通の人とは別のオーラのようなものを亜門は感じた。


「夜分に突然すまない。私はルシファーというものだ」


 穏やかな口調と、なんの躊躇いもなく精神に浸透する優しい声で青年が名乗った。その名前は亜門も聞いたことがあった。


「……あ、悪魔?」


「そうだ。悪魔のルシファーだ」


 夜中に公園でいきなり悪魔に声をかけられたら怖い。それなのに不思議とすぐに恐怖が和らいでいく。


「櫻井亜門くんだな?」


「そうですけど、なんですか」


「私はエイワス機関を探っている」


 エイワス機関はエイワス魔法学園を運営する魔法に関する研究を行なっている組織だ。一般にもその名前は知られているが、学園同様にその実態は謎に包まれている。


「エイワス機関の黒い噂を聞き、それが真実かどうか確かめるため、その情報を集めているんだ」


「黒い噂?」


「ああ。エイワスは危険な人体実験を行なっている可能性がある」


 ルシファーの言葉には凄みがあり、与太話には聞こえなかった。


「君の弟はエイワス魔法学園の生徒だな。何か知らないか?」


「いや、何も。エイワスのことは何も知りません。あの、人体実験っていうのはどういう?」


「あくまで噂だが、魔法使いの子供を魔法の代償として生贄にしたり、モルモットのように新しい魔法の開発に利用しているらしい。本当ならば、すぐに止めなくてはならない」


 悪魔なのに、正義の味方のようなことをしている。


「……その子供って、まさかエイワス学園の生徒なんですか?」


「その可能性が高い。入学した生徒の行方は一切が不明だ。もう学校を卒業して学園の外に出てきてもおかしくない生徒たちは大勢いるが、一人として俗世に戻った者はいない。生徒たちは卒業後エイワス機関に就職したと親族に伝えられるそうだが、真偽は不明だ」


「じゃあタケルは実験台になってるってことですか!?」


「断定はできないが、私はそう睨んでいる」


「……そんな」


 悪魔の言う話だというのに、まだ噂の域を出ないのに、亜門はそれを本気で信じていた。ルシファーは誰かを騙そうとしているようには見えないし、タケルは黒瓜に恐怖を感じていたことを思い出したからだ。


「そして君のご両親は事故で亡くなったということになっているが、それは嘘だ。エイワス機関が君の弟を手に入れるためにご両親を殺し、事故として隠蔽したんだ」


 ルシファーはこれまで噂話や可能性の話をしているだけだったが、この話だけは断定した。亜門はルシファーの言うことは嘘ではないと理解していたため、真実に打ち拉がれた。


「……あ、あぁ」


 亜門は地面に膝をついて嗚咽を漏らしながら静かに慟哭する。何もできない自分の無力さを実感する。自分の選択が間違ったことを後悔する。あの時、サイタマ魔法学園を選んだから両親は死んだ。あの時、タケルを黒瓜に預けたから今実験台にされているかもしれない。

 理不尽でどうしようもない選択肢だが、全て選んだのは亜門自身だった。その後悔が怒りとなって彼の内側で流転し始めた。


「エイワスは才能のある子供を入学させるために邪魔な親を殺したり記憶を書き換えたりするようだ。卒業したはずの子供が帰ってこないことを疑問に思った親たちも同様だ。だから部外者がエイワスの悪行を知ることはない。だが、君はエイワスの眼から逃れ、そしてエイワスの闇を知った。どうしたい?」


 ルシファーの声音が切り替わる。凄みが増し、その言葉は精神を掴んで離さない。


「そんなの決まってる! タケルを助けに行く!」


 泣いたまま意思を示す。しかし亜門には力がない。エイワスに殺す必要がないと思われたのも、財力も弟を助ける力もない弱者だからだ。


「……でも、俺も殺される。俺は弱い」

 

「そうだ。君は弱い。力がないから、家族を失ってここで途方に暮れている。だから、私は君に力を与えに来た」


 ルシファーは跪いて目線を合わせると美しい顔で亜門の涙が溢れる瞳を見つめた。亜門はすぐにわかった。この青年から滲み出る魔力じみたカリスマと包容力は毒と邪悪だ。


「望むなら、君と相性のいい悪魔を紹介しよう。契約すればエイワスを倒せるだろう。君には悪魔の力を使う才能がある」


 少年は今悪魔に誘惑されている。手を取れば闇に堕ちるだろう。悪魔と契約することは犯罪だ。悪魔契約者は魔法騎士によって倒される。それに契約した者は悪魔に魂の権利を奪われて、死後も地獄に行くことになるという。


「すぐに決めなくていい。契約したくなったら心の中で悪魔を呼べ。そうすれば君の声に応えて魔王が力を貸すだろう。明日の夜、私はエイワス魔法学園の敷地に潜入する。ぜひ君の力を借りたい。明日のこの時間に、ここで待っている」


 ルシファーはそう言い残して去っていった。

 すぐに決めなくてもいいと言われたが、既に亜門は答えを持っていた。悩むまでもなく、弟を助けるためなら悪魔と契約しても構わない。

 しかしルシファーが戯言を言っている可能性があり、エイワスが本当に子供たちを実験に利用しているかどうかは定かではないため、この目で敵を見極めてから契約を行うことにした。

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