3-10


 夏休みも半ばの頃。両親は久々に休みが重なったためドライブに出掛けていった。毎日仕事で忙しい二人には休みが必要だ。


 バイトが午前中で終わった亜門と、同じく午前中で塾が終わったタケルはカップ麺で昼食を済ませた後、家で学校の宿題をやっていた。


 エアコンは節約のため付けず、窓を開けて扇風機で夏の暑さを耐え忍ぶ。3階だと蝉の声も幾分か静かになるし、風で風鈴もよく揺れた。サイタマ市の結界は危険な気候を抑えてくれるため、気温も暑くて30度までだったし、今日は曇りのち雨の予報で、徐々に空気は冷えてきた。両親の出かけ先はサイタマ県外のため晴れているだろう。


「タケル、この問題わかるか?」


 高校生なのに中学生の弟に宿題の質問をしてしまう。亜門は中学の頃までは結構できる方だったが、高校に入ってからはアルバイトばかりしていて勉強が疎かだ。


「高校生の問題なんてわかるわけないじゃん。あ、これはBじゃなくAだよ」


「わかるのかよ」


 昔は亜門がタケルに勉強を教えてあげていたのに立場が逆になってしまった。タケルは受験勉強だけでなく、自主的に勉強していて、どんどん知識を身につけていた。


「なぁ宿題終わらせる魔法はできないのか?」


「そもそもそんな魔法ないでしょ。脳を活性化させたり、頭のいい魔法人形を作る魔法ならあるかもしれないけど、オレにはできないし」


「なんか魔法ってさ、魔法っぽくないよな。今の魔法は体系化?してて科学と同じっていうかさ。ほら、昔話とかだと魔法使いは杖を振ったら何でも欲しいものが出てきたりするだろ」


「それは魔法じゃなくて奇跡だよ。魔法使いじゃなくて神様のやること。オレだって杖を振ったらお金が出る魔法が使いたいよ」


「そんな魔法なくてもおまえならそのうち億万長者になれるよ。金よりもよ、なんか夢とかないのか? タケルは将来何になりたいんだ。魔法使いって言っても色々あるだろ。研究者とか、魔法騎士とか」


 金があるに越したことはない。タケルもお金のことが常に心のどこかにこびりついているから、お金の話が出てきてしまうのだろう。でも、弟にはお金ではなく夢を持って欲しかった。


「オレ、魔法学校の先生になりたいんだ」


 タケルは少し恥ずかしそうに打ち明けた。その夢はとても素晴らしいものだ。中1で明確な夢を持っているのはすごいことだ。


「へ〜いいじゃん」


「昔兄ちゃんが勉強を教えてくれた時に先生になりたいって思ったんだ」


「今や逆に教えてるからな、余裕で先生になれるぜ」


「オレみたいに魔法が使えるけど、将来どうしたらいいかわかんない子供に魔法を教えてあげたいんだ。理事長に出世して学費もタダにしてやる」


「いい野望だ。あの黒瓜さんみたいだな」


「うん、でもオレあの人あんまり好きじゃないんだ」


「どうしてだ? いい人だろ」


「なんとなく、ちょっと怖かった。それで本当はあんまりエイワスには行きたくなかったんだ。だからサイタマ魔法学園に行かせてくれてありがとう兄ちゃん」


「おいおい、まだ受験もしてねぇのに、受かった気でいやがる。ほら、先生になるためにもっと勉強しないといけないぞ」


 タケルからお礼を言われて、照れ隠しに勉強を急かす。


「あはは、兄ちゃんもちゃんと勉強しないとダメだぞ」


 そんな夏の曇り空の昼下がり。兄弟の団欒を居間の固定電話の着信音が終わらせた。


「どうせ、またくだらない営業とか勧誘の電話だろ」


「父さんたちかもしれないよ」


 一応出てみることにした。受話器を取ると相手は知らない人だった。


「サイタマ県警察です。櫻井良雄さんと鈴子のご家族の方ですか?」


「え、はい。息子です」


 電話の相手は警察だった。警察と電話するなんて初めてで緊張から心臓の鼓動が早まる。その鼓動の理由には、電話を取った時からある嫌な予感も含まれていた。


「ご両親が交通事故でお亡くなりになりました」


 電話の声を聞きながら、亜門の意識は、これからどうやってこのことを弟のタケルに話そうかということへ傾けられた。

 もう兄弟二人だけで生きていかなくちゃいけないんだから、兄は悲しんで泣いたりできない。そんなことしたらタケルが不安になる。両親の死を聞き、瞬時に亜門の精神が切り替わる。彼はまた自分の望みを捨てた。

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